7.豹変騎士

「なっ! なんです、その不気味な花は!? もしかして、魔物っ!?」


驚いたアレクセイ様が身構えて、剣の柄に手をかけた。


「ちっ、違います! ペロリンです、私の頭に生まれたときから咲いてる花で……」


「なんと! 可憐かれんな乙女はいつわりの姿、まさか魔物だったとは……!」


「いえっ、聞いてください! 魔物じゃ……」


「黙れ! このアレクセイ=ドロン=ディルカッセンをたぶらかすとは……万死に値するぞ!」


うわっ、いきなり豹変ひょうへんした!


「こんな魔物が王都に侵入しんにゅうするとは……由々しき事態!」


「だから私は魔物なんかじゃありませんってば!」


「問答無用!」


ぎゃーーーっ! 斬り掛かってきたー!!


「イヤーーーーーっ!!!」


ちょっと本気ぃ!?


「……チッ、外したか」


「ああっ、スカートが!」


初太刀しょだちを避けられたものの、スカートの裾がバッサリ切れた!


「皆の者、魔物だ! 出合え出合えーっ!!」


ひどい! 話も聞かないで魔物扱いするんなんて……!

優しくていい人だと思ってたのに……私が魔物かもしれないとなったら、この変わりよう!


「アレクセイ団長ー、何ごとですか!?」


「魔物と聞こえましたが……うわっ! なんだ、この変な花は!?」


アレクセイ様の呼びかけに、衛兵たちがワラワラとやってきた。


「魔物だ、討伐とうばつしろ!」


「ち、違いますっ、私は魔物じゃありません!」


「魔物が人間の姿に化けているんだ、切り捨てろ」


私の叫びを無視して、衛兵へ命じるアレクセイ様。


「今、なんか魔物って……おわーっ! なんか変な花がいる!!」


「なんなの、騒がしいわね……って、きゃーーーっ! 何あれ、ば……バケモノーーーっ!!」


衛兵だけでなく、王都の人々もなんだなんだと野次馬で集まってきた。


「わーっ! なんかどんどん増えてく!」


ひえーっ、大ごとになってきちゃった!


「ああっ、どうすんのこれ!? もう逃げるしか……」


そのとき、どすっと足元に衝撃が……。


「ひゃっ! って、これ……矢!?」


「もっと打て打てー!」


「ちょっとー! 街中で矢を放つのってどうかと思いますけどーーー!?」


「ギョエギョエッ、ギョロエーーーンッ!?」


衛兵から弓矢を射かけられ、逃げ惑う私|(とペロリン)。


「頭の花を狙えー! ダメなら、本体でもいい!」


「本体って、もしかして私っ!? 私のことですか!?」


アレクセイ様の言葉に私が思わず振り返った瞬間、ペロリンに矢が――


「ホゲッ!!」


ぽよんと直撃した!


「……あっ!? なんだ、あの花? 矢が刺さらないぞ!!」


ペロリンに跳ね返された矢を拾って、首を傾げる衛兵。

そこらの壁や、店の看板には鋭く突き刺さっている矢が、ペロリンにはまるで効かない。


「ギョエーッ! グエグエッ!! ンゴエッ! ブルルワッ!」


しかしペロリンは、何やら抗議するように激しく鳴いている(ノーダメージのくせに)。


「我々は王都を守らねばならないのだぞ! 魔物一匹、早く倒してしまえ!」


アレクセイ様が剣を振り上げ、衛兵たちを扇動せんどうした。


「アレクセイ様の言う通りだっ、みんなで王都を守るぞ!」


「そうね、うちに大きな虫取り網があるわ! それで捕まえましょう!」


アレクセイ様の掛け声に決起して、住人たちまで結束して追いかけてきた。


「ぎゃわたーーー! 待って待って、私は悪いことなんて何も……っ」


「ああっ、逃げられた! 何やってるのっ、魔物がそっちに行ったわよ!」


「わかってる! ……けど、こんな普通の女の子が魔物だなんて、世も末だな!」


「だから魔物じゃ……って、ちょっとは私の話を聞いてくださーーーい!」


「うるさい! 魔物に寄生されてるやつの言うことなんて信用できるかっ」


「そうだそうだ! けがらわしいバケモノめっ、焼き殺してやるー!」


「早く殺せ殺せ~!!」


ひえ……これは絶対、捕まったらダメなやつだ!



「――この私から……本気で逃げられると思っているのか」


突然、目の前にアレクセイ様が立ちはだかった。


「ひっ……!」


められたものだ。私はクラウンザード王国騎士団の……」


アレクセイ様は、私へ向かって剣を振り上げ――


「団長だぞ!」


鋭い声と共に振り下ろした!


「イヤーーーっ!!」


もうダメ、死んじゃう……!


「プシューーーッ!!」


私がしゃがみ込んだ瞬間、ペロリンがアレクセイ様へ霧のようなものを吹きかけた。


「ぐあああああっ!?」


「きゃーっ、アレクセイ様ーーー!」


「大丈夫ですか、アレクセイさまぁん!」


「ちょっと、バケモノ女! アレクセイ様に何するのよっ!?」


顔をおさえて膝をついたアレクセイ様の元へ、すばやく駆け寄る多数の女性たち。


「えっ、私!? 私は何も……」


「とぼけるんじゃないわよ! アレクセイ様の美しい顔に、変なもの吹きかけておいてっ」


「そうよそうよ! 綺麗なお顔がただれでもしたら、どうしてくれるの!?」


たしかにあんなイケメンの顔に何かあったら……この世のイケメン遺産損失だ!


「うう、何も見えない……」


アレクセイ様は目をこすり、片膝をついたまま立ち上がれないでいる。


「えっとえっと、ごめんなさいっ! でも……失礼しますっ」


申し訳なく思いつつも……ここは、とにかく――逃げないと!


「くっ……皆の者、私の代わりに追え! 絶対に逃がすな!!」


「はっ! アレクセイ団長!!」


「ぎゃっ、余計なこと言わないでくださーいっ!」


「待てーーーっ、アレクセイ様のかたきー!」


「あのバケモノを取っ捕まえて、アレクセイ様に褒められるのよ~♪」


どこから現れたのか、アレクセイ様親衛隊まで加わって、さっきより大人数に追いかけられる私。


「だーーーっ、ますますめんどくさいことに!」


「しかし、本当にデカイ花だなー……しかもあのドギツイ色はなんだ!? 気色悪っ」


「でもあの花、ぷるるんっとしてておいしそうじゃない? 今晩のデザートにピッタリだわ!」


「ギョホホホッ!」


「なに喜んでるの!? 褒められてないから!」


「ンギョエエエ……?」


そうなの? っとばかりに頭(蕾)を傾げたと思ったら――


「グアーン……シュウウウウ……」


今度は威嚇いかくするように低く鳴いて、今にも住人たちに襲いかかろうとする。


「ああもうっ……これ以上、面倒事はごめんよーーー!」


「……ンピエッ!?」


ペロリンをすばやく抱きかかえて、私は一目散に森の中へ逃げ込んだ。

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