隻眼迷宮編.57.入れ替わり
「――面倒な事になりそうですね」
適当に取った宿の部屋で渡された冊子を読んでいて、思わずため息混じりに声が漏れる。
そもそもこの冊子はこれから訪れる予定の本物の勇者に渡される物だったらしく、何故受付の女性が私を勇者だと思ったのかは分かりませんが……恐らくはトリノでもそうであったように、珍しい服を着た黒髪だったからでしょう。
そしてさらに私の頭を悩ませるのが、この隻眼のダンジョンが攻略目前とされているところです。
この世界でのダンジョン攻略とはどういったものなのか、漠然としか知らなかったのですがある意味で最前線でもある都市だけあって力の入れようも凄まじい物があります。
長い年月を掛けて優秀な人材を派遣し続け、ダンジョンが自らを改造できない様にダンジョン内に前線基地を作り続ける事で少しずつ玉座の間へと迫っている。
定期的に封魔師と呼ばれる、ダンジョンの悪魔を封印する事に特化した聖職者の占いによって玉座の間が今どこにあるのかさえ探られる様です。
千年にも及ぶその積み重ねの結果が今の攻略進捗であり、そして攻略目前だからこそダメ押しで勇者達を派遣したと。
【やっぱ攻略は難しいのか?】
「難しいというより、横槍が入りそうです」
【どういうこった?】
「どうやら勇者達も隻眼を攻略する気みたいですよ」
【……ほう?】
「先にここを目指して良かったですね」
これは何としてでも勇者達よりも早く隻眼を攻略する必要がありますね。
然しながら、相手は私達と同じ優勝候補であり、一つの都市を丸ごと支配下に置いているのであれば権能だって解放している筈です。
隻眼本人も自分が攻略される寸前という事は分かっているはずで、このまま何もしないまま終わるとも思えません。
「つまりここから先の展開が読めなくなりました」
【攻略目前だっていうのに黙ったままで何を考えているのか分からない隻眼に、そんな隻眼を攻略しようと派遣された勇者達……か、何だか面倒臭ぇな】
「隻眼との綱引きだけに集中したかったのですけれどね」
さて、そんな当初の想定よりも不確定要素が盛り沢山な今回の遠征ですが、どのように攻略してやりましょうか。
パッと思い浮かぶ案は幾つかありますが、どれも確実と言えるものではありません。
敵性ダンジョンに潜る都合上、どうしても撤退がネックになりますね……ましてや混戦となる可能性もあるのですから、上手くいかなかった場合はどのように逃亡するかもきちんと考えておかなければなりません。
【どうする?】
「……そうですね、勇者になってしまいしょうか」
【あん?】
「行方不明の勇者として彼らに合流し、一緒に隻眼を攻略するのです。勇者としてなら最新の情報や人手も集まる中で攻略が行えるというのもありますが、これなら三つ巴から一対二に持ち込めます」
隻眼は言うまでもなく本拠地で迎撃する側ですし、勇者達は複数人で行動している……私だけがほぼ単独な状態で三つ巴の対立構造は避けたい。
そうであるならば私が取れる行動としてそもそも相手に敵として認識されない隠密作戦か、勇者達と合流して先に三勢力の一角を落とすかの二択が思い浮かびます。
しかしながら言うまでもなくダンジョン相手に隠密行動なんて出来るはずもなく、人々が溢れている街と違ってダンジョン内に作られた最前線の基地より先に足を踏み入れれば嫌でも隻眼の注目を集めるでしょう。
反対に勇者として共に行動する事で、実際は三つ巴なのに隻眼と勇者の対決でしかないと両陣営に誤認させる事ができる。
【直前で裏切るって事だな?】
「そういう事です。……まぁ、問題も無いわけではありませんが」
【例えば?】
「トリノの時とは違いますので、ダンジョン攻略の前に本当に聖王国へと移送されかねないという事です」
【あー】
行方不明の勇者を見付けたのでそのまま一緒に攻略しました、とはならない可能性が高いでしょう。
当然その行方不明だった勇者を連れ帰り、今まで何処で何をしていたのか、どんな力を持っているのかなど事情聴取されるでしょうね。
「ダンジョンの中で偶然を装って合流し、そのままなし崩し的に一緒に攻略……という手も無くはないですけどね」
これもまた成功するかどうか微妙ですし、彼らにも『一旦退却する』という選択肢はあるでしょうから移送されるリスクは一緒ですね。
【結局のところ、どれもリスクがあるって事だな】
「えぇ、そうです。……ままなりませんね、ダンジョン攻略も勇者達を誘き寄せるのも片方ずつであれば問題は無かったのですが」
こうなってしまえば制服で勇者やその関係者を誘き寄せる必要は無くなりましたね。
まぁ、もしもダンジョン内で偶発的な遭遇をしてしまった際に油断させる事が出来るので脱ぎはしませんが。
【じゃあ、どうする?】
「……………………今はちょっと思い付かないです」
【そういや体調が悪いんだったな】
「お腹痛い」
あ〜、陰鬱な気分にもなりますし、物事が上手くいかないだけで簡単にイライラしてしまってあまり良い案が思い付きませんね。
【代わってやろうか?】
「……良いんですか?」
【あぁ、俺様も気分転換がしたいしな……後はまぁ、先ほどの詫びか?】
「別に気にしなくても良いですのに……」
この悪魔は変なところで律儀な部分がありますね。
「ではお願いしますね……あ、街に出るなら制服は脱いで下さいね。アーク単体で勇者の関係者を釣らなくて良いですから」
【お? おう、他にはあるか?】
「……まぁ、悪目立ちしなければそれで良いですよ」
意識的に精神的な抵抗力を抑え、ただ親しい人からの抱擁に身を委ねる様に自らの自我を心の奥底まで沈めていく。
途中ですれ違うアークに簡単な注意をしつつ、肉体の主導権を明け渡す。
「ほーん、これが人間の身体か」
【私は寝ますけど、くれぐれも気を付て下さいね】
「分かってるって」
【……本当ですかね】
「大船に乗ったつもりで任せろ! ……にしてもマジでお腹が痛いな」
【はぁ……】
まぁ、いいです……とりあえず私はずっと張り詰めていた精神を休ませましょう。
せっかく伝説の大悪魔様が気遣ってくれたのですからね。
「良いから気にせず寝ろって」
【……おやすみなさい】
「おう」
仕方ありません。疲れましたし、もう考える事はやめてもう寝ましょう――
「――おやすみ、我が半身よ」
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