サルの前歯はまッ黄色
摩部甲介
サルの前歯はまッ黄色
カネジに銃を向けられながら、おれはようやく服をすべて脱いだ。ハリマがゴム手袋をはめたデカイ手で、おれの口や肛門をよく調べた。ゴムの味が不味かった。
「よう」
裸のまま少し待たされて、ヤマザキがペットボトルを持ってきた。既にカネジとハリマは奥に引っ込んでいる。
「飲みな」
前に手伝わされたときは、味なんて考えもしなかった。
鉄扉が開く。中は真ッ暗で、ひどい臭いがした。
「名前はたしか、そう、ハナビラだったな」ヤマザキが言う。
顔をしかめてる間にケツを蹴られ、部屋に突っ込まされた。たたらを踏んだ足の裏がコンクリートで冷たい。
一瞬考え直してくれるとかもしれない、と思って振り向いたら、ヤマザキは眠そうな目でおれを見ながら、鉄扉を閉めた。鍵の掛かる音。
自分の心臓の音が聞こえる。
むこうの天井の両角の赤い光点は監視カメラだろう。ジッと睨んでいるそいつが、おれには幾らの値をつけるのだろうか、とかバカなことを考える。
部屋の奥からどん、と風が吹いた。
べたん、とすぐ前から。足の裏を100倍強くしたような臭い。
ぐふ、ぐふと人とそっくりな音。
髪が抜けそうなぐらいの力に掴まれ、水槽の緑の水を煮立てたのを吸った雑巾のようなのが顔に張り付いて、胃から喉にこみ上げてくる。唇を、歯をこじ開けて入ってきたソレにぶちまけると、そいつは口に被さるようにしてうまそうに飲んだ。
顔から離れた。
明かりが点いた。
ハナビラがいた。
黒焦げのフライパンのような顔がすぐそこにあって、目ン玉はキャビアみたいで、すぼまってた。
べろりと唇がめくれた。
雀牌みたいな前歯の隣に倍の長さの牙があって、喉からはあの水槽の臭いがした。
のしかかられる。背中がコンクリにあたる。
コーヒーを掃除したモップじみた体中の毛で体中がくすぐったい。
オスのオランウータンは片足を曲げ、薬のせいで硬くなったモノを足の指で掴んだ。
事が済んでも、扉は開かず、ハナビラはおれで遊んでいた。
いつも通り、こっちからやらないといけないらしい。
体中が痛いが、特に掴まれた脇腹がひどかった。
ハナビラの後ろに回り込んでケツを掴んだ。久しぶりの、ゴムタイヤと同じ感触だった。
扉が開いた。
立ち上がろうとしたが、大の字のまま動けなかった。薬の効果だ。血流の増加と興奮、祭りの後の倦怠感。
「出な」
結局動けず、やつらは入ってくることになった。
顔をしかめたカネジとハリマ。
カネジが足でハナビラを追い払い、ハリマがおれの伸びた両腕を掴んだ。
そこでおれは指を鳴らす。やってる間に決めた合図。
ハナビラが腕が伸び、カネジの足首を掴み、引く。
カネジの後頭部がガツと床を打ち、泡を吹いて痙攣する。
ハリマの手がおれから離れ、振り向き駆け出す。
ハナビラがおれを飛び超える。濡れた音と悲鳴。折れ、流れ出る音。
いつの間にかおれは笑っていた。
戻ってきたハナビラはカネジの喉を喰いやぶると、おれをじっと見た。ハナビラは血まみれの唇をめくった。
おれはなんとか動く指で床を3度叩き、ハナビラはおれを背負った。
床に首から上が千切れたハリマ。取れた頭はふたつに割れたスイカに似ている。
口に当てられたペットボトルを、夢中で吸った。動けるようになる薬。
空になったものを、ハナビラは丸く潰してゴミ箱に放った。
手足を振り、動けるか確かめる。立ち上がる。よろけたのをハナビラが支えてくれる。ハナビラは唇をめくり、振り向いた。おれもそっちを見る。轟音。
ふっとばされ、壁にぶつかる。もたれた背中から肺に抜ける熱いものがある。どんどんこみ上げてくるものを吐くと血だった。
顔を上げるとヤマザキ。手には銃。
「ごおっ」
ハナビラが吠えた。
銃が火を吹いた。床が弾ける。
跳んだハナビラ、腕が伸びる、ヤマザキの肩へ。
ヤマザキが銃を上げる。轟音。ハナビラが吹き飛んだ。
床を蹴る。走る。苦しい。かまうものか。ヤマザキがおれを狙う。きやがれ。銃火。右肩。
激突。ヤマザキが倒れる。飛びかかるハナビラ。おれは手が伸びず、床に崩れる。手足に力が入らない。口から血が止まらない。
ヤマザキの悲鳴。雑巾をちぎるような音。ハナビラの吠え声。
目の前に落ちる音。顔を上げる。千切れた腕。広がる血が腹までくる。臭く、ぬるい。
寒い。目が覚める。
ハナビラだ。そんな目をするな。
おれは指を鳴らした。
もう一度、鳴らす。
もう一度。
ハナビラの唇がめくれた。
毛むくじゃらの腕が、おれの首を握った。爪まで黒いが、とても温かいものがおれの首を折る、そう悪くない音がした。
サルの前歯はまッ黄色 摩部甲介 @bloodbath13
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