第8話-① お早うございます。今日は、ラーメンを作ります。

 ツルは段ボールの一辺を切断して一枚に広げ、切れ目の隙間が埋まるように上からガムテープを巻いた。そうして一枚の板のような形になった段ボールをいくつも用意すると、それぞれをテープとホチキスで接続して、より大きな板を作った。段ボールを窓を覆い隠すように立てかけ、窓枠と触れている端の部分を何重にもガムテープで目張りして、一切の光が入り込まないようにした。

 二階の部屋は出入り口の戸以外にはこの窓一つしかなく、そこさえ塞いでしまえば部屋に入ってくる光のほぼ全てを遮断することができる。ツルは窓を塞ぎ終えると、今度は同じ作業を出入り口の戸に対しても行った。

 それが終わると、自分の手の動きすらも見えないほどの暗闇が出来上がった。

 ツルは畳の床に手をつくと、目印として部屋の中央に置いた座布団を手探りで探し、這って動いてその上に座った。目の前には、事前にカメラとフィルムなど、必要になるものを一列に並べてある。ツルはスーパーで買った皿付きのアロマキャンドルを手に取ると、火をつけようとして、そこでライターを持ってくるのを忘れていたことに気付いた。

 ツルは自分に呆れてしばらく頭を抱えたが、立ち上がり、出入り口の段ボールを一度剥がして、人一人分ぐらいの幅の焦茶の木板の廊下を走り、一階に降りてダイニングにライターを取りに行った。二階の部屋に戻ると、それから、また出入り口を段ボールで塞ぎ直した。ついでに、秒針の音で気が散るといけないので、壁にかけてあった時計から電池を抜いた。

 ツルは改めて座布団の上に座ると、ライターでろうそくに火をつけた。

 ツルはろうそくの前にカメラを置き、しばらく火の揺れる様子を眺めた。

 水の中へ潜っていくのに備えるように大きく息を吸ってから、ツルはタオルを頭に巻いて視界を塞いだ。視界が再び暗闇に包まれると、ツルは両手でカメラを持ち、親指をシャッターボタンの上に添えた。

 椎木の名前を思い浮かべながら、ツルは鼻歌を歌うように、わずかな音量で音を鳴らし、それによって自分の体が振動するのを観察した。このとき、具体的な思考をしてはいけない。思考をしてはいけない、と考えることもいけない。ただ浮遊するように体の振動を観察していれば、そのうちにたどり着く。

 ツルはカメラのシャッターボタンを押した。

 カメラのローラーが回り、フィルムが排出されてくる。ツルは手探りでフィルムを引っ張って取り出し、畳の上に伏せた。

 カメラの中に挿さっているカートリッジには、二枚のフィルムが残っていることを事前に確認している。ツルは続けて、二枚目が撮れるようになるまで精神を集中して、そして撮った。

 二枚目を撮ったころには、一枚目の現像が済んでいるぐらいの時間が経過していた。ツルはアイマスク代わりのタオルを額まで持ち上げて、一枚目の写真をろうそくの火に照らして映っているものを見た。

 そこにはろうそくの火が映っているが、そこに重なって、紫がかった色でぼんやりと何かのシルエットが写り込んでいるのが見えた。それは何かに近寄りすぎたような像で、壁か何かの一部分のように見えた。

 二枚目の写真の現像が終わったころ、同じようにして写ったものを確認してみると、今度は赤っぽい色で枝のようなものが大きく写り込んでいるのが見て取れた。

 二枚とも何かが映っているのを確認して、ツルは結論付けた。

 椎木はまだ

 ツルの念写で写るものは、必ずしも現在と同時刻のものではないらしいことが経験上わかっている。同じ人間を連続して念写したときに、まったく違う場所が写るということも多い。椎木の現在の居場所を確認するためには、とにかく何枚も撮影していくほかない。

 ツルは右手を何度か握ったり開いたりして動かした。今のところ、体はなんともない。周囲を見回してみるが、が見えたりはしていない。

 とはいえ、やはりというべきか、二枚の念写の結果は、椎木神社で行うものに比べると明らかに精度が低くなっているように見えた。椎木神社と同等の環境にするために、まだ何かが足りないのかもしれない。ツルは目張りした段ボールの隙間から光が漏れていたりはしないかと、薄暗い部屋の中を見回した。

 そのとき、みまもりウォッチから音が鳴りだしてツルは飛び跳ねた。

 飛び跳ねた勢いでろうそくの火を蹴倒すところだった。一瞬で心拍数が最大まで上がったような気がする。暗がりの中でみまもりウォッチのパネルが光り、犬の鳴き声が混じったふざけたようなメロディが必要以上の音量で流れている。どうやら事前に何かのアラームが設定されていたらしい。外で鳴ってたら大恥かくとこだ。

 みまもりウォッチのパネルには、"パッチはりかえ"と表示されていた。やけに大きなフォントのせいで"え"の部分だけ改行されている。

 一瞬何のことだかわからなかったが、すぐのことだと気づいた。十和が定期的に貼り換えるようにと言っていた。貼り換えのタイミングをご丁寧にスケジュール設定されているようだった。ツルはみまもりウォッチのパネルを操作してアラーム設定画面を表示し、すべてのアラームをオフにした。

 そこで気づいた。貼っていたパッチの効果が切れているなら、新しいパッチを貼れば、念写の精度も上がるのではないか。

 ツルはまた出入り口の段ボールを剥がして一階に降り、十和から渡されたラジウムパッチの紙箱を取り出すと、腕に貼られている古いパッチを剥がし、新しいパッチを貼った。

 ツルは二階に戻り、フィルムを一パック開封して、カメラの中に入っているカートリッジと取り替えた。タオルで視界を塞ぎ、意識を集中して、一枚撮る。

 そうして撮れた三枚目に写ったものを、ろうそくの火で照らして見てみた。

 のが見て取れた。ろうそくの火に重なって写った像は先ほどよりも輪郭がよりはっきりし、色も実際の物体に近づいているように見え、ろうそくの火の像のほうが薄くなっている。三枚目に写ったものはいくつかの直線的な物体で、どこかの路上のようにも見える。ツルは、その中央あたりに、縦長ののようなものが写っているのを見た。

 それは人影のようにも見える。

 だが、はっきりと看板の文字や人の顔が識別できるほどの精度には至っていない。

 ふと、ツルは思いついて顔を上げた。少し考えて、ツルはラジウムパッチの紙箱の中身をすべて床に広げた。残りは全部で十三枚あった。

 体内に飲み込むわけではないのだから、一度全てを貼ってしまい、今あるフィルムを使い切ったら剥がしてしまえばいい。残りのフィルムは十五枚だが、一気に撮り切ってしまえば三十分もかからない。

 ツルはトラックジャケットを脱いだ。

 パッチを一枚取ると、シャツの袖をまくり、すでに貼ってあるパッチの隣に、もう一枚のパッチを貼り付けた。さらに一枚、さらに一枚と貼り付けていくと、最後には腕に貼り付ける隙間がなくなったので、ツルはシャツを肩のところまでまくりあげ、最後の一枚は肩に貼った。

 その状態で、ツルはまたタオルで目隠しをし、意識を集中して一枚撮った。

 その瞬間、目の中に電撃が走ったように、一瞬だけ真っ白い光が見えた。

 ツルは続けて、もう一枚、もう一枚と撮り続けていった。

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