4.乙女の憧れシチュエーション

「わ……あわわわ」


こ、これは……紛れもない、お姫様抱っこ!!

乙女なら一度は夢見る、ロマンチックな憧れシチュエーション!


しかも超絶美形の王子様がお姫様抱っこ――

なんて……こんなの、破壊力が半端ない!


「はわ~ぁっ! グラウス様、素敵~!!」


「ズルイ、ズルーイっ! わたくしもお姫様抱っこされたぁいっ」


周囲の御婦人方が、ハンカチを口でキーキー引き裂かんばかりにうらやましがっている。

中には失神している人まで……。


で、ですよねー、わかります……こんなイケメンな王子様にお姫様抱っこされるなんて、きっと一生であるかないかのプレシャス体験だ。


「あばばば……」


しかし、当の本人からすれば……。

お姫様抱っこされるのなんてモチロン生まれて初めてだけど、

感激! とか、感動! とかの前に、


とにかくメチャクチャおそれ多いっ……!



「――皆の者、静まれ」


グラウス様が落ち着いた声音で語りかけると、ざわついていた会場がいっせいに静まり返った。


「この花は一旦いったん、私が預かる……よいな」


私(とペロリン)をお姫様抱っこしたまま、グラウス様は威厳いげんたっぷりにのたまった。


「……は! グラウス様がそうおっしゃるのであれば」


衛兵たちは即座に剣を鞘におさめ、片膝をついた。


「あら……そうですわね、グラウス様にお任せすれば安心ですわ」


「なんと言っても、グラウス様は王族の中で一番魔力が強いと評判ですものっ」


「現に、衛兵たちは手も足も出なかったのに、グラウス様はあの凶暴な花を一撃で沈めたもんな!」


張り詰めていた空気がほっと和んだ間に、私たちはパーティー会場から悠然ゆうぜんと退場した。



・・・・・・・・・・。



グラウス様は無言で私をお姫様抱っこしたまま、しばらく廊下を進む。


「…………」


私は凍ったペロリンで手がかじかむのも忘れて、上目遣いでグラウス様の顔を盗み見る。


うーん、やっぱり……超美形ー!

って、こんな至近距離で見なくったって紛れもなくイケメンなんだけど。

この距離だと、鼻筋の通った高い鼻とかフサフサの長い睫毛とかきめ細かい美肌とかまでつぶさに観察できて……。


……なんて見惚れていたら、グラウス様が突然立ち止まり、私をぽいと投げ捨てた。


「ぎゃあっ、アイタ!」


「グエッ! キュエキュエッ!?」


落下の衝撃で、凍っていたペロリンがピキンっと急速解凍された。


「いきなり何するんっ……」


「ここに入れ」


グラウス様は抗議する私には一瞥いちべつもくれず、扉をさっと開いて入っていた。


ああ……ドアを開けるために、私を放り投げたのね。

って、何も放り投げなくても!


「何をぼやっとしている、早く入れ。誰かに見られると面倒だ」


「あっ、はい!」


うっ、たしかに……。

私は人目を避けるため、言われるがままにそそくさと部屋の中へ――



「あ、あの! いきなり放り投げることはないんじゃないですか、せめて一声かけるなり……」


「ギュエギュエッ!」


「……とやかく文句が言えるような立場か、貴様は」


氷のように冷え切った瞳でギロリと睨まれた。

彫刻みたいに整った容貌で見据えられると、迫力が違う。一層、凄みが出るというか……。


「動けないと言うから運んでやったまでだ。それとも……あのまま、放っておけばよかったと?」


「うぐっ……」


たしかにグラウス様がなんとかしてくれなかったら、私はペロリンごと捕まって……。


「……あ、ありがとうございました。助かりましたっ!」


「礼などいい……それより」


「うう……」


すげなく返され、私は思わず後ずさった。


「おい」


せっかく距離を取るため下がったのに、グラウス様は私にずいっと近づいてきた。


「ひ!」


やっぱりこの人、ものすごく怖い!


……と、思ったのも束の間――


「……大丈夫か?」


険しい表情が消え、心配そうに私の顔へ手を伸ばしてきた。


「え……」


何、突然……もしかして私のこと、心配して……?


「もっとよく見せてくれ」


「み、見せるって何を……」


「この花だ」


「へ?」


「キュ?」


グラウス様はとても大切なものをあつかうように、ペロリンにそっと触れた。


「あの場を収めるため、やむを得ず凍らせてしまったが」


「あ、ああ……なんだ」


大丈夫かって、ペロリンのことか……。

私のことを心配してくれるなんて、意外と優しい……とか勘違いしちゃった。


「なんだとはなんだ」


「い、いえっ、ペロリンならあれくらいなんでもないですよ」


「キュエンッ、キュルキュルッ♪」


「ほら、この通り。ぴんぴんしてます、ペロリンはとってもたくましいんです」


「さっきからその、ペロリン……? とは、まさかとは思うが……その花の名か?」


「そうです、なんでもペロリと食べちゃうから名付けて『ペロリン』です」


「…………はあぁ、壊滅かいめつ的なネーミングセンスだな」


「え……そうですか? とっても可愛い名前だと思いますけど」


「貴様、こんなにも立派な……!」


「ひゃっ!」


いきなり声を荒げたので、私はずさーっと後ろへ飛びすさった。


「……いや、いい」


はああぁっとまた盛大に溜め息をつかれ、その上なぜかとっても残念そうな目で見られた。


「とにかく、植木鉢女」


また『植木鉢』呼ばわり!


「さっさと宝珠を返してもらおう」


「えっ、返すって……どうやって?」


「……貴様、やはりこのまま宝珠を盗む気か?」


「いえいえっ、違います! もちろん、私だって返したいのはヤマヤマですけど……でも、かなり前に飲み込んじゃってますし」


今までペロリンが飲み込んだものは、そのまま消えてしまって出てこず、後から吐き出されることもなかった。


「たぶんもう消化……って言っていいのかわからないんですけど、きっと吸収されちゃってますよ」


「いや、俺にはわかる。宝珠の存在が……その花の体内にまだ宿っている」


「はあ……」


宝珠の持ち主がそう断言するんだから間違いないんだろうけど……面倒なことになったなぁ。


「どうにかして、宝珠を取り出すしかないが……」


グラウス様は顎に手をあて、再び私へ近づいてきた。


「……ひ、あわわ……」


私は反射的に後ろへ。


「おい植木鉢、待て」


「え、でも……」


迫力があって怖いんだってば~! 美形すぎるっていうのも罪だわ。

ソロリソロリと後ずさるうちに、私は壁際に追い詰められた。


「でも、ではない」


「ひっ!」


後ろの壁にドンッと手をつかれ、逃げ場を完全に封じられる。


「俺から逃げるな」


グラウス様は瞳をすーっと細め、美しい顔を寄せてきた。


「え……えええ!?」


ちょちょ、ちょっと待って! いきなり……どうしてこうなった?

どっ、どういう状況ーーーーーっ!?

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