3.深窓の王子様

「あ!?」


さっきの超イケメン!


「きゃあああっ! あれって、グラウス王子じゃない!?」


「本当だわ、珍しい~っ! グラウス様って、人前に滅多に出てこないのよ!」


ペロリンに釘付けだった人々の視線が、いっせいに彼の方へと集まった。


「グラウス、王子……? って、まさかクラウンザード王国の?」


「そう、次期王位継承者のグラウス様よ! あの完璧な美しさ、威厳いげんあるたたずまい……間違いないわ!」


「えええっ……あの人、グラウス王子だったの!?」


このクラウンザード王国に生まれたからには、第一王子であるグラウス様のことを知らない人なんていない。

それくらい有名で……でも、私の思い描いてた王子様イメージとは違いすぎるんだけど!


王子様ってもっとこう、爽やかっていうか人当たりがよくって、国民にはいつでも手を振ってくれるような、ほがらかな好青年なんじゃないの!?


「んんーーーっ! うぐーーーっ!!」


「あっ、いけない! だ、大丈夫ですかー!? 生きてますかーっ!?」


ペロリンに頭を飲み込まれた御婦人は、以前として必死の抵抗を試みている……!


「…………まったく」


グラウス様が吐き捨てるようにつぶやいて、スタスタとこちらへ近寄ってきた。


……と思ったら、


「許せ、これも人命のため!」


「グヘッ!」


ドゴォッと、ペロリンめがけ渾身こんしんのアッパーをくらわせた。


「ひゃあっ!」


私が思わず叫ぶと、ペロリンが御婦人をぶぺっと吐き出した。


「げふごふっ! なっ、なんなのっ!?」


ヌルヌルべとべとになった御婦人が叫んだ。


「はあああぁ、よかった……あっ、ありがとうございましたっ」


私はほっとして、それから慌ててグラウス様に頭を下げた。


「礼はいい、それより……」


「あうう、べとべとするぅ……」


「だ、大丈夫ですか……なんかすみません」


私は床でへたり込んでいる御婦人に手を差し出し、よいしょと引っ張って立たせた。


「すっ、すみませんで済む問題じゃっ……!」


御婦人は、私に怒りの形相ぎょうそうで食ってかかってきた。


……が、


「……って、あらぁ!? 超イケメン!!!」


グラウス様の存在に気づくと、瞬時にときめく乙女の顔になった。


「まあ、なんて素敵な殿方ぁ……あ、あの~ぉ、よろしければお名前を教えていただけますぅ?」


うっとりと見惚れる御婦人。


「ちょ、ちょっとちょっと、近すぎ! グラウス様に失礼ですわよっ」


「ぐ、グラウス様ですって!? あの、あまりの美しさに神様も嫉妬しっとしてしまうほどの美男子だとほまれ高い、あのグラウス様!?」


「そうそう! 王妃の座争奪戦を繰り広げられないよう、人目を避け森の中で隠遁いんとん生活を送っていらっしゃるっていう、まさに深窓しんそうの王子様よ!」


「ああっ……グラウス様のお姿を拝めるなんて、一体何年ぶりかしら? 晩餐会へ来てよかった!」


この御婦人、強い……!

顔中ヌルヌルべとべとのままなのにも構わず、グラウス様からいっときも目を離さない。


そのイケメンへのくなき執着心しゅうちゃくしん、尊敬します!


「グラウス様にお会いできるなんて光栄だわぁ、それだけでも今夜の晩餐会に来た甲斐があったわね!」


「感激だよ! 俺、グラウス様をこんな近くで見るの初めてだ!」


御婦人方だけではなく、さっきまでペロリンの恐怖におびえていた会場中の人々が、颯爽さっそうと現れた王子様に魅了みりょうされている。


しかし当の本人は、というと――


「…………」


自分が注目の的なのもどこ吹く風で、涼しい顔をして私のこと(いや、ペロリンか)を静かに見つめていた。


「魔物が出ただって!? 一体どうやって、王宮の中へ侵入したんだ!?」


「王都は魔力で守られているんだ! 王宮内に、魔物なんて入り込めるはずないのにっ」


どやどやと、今頃になって王宮の衛兵たちがなだれ込んできた。


「うわっ、なんて巨大な花なんだ! こいつが魔物か!?」


「ギエエエーッ! グエッグエッ!!」


「ひえぇっ、なんか凶悪に叫んでるぞ! やっぱり魔物だーっ!!」


「女の子の頭に寄生してるのか!? それとも、この子も魔物……?」


「ち、ちがっ……私っ、魔物なんかじゃありません!」


「まさか魔物が王宮内へ潜り込むとは……くそーっ、警備は万全だったはずなのに!」


私の主張など聞いてもらえず、あっという間にたくさんの衛兵に取り囲まれてしまった。


「とにかく魔物は殲滅せんめつせねば! 皆の者っ、剣を抜け!」


「わーっ、待って待って! 話を聞いてください、どうかお命だけはっ……」


「ンアーーーッ……アングッ!」


目の前に突きつけられた剣を物ともせず、ペロリンが衛兵の頭に食いついた!


「うわーーーっ!?」


「だ、ダメーーーっ! ペロリン! やめてやめてっ!!」


私の制止も構わず、ペロリンは食いついた衛兵を振り回して、別の衛兵を次々と薙ぎ倒していく。


「わーっ、なんて馬鹿力だ!」


「皆の者っ、臆するな! 相手はたかが花だ、剣で切り刻めっ」


「し、しかしっ……下手すると、振り回されている味方に当たります!」


「それをなんとかするのが……のわーーーっ!?」


上官らしき衛兵が、会話の途中で吹き飛ばされていった。


「あああ……ど、どうしよう……このままじゃ……」


「チッ……これ以上、騒ぎが大きくなるのは面倒だ」


え、舌打ち!? ますます王子様っぽくない!


「しかし、傷つけるわけには……仕方あるまい」


「え……?」


小さな声で呪文のようなものを囁いたグラウス様は、暴れ回るペロリンへ右手をかざす。


「ウムッ!? ムムウッ!!」


グラウス様の手から氷の粒子のようなものが噴き出し、ペロリンに勢いよく吹きかけられた。

ペロリンの動きが止まり、ピキピキと白く固まり始める。


「ムキュ~~~ウ……グエエー……ピギギッ!」


「あ、凍っちゃった!?」


これって、氷の魔法!?


「キュウ~~~ン……


どたっ!


「ぐえっ!」


凍りついたペロリンが落下した拍子に、頭を飲み込まれていた衛兵が床へ投げ出された。


「植木鉢女、その花を抱えろ」


「え? あっ、はい!」


グラウス様の有無を言わせぬ迫力に、私は慌てて、凍りついているペロリンを抱きかかえた。


「うわ、冷たっ!」


「では、行くぞ」


「え、あ、あの……重くて、立ち上がれません」


凍ったせいなのか、それとも意識がないせいなのか、ペロリンは予想以上に重かった。


「はあ……まったく、つくづく手間のかかる」


「え……ひゃあ!?」


グラウス様が一瞬ひざまずいて、私をペロリンごと抱き上げた。


「きゃーーーっ!?」


「イヤーーーーーっ!!!」


悲鳴とも怒号とも取れる喚声かんせいがパーティー会場に巻き起こった。

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