6.理想の王子様

そのあと――


グラウス様は片付けなければならない雑務があるとかで、私を部屋に残し去っていった。


「うう、ただ待ってろって言われても……」


どこへも行くなとさんざん念を押された……けど、まずい。トイレに行きたくなってきた。

怖~いグラウス様から(今だけだけど)解放された安堵あんどで、一気に緊張が緩んだみたい。


「まあ、さくっと行ってすっと戻れば大丈夫だよね」



・・・・・・・・・・。



「……で、案の定――戻れないと」


王宮で、またもや迷子になる私……。

自分がこんなに方向音痴だったとは……普段、孤児院からほとんど出ないから知らなかった!



「あれ? まさか、ここ……外?」


そしてついには王宮の外にまで出てしまった。


「入城するときはあんなに厳重だったのに……」


うーん、王宮へ戻るのは無理そう。

はあ……いっそのこと、逃げちゃおうか……?


「うう……でも、処刑されるのはイヤー」


「ウクク……グェ」


目立たないよう布でおおったペロリンが、腕の中で苦しげにうめいている。


「シッ! お願いだから静かにしててよ」


王宮を見上げ、先のことを考える。

これからグラウス様のお屋敷に行くって……唐突とうとつすぎて、全然実感がわかない。


「もうこのまま、孤児院に帰っちゃう……?」


でも……ただでさえ厄介者扱いされていたのに、ますます危険な存在となってしまったペロリンを連れて帰ったら一体どうなることか。


「絶対みんな、パニックになるよね……」


孤児院には――

こんな変な花を咲かせた私を拾って、今まで(渋々ながらでも)育ててもらった恩がある。

これ以上……余計な迷惑はかけたくなかった。


「宝珠をなんとかしないかぎり、きっとペロリンもこのままだろうし……」


それに私だって、いつまた凶悪化するかわからないペロリンと一緒ではこれから先……今までと同じように生きてはいけない。


「せめて、元のペロリンに戻ってもらわないと……」


となるとやっぱり――

今のところ、宝珠の扱いを心得ているグラウス様に頼るのが一番の選択肢……な気がする。


「ああっ……でもっ、ああいうタイプはなー……関わり合いたくないよ~!」


だってメッチャ怖いんだもん!

無愛想ぶあいそう威圧感いあつかんがあって、無口でなに考えてるかよくわからないし……。

私はどちらかというと、オープンで気さくな明るいタイプの方が一緒にいて安心できるのだ。


「そもそも、王子様ってもっとキラキラしたものじゃないの?」


私の思い描いてた王子様はもっとこう、周囲に花や星が飛んでるようなきらびやかなイメージで、国民に優しく親切でいたわりの心があって……。

なのにグラウス様ときたら正反対じゃない!


…………まあ、見た目はものすごくかっこいいけど。


「はああ……いくらかっこよくたって、ねぇ?」


やっぱり行きたくないなぁ……私は脱力して、その場にしゃがみ込んだ。


「……お嬢さん、どうされました?」


後ろから思いがけず、優しい声をかけられた。


「え?」


驚いて振り返ると、そこには――


「わっ……」


目の覚めるようなきらびやかなイケメンが立っていた。


「こんなところにしゃがみ込んで、もしや……どこか具合でも悪いのですか?」


「あ……いえっ、大丈夫です!」


……今日は、『イケメン大放出デー』か何かかな?

これまで生きてきた中で1位2位を争うイケメンに、こんな立て続けに出会うなんて……。


「それはよかった。貴女のような可憐かれんなレディが苦しんでいるのは耐えられませんから」


そうほがらかに笑う口元から覗く白い歯が、爽やかな容姿をより一層輝かせた。


「か、可憐かれんだなんて……」


しかも『レディ』とか、初めて言われた!


「ふふっ、そうやって頬を赤らめるのが何より可憐かれんな証拠ですよ……さあお嬢さん、お手をどうぞ」


「あ、ありがとうございますっ」


彼は私の手を引いて立たせると、そのまま手の甲に口付けた。


「ひゃあっ!?」


「ふふふ、ほんのご挨拶です」


うわー、本当に何から何までキラキラしてる!

青く澄んだ瞳は明るくまたたき、カールのかかった金髪は清潔感があって、着ている立派な衣装からは高貴なオーラがビンビンただよっている。

まるで、誰もが思い描く理想の王子様のようだ……グラウス様よりよっぽど王子様っぽい!


「さあお嬢さん、もうすぐ夜も更けます。暗い道は危険ですから、早く帰った方がいいでしょう」


「あ……は、はい。あ、ありがとうございますぅ……」


久しぶりの優しい言葉に、思わずうるうるしてしまう。


「ふふふ、そんなに心細い目をしなくても……よければ、送って差し上げましょうか」


わあ、なんて紳士! しかも気さくで優しーいっ……少しはグラウス様にも見習ってほしい!


「ああ……いきなり出会った男を信用しろと言っても、無理な話ですね」


私が黙り込んだのを勘違いして、美青年は苦笑した。


「い、いえ……そんなことはっ」


「ですが、身分はたしかですからご安心ください。私はこの国の騎士団長を務めております」


「え……」


「遠慮せずとも結構ですよ。普段は王族を警護するのが職務ですが、国民を守るのも立派なお務めでしょう」


「き、騎士団長って……」


「特にこんなに可愛らしいレディを送り届ける役目は、騎士冥利りょうりに尽きるというものです」


あああっ、思い出した! 私、この人と会ったことある……!


「もしかして、アレクセイ様……ですか?」


「ああ、ご存じでしたか。貴女あなたのようなレディにまで知られているとは、光栄です」


「わあっ、やっぱり……!」


アレクセイ様といえば、クラウンザード王国騎士団の団長で王族の親類でもあり、王国中の貴族をたばねる貴族のトップに君臨するような御方だ。

しかしそんな高貴な出身であるにも関わらず、アレクセイ様はえらぶらず慈善事業などに熱心で――

私はそんな慈善活動の一環いっかんで孤児院にいらっしゃったアレクセイ様と、一度だけお会いしたことがあった。

……会うといっても、遠くから眺めるだけだったけど。


そのときから身分関係なく誰にでも優しく接していて、なんて素敵な方なのだろうとひそかに思っていた。


「では参りましょうか、おうちはどちらの方です?」


「あ……」


もしかして……アレクセイ様なら……。


私は孤児院での様子を思い返しながら、アレクセイ様に救いを求めるようじっと見つめる。


「……お嬢さん? どうしました?」


そうだよ、心優しいアレクセイ様なら……私の相談にも、親身になってくれるんじゃないかな……。


「アレクセイ様、その、私……今、ものすごく困っていることがありまして」


「おお、困り事とはなげかわしい……なんでしょう? このアレクセイになんでもおっしゃってください」


わあ、アレクセイ様ってやっぱり優しい~!


「実は……」


グラウス様のお屋敷に行きたくない一心で、私は思いきって布をめくりペロリンを見せた。


「プキュルーーーンッ♪」


その途端、やっと自由の身になったペロリンが、グワワーーーンっと頭上へ浮上した。

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