2.突然メタモルフォーゼ

「何をする! 貴様っ、それがどれほど貴重なものかわかっているのか!?」


「え!? し、知りません!」


「ほう、あくまでシラを切るか……」


グレーがかったアイスブルーの美しい瞳がきつく細められた。


「いえっ、ほ、ホントに! 本当に知らないんですってば!!」


「とぼけるのもいい加減にしろ」


うっ、怖いぃ……!

怒鳴ったり声を荒らげたりしてるわけではないのに、妙な迫力がある。


「これはクラウンザード王国を守るため、魔力を込めた守護の珠。強大な魔力を持つ王族にしか扱えぬ、国の宝珠」


「えええっ、宝珠!?」


「おい、植木鉢女!」


「うっ!? なんですか、その呼び方!」


「黙れ、頭に花を咲かせた女を他にどう呼べと?」


「私には『ティアラ』っていう、ちゃんとした名前があります!」


「うるさい、植木鉢女! 宝珠に手を出すとは、極刑きょっけいに値するぞ」


極刑きょっけい!? いやいや、ホントに宝珠とかいらないし! 興味もありません!!」


「その頭の花は興味深いが……宝珠を狙う逆賊ぎゃくぞくとあらば、容赦ようしゃはせん」


「いやいや逆賊ぎゃくぞくとかっ、そんな物騒なものじゃ……」


「ンブッ!? ウオエエッ!?」


私たちが言い争ってる最中、突然ペロリンに異変が起こった!


「ヴッ……グエェェェ……」


「ペ、ペロリン……? ちょっと、大丈夫っ!?」


「……なんだ、どうした」


「わ、わかりません……なんか苦しんでるみたいで」


「何?」


今までの険しい表情が一変し、心配そうに私(というかペロリン)へ異常接近してきた。


「わっ、近いっ!」


いきなりのイケメンドアップは心臓に悪い!

でも……うーん。……やっぱり顔はかっこいいわ、顔は。


「たしかに震えているな……」


……なんなんだろう、この人。

ペロリンを怖がりもせず、むしろ傷つけないよう優しく触れている……?


「もしや、この花は……おい、植木鉢女」


「だから私、『植木鉢女』なんて名前じゃありません! ティアラですっ」


「貴様の名などどうでもいい。そんなことより、この花だが……」


続きをさえぎるように、次の瞬間――


「キュルルンッ♪ アフーーーーーン♪」


苦しんでいたペロリンが、グワワーーーンと巨大化した。


――いまだかつてないほどに。



「なーーー!? おっきくなっちゃったっ!! なになにっ、なんでーーーっ!?」


蕾が大きくふくらんで、分厚い唇のパックリとした口のようなものがド真ん中に付いている。

怖っ、人間の頭くらいなら余裕で丸呑まるのみできそう!


蕾の色も白かったのが、目に痛いくらいのドピンクに変化し……なんとも禍々まがまがしい見た目になってしまった。


「ペ、ペロリン、なんでそんないきなり凶悪なビジュアルになっちゃったの!?」


「ヒョッヒョッヒョッ!」


「ええ……何、その変な鳴き声ぇ……突然変異? イメチェン? イメチェンにしては、ちょっと主張が激しい気が……」


「おお、なんと素晴らしい! やはり、これは……聖樹の」


「えっ、聖樹!? 聖樹と何か関係があるんですっ……」


「ギュアアアアアアアアアアンッ!」


「かああぁーーーっ!?」


自分の頭以上に大きくなってしまったペロリンに引っ張られ、私は廊下を引きずられる。


「おい、待て! 植木鉢女っ、どこへ行く!?」


「だから植木鉢じゃ……って、わかりませーーーん!」


「ムモモッ♪ キュハーーーンッ♪」


頭ごと身体を引っ張られ、私の足はほとんど床から浮いている。

はたから見たら飛んでるように見えるかもしれない。


「ちょっとペロリン! どこ行くの!?」


「ブエエエーーーイッ!」


興奮状態のペロリンは、私の言うことなんてちっとも聞いちゃいない。


「ひゃあっ、ストップストップ! ぎゃあああっ、壁がーーー!!」


が、壁にぶつかる寸前、くるりと急転換して激突はまぬがれた。


「ギョエエエエエエッ!!」


ペロリンにものすごい勢いで引きずり回され(といっても身体は宙ぶらりん)、私はようやく暗い廊下から明るい場所へ出た。


「はあっ、はあっ……やっと……止まっ、た?」


「きゃあああ! 何、あの変な花!?」


「あの子、頭に大きな花が咲いてるぞ!」


「あ……まずい」


なんとそこはよりによって……晩餐会の会場だった。


「なっ、なんだなんだ!? その巨大な花は!」


「……って、花でいいんだよな? なんで頭にそんな大きな花が咲いて……?」


「花……? 本当に花なんですの? あんな不気味な花は見たことがありませんわっ」


綺麗な衣装を身にまとった紳士淑女の皆さんが、突然現れた私(主にペロリン)を遠巻きに見ている。


「こ、この花は……その」


パーティー会場をキョドキョド見渡すと、大きな生け花がぱっと目についた。


「生け花……そう、造花です……ほ、本物の花じゃなくて! よっ、余興よきょうの一種なんです、出番を間違えて……!」


「ははっ、手品か。な~んだ驚いた、ただの作り物かぁ」


「あはは……よくできてるでしょう? まるで本物の花みたい!」


「そりゃそうよね~……でもさっきは、動いてたような……?」


「まっ、まさか! 動くわけないですよ、あはあは……えーっと、それでは……」


なんとか必死で言い逃れしようと試みている最中、静止したかに思えたペロリンが――

再び動き出した!


「ンアアアーン……パクッ!」


突然、茎をギューーーンと伸ばしてテーブルの上に並ぶご馳走に食いついたのだ。


「きゃあああーーーーー!」


「うわあああああーーーっ!?」


「ああっ、ブヒリコ豚の丸焼きがーっ!?」


「アムアム……モッキュモッキュ、ゴッキュン!」


私が両手でやっと抱えられるかというほどの肉塊にくかいを、ペロリンはペロリと飲み込んでしまった。


「やっぱり動いてるじゃない! ……っていうか、花なの? なんなの!? はっ! 実は魔物なんじゃ……!」


「どっちにしろ、思いっきり肉食だよな!? ヤバイ! 俺たちも食べられるぞ! 逃げろーーーっ!!」


瞬く間にパーティー会場は大混乱の渦に巻き込まれた!


「イヤーっ! なんなのあの花、気持ち悪い! あんなキモイ花、見たことないわっ」


「……ピギッ」


テーブルの上のご馳走を夢中でむさぼっていたペロリンが、自分の悪口にはいち早く反応した!


「ンナアアア~ッ、パクッ!」


ペロリンは標的を変え、御婦人の頭へパックリと食いついた。


「きゃあああああっ!」


「わああっ、ダメダメ! ペロリン、そんなの食べたらお腹壊すって! ぺってしなさい、ぺって!」


頭に食いつかれた御婦人は、手足をバタバタさせ抵抗している。


「あうあうっ……んぐぐーーー! ぬむーーーんっ!!」


「わわわっ、蕾の中でメッチャ悲鳴が……!」


ひえーっ! 今まで虫とかはあったけど、さすがに人間は……ダメダメ、グロすぎでしょ~!!



「…………なんなんだ、この有り様は」

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