隻眼迷宮編.56.不良勇者


「ねぇ、宿はまだなの? 良いところ教えてあげようか?」


 隻眼なダンジョンの情報が纏められた簡易的な冊子にオマケとして差し込まれていた、この都市でのオススメの宿や商店のメモを眺めているのですが……本当にしつこいですね。


「これ以上付き纏うなら殺しますよ」


「おっ、やっと意識を向けてくれたね。その服って珍しい素材で出来てるよね? 何処で作られた物なのかな?」


「……もしかしたら知っているのではありませんか?」


「え? 私が? ……どうかな、何処かで見たような気もするけれど」


「……」


 はてさて、この方はどっちでしょうか……私が何のために目立つ制服を今も着ているかと言うと、本物の勇者の関係者を炙り出す為です。

 実際に召喚された勇者が日本人なのかどうかは分かりませんが、アークが言うに地球出身である事はほぼ確定らしいのです。

 例え召喚された勇者が日本人以外であったとして、日本の学校制服は分からなくとも、その素材がこの世界では有り得ない化学繊維である事は分かるかも知れません。

 正規に召喚された自分達以外に地球の面影がある人物を見た時、果たして接触しないという選択肢を思い切りよく捨てる事ができるでしょうか。

 接触に慎重になる事はあっても、みすみす自分達と同じ立場かも知れない人間、もしくは別の手段で異世界間移動をなした人間を無視できる筈もありません。

 ましてや、召喚された勇者の中に一人だけ行方不明が居るらしいとなれば尚更です。


「分からないのであれば良いです」


「えっ、ちょっと――うわっ! ネズミ?!」


 予めアンスールの文字を刻んでおいた石をローブの下で砕き、大通りから路地裏へと投げ捨てる事で大量のネズミを呼び寄せる。

 足下に押し掛けらそれらに驚き、何とかの剣が私への注意を逸らしたところで気配を消しながら足早にその場を離れていく。


「あっち行け! しっしっ! ……もう、ビックリしたね――って、あれ? 居ない?」


 さて、しつこいナンパ男も撒きましたし宿を探しましょうか……何処が良いですかね。






「フラれちゃったか〜」


 まぁ、彼女が勇者であるなら結局は私と行動を共にする事になるしいっか。

 勇者様が有象無象に絡まれない為の防波堤、ダンジョンに潜る際の心得の伝授、そして隻眼のダンジョンの攻略補助……それらを教会から命じられた時はどうしようかと思ったけど、勇者様があれ程の美人ならやる気も湧いて出るというもの。

 まぁ、ちょっと私情が前に出過ぎて印象が悪くなっちゃったかもだけど、これから関わる時間は沢山あるだろうからいくらでもリカバリーが効くさ。


「しかし、聞いてたのと少し違うな?」


 受付の女性が用意していた冊子を渡していたという事は彼女が勇者なんだろうけど、上から聞いていた特徴や人物像とも違ければ人数もたった一人だけだし。

 こうした手違いは往々にしてあるとはいえ、教会関係者が勇者様の事でミスをするなんて珍しく感じるというか、本人達にしてもあってはならないと思うんだけど。


「よっと、……何の騒ぎだい?」


 勇者様に勧めた宿のメモを私も貰おうと組合に戻って来てみれば、何やらいつにも増して騒がしい。


「テメェもっぺんやってみろやゴラァ!!」


「や、やめくれ! これ以上は本当に死んじまうって!」


「先に手を出しておいて詫びの前に命乞いとはいい度胸してんじゃねぇか! あぁ!?」


「お、おい! もういいって和久井!」


 騒ぎの中心を見てみれば――先ほど勇者様に絡んでいた者が、背の低い少年に半殺しにされている。

 何がどうしてそんな状況になったのかは分からないが、恐らく彼はまた実力差も見抜けずに年下を揶揄って怒らせてしまったのかな?


「あぁ、レザー様! ちょうどいいところに!」


 おっと、どうやら面倒事を投げられてしまうらしい。


「……説明を頼めるかな?」


「あ、はい!」


 駆け寄って来た職員に聞いたところ、背の低い少年が属するグループが本物の勇者様達であり、受付嬢が誤って別の人物に資料を渡してしまった事を謝罪して新しく用意するので待って欲しいと目を離した隙に揉め事が起きたらしい。

 周囲の証言によると、彼らが勇者であるとは信じなかった男が女性勇者の一人のお尻を叩いた事で背の低い勇者様がキレたと。


「……馬鹿馬鹿しい」


 その少し前に声掛けだけで完全に無視された事が影響しているんだろうが、これでは私でも庇う事は無理だね。


「にしても、あの子は勇者じゃなかったのか」


「レザー様?」


「いや、何でもないよ。止めに行こうか」


 勇者様であると言われても納得できる程の実力はあったと思うが……ま、それを考えるのは後にしよう。


「やぁやぁ、勇者様方……どうかその辺で許してやってはくれないだろうか?」


「あぁん? テメェはなんだよ、急に横から出てきてしゃしゃってんじゃねぇぞ」


「名乗り遅れたね、私は教会から君たちの世話を任された聖騎士の一人――『白光の剣』のレザーと言う。以後よろしく頼むよ」


「……あぁ、テメェが」


 どうやら私が誰なのか理解したらしい。

 思えばあの少女は私が名乗っても無反応だったし、本気に無関係の少女だったみたいだね。


「すいません、コイツ元々不良で……あっ、自分は桜庭さくらば大輝だいきって言います」


「わ、私は音蔵ねくら詩織しおりです……」


「私は桐谷きりたに涼子りょうこです。向こうでは学級委員をしておりました」


「あの不良は和久井わくい啓太けいたって言います。他にもあと三人くらい居るんですけど、一人が勝手にどっか行っちゃって後の二人がその捜索です……纏まりが無くて本当にすいません」


 うーん、何とも個性的な勇者様達だな……キレっぽくですぐに手が出る背の低い少年に、反対にお尻を叩かれてしまったという臆病で自信が無さそうな少女、後は苦労性っぽい青年に真面目で堅物そうな女の子といったところか。

 さらにここに一人で迷子になっちゃった子に、それらを探しに行っているらしいもう二人も加わるときた……これ、私一人で面倒見るの難しくない?


「こほんっ! ……とりあえずそこの男は勇者様に手を出したって事で、死刑か両腕の切断になると思うからその辺にしといて貰えるかな? その仲間達も何らかの罰が下される筈さ」


「なっ?!」


 ごめんね、私も組合員でもあるから出来るなら仲間は救いたいんだけど、流石に勇者様の方が優先されるんだ。


「だから勝手に口出してんじゃねぇぞ」


「おい和久井!」


「和久井くん!」


「コイツらが喧嘩売ったのは俺達で、テメェは関係ねぇ」


「……ではどうするか聞いても?」


 割と頑固だな。自分の手で殺さないと気が済まないタイプか?


「そんなの土下座で詫び入れて舎弟になんのが筋だろうがァ!!」


「……え?」


「ケツ触られたくらいで死刑とか、俺の器が小さいみてぇだろうがよォ!!」


「あ、あの……触られた、のは……私で…………何でもないです」


 これは……うん、この子は思ってたよりも単純みたいだね。


「だってさ、勇者様が土下座で舎弟になるなら許してくれるってさ」


「い、いいのか?」


「さぁ? でも被害者である勇者様がそれで良いって言うのなら、私からはもう何も言えないさ」


 結局のところ勇者様の意思が全てだからね、それが女神様や人類全体への敵対とならない限り尊重される。


「す、すまなかった! この通りだ!」


「謝る相手が違ぇだろうが!」


「ケツ叩いてすいませんでした!」


「あ、はい」


 ふむ、何はともあれこれで一件落着かな? ちょっと冷や冷やしたけど、無事に終わって何よりだよ。


「ふんっ……音蔵、お前の新しい舎弟だ。ちゃんと面倒見ろよ」


「えっ、私の舎弟なの……和久井君のじゃ……」


「当たり前だろ、コイツらが詫び入れたのはお前なんだからよ」


「えっ、要らない……」


 あー、うん、確かに……まさかの判定ではあるし、私もてっきりケイタ様の舎弟になるものだとばかり思ってたけど被害者はシオリ様だったね。


「腹減ったな。おい、そこの何とかの剣! 美味いもん食わせろ!」


「コイツ自由過ぎるだろ……」


「あんまり学校には来ていなかったけれど、登校されててもそれはそれで私の負担が大きくなってそうね……」


 うん、確かに私もそう思うよ。


「ククク、いいよ、私が奢るから親睦会と行こうじゃないか」


「おっ、女みてぇな面して気が利くじゃねぇか」


「私は女だよ」


「……気が利くじゃねぇか女ァ!」


「ははっ! じゃあ行こうか」


 誤魔化し方が下手だけれど、私はこの子の事が既に気に入ったかも知れない。いやぁ、勇者様は面白いなぁ。

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