5.いきなり同棲生活!?

こ、これって世に言う『壁ドン』ってやつじゃあ……。

迫力があって怖いけど、イケメンにされると悪い気はしないっていうか、ドキドキするっていうか……。


――って、悠長ゆうちょうに感動してる場合じゃない!


「ぐ、グラウス様、近いですっ」


「なぜ逃げる」


「いや、そのっ……あんまり近いのは、心臓に悪いっていうか……」


顔が熱い……たぶん今、私の顔は深紅しんくの薔薇のように真っ赤だ。


「心臓……? 持病じびょうでもあるのか」


「いえっ、ないです! つまりほら……グラウス様はものすごくかっこいいですし、その……一応、私も女の子なのでっ」


「は?」


「だからあんまり近づかれると、ドキドキしちゃうっていうか意識しちゃうっていうか……もうっ、少しは察してくださいよ! 鈍感ですねっ」


「はあ? 何をわけのわからんことを……貴様などに興味はない」


バッサリーーー!


「え? じ、じゃあ、なんでそんなに近づいて……」


「俺が気にしているのは、ペロ……この花だ」


グラウス様はペロリンを大事そうに手のひらで包み込んだ。


「え゛」


「キュルェン?」


「植木鉢に動かれたら花をじっくり観察できないではないか、少しじっとしてろ」


「はあ……」


ついさっきドキドキしたのも忘れ、思わず死んだ魚の目になってしまった。

私は女どころか、人間にすら見えてないってことですか……植木鉢扱いとか、王子様だとしても失礼すぎる!


「……ふむ、やはり大変興味深い」


グラウス様は、『大変』に強くアクセントを置いて、ペロリンをしげしげと観察している。


花弁かべんは厚いが……おそらく、花冠かかん……」


「へ?」


「……が、口のように見え……しかし、歯牙しがはなく……」


何ごとかブツブツつぶやきながらペロリンを見つめる様子は、それまでのクールな彼のイメージが一変して、異常なまでの熱量が感じられた。


「うーん、完全に癒着ゆちゃくしている。切り離すのは無理か……」


ついには頭と茎の付け根のところまでまさぐられ、ものすごくくすぐったい……のと、なんだか恥ずかしい。


「あうう……」


「フギュエッ……アググ」


ペロリンがしびれを切らしたのか、ジタバタと暴れ出した。


「あ、あの~ぅ……そろそろ、いいですか?」


はっと我に返ったグラウス様は、わざとらしく咳払いする。


「コホン――とにかく、わかった」


……あれ? ちょっと顔が赤い?

もしかして、照れてる……? なんか、意外で可愛い……かも。


「ペロ……この花から、宝珠が取り返せないのならば仕方がない」


「ほっ……で、ですよね。飲み込んじゃったものは、もうどうしようもないですし」


私は安堵あんどして、身体の力を抜いた。


「ああ、だから――貴様の身を、拘束するしかない」


「…………は?」


グラウス様がさも当然とばかりに言った言葉に衝撃を受け、私は固まってしまった。


「こ、こ、拘束って……何、過激なこと言ってるんですか?」


「どこが過激なんだ。宝珠をこのまま野放しにできない以上、植木鉢ごと俺の屋敷へ持っていくと言っているだけだ」


「グラウス様のお屋敷へ!? そんな横暴なっ」


「あのな……俺とて、好きこのんでこんな馬鹿げた提案をしているのではない。誰が見ず知らずの他人など、屋敷に入れたいものか」


ピシャリと冷たく言い放たれた。

うっ……そんな、はっきりとイヤイヤな態度取らなくたって。


「だが貴様は植木鉢だからな、仕方ない。ペロ……その花を貴様から切り離せれば、話は簡単なのだが――」


さっきからかたくなに『ペロリン』と呼ばないグラウス様……そんなにこの名前、ダメかなぁ?


「ざっと頭部を調べたところ、そうもいかんようだ」


「あ……はい。今まで色んな方法を試してみたんですけど、どうしてもペロリンを切ることはできなくて」


「なら、俺の言い分も理解できるだろう」


「で、でも……いきなりすぎて、むっ……無理です!」


こんな怖い人と一緒に、なんて……!

いくら超ド級のイケメンで王子様だからって、ごめんこうむりたい!!


「貴様……自分がどういう立場なのか、わかっていないようだな」


はあっと溜め息まじりにグラウス様はつぶやいた。


「大人しく言うことを聞かないのであれば……」


「あ、あれば……?」


すうっと息を吸い込んでから、グラウス様は私に宣告せんこくする。


「貴様を、宝珠を盗んだ罪人として牢屋へ放り込む」


「ええっ!? ちょっと待ってください! なんでそうなるんですか!?」


「……という強制手段を取ることも、俺にはできるという話だ。自分の立場をよく考えてみろ」


あ、そっか……。

はたから見れば、私は大事な国宝を王国から盗んだ(盗ったのはペロリンだけど!)犯罪者で……。

しかも、頭に咲いてるペロリンは凶暴化してしまって、いつまた人に危害を与えかねない。


「つまり私って……超・危険人物ってことですか」


「そうだ、やっとわかったか。まったく……鈍感なのはどっちだ」


あ、さっき鈍感って言ったの、根に持ってる……意外と子供っぽい。


「とにかく、貴様がこのまま外に出れば間違いなく魔物として扱われるだろう。そして……」


「そんな……全部、ペロリンのせいなのに!」


「ブエーーーッ! ブバブバッ!」


私の不満を聞いて、ペロリンが凶悪に叫んだ。


「何ブーブー言ってんの!? そもそもペロリンが宝珠なんか飲み込むからこうなったんじゃない!」


「ドエーーーッ! ブルェーイッ!!」


「言い争いは止めろ、無駄だ」


「だって……じゃあ、私……どうしたら」


「俺としては、貴様がこのまま魔物として処刑されるのを黙って見ていることもできるが……」


「イヤーっ! 処刑されるのだけはイヤですっ、勘弁してください!!」


今にも土下座せんばかりの私を、グラウス様は冷めた目で見つめる。


「が、と言ってるだろう。話は最後まで聞け、騒がしいやつだな」


「す、すみません……」


う、怒られた……ホント、しつけに厳しい神父様みたいだー。


「王宮での事件となれば、理由をはっきりさせる必要が出てくる。しかし……宝珠だのなんだの、説明が面倒だ」


「面倒だなんて、そんな……私の一生がかかってるのに」


「貴様の一生など、俺には関係ない」


ぐ……そりゃあ、王子様にとって一般庶民の人生なんてペラッペラに軽いものでしょうけど……冷たい、あまりにも無慈悲むじひ


「それに、俺にとってはこちらの方が最重要事項だ」


「キュエッ?」


グラウス様は厳しい口調ながらも、ペロリンには優しい眼差しを向けた。


「ペロ……いや、これほど珍しい花をむざむざ見殺しにはできん」


「はあ……」


なんなんだろう、この人……ペロリンには異常に優しい。

そもそもペロリンを、怖がったり変なもの扱いしないのも不思議だ。


「はあ、とはなんだ。つくづく、気の抜ける……」


「あ、いえ……つまり、私は――」


「つまり、貴様には俺にしたがうという選択肢以外ない」

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