隻眼迷宮編.55.気付き
「気付きましたか?」
【あぁ】
迷宮組合員である証明書を提示し、ルツェルンへと足を踏み入れてすぐに――鏡を見ている様な感覚に陥る。
もう一人の自分というのも正確ではなく、思い通りにならない身体の一部と例えるのもまた少し違う。
ただただ、鏡に映った自分と目を合わせ続けているような奇妙な感覚が絶えず私を襲って来ています。
【どうやらこの都市は既に隻眼の手に落ちている様だな】
「しかしながら人々はその事に気付いておらず、今の領主も十数年前に代替わりしたばかり……つまり領地の支配権を握っている者はきちんと居るはず」
あれでしょうか、私達の
隻眼のダンジョンの支配下にあると知らないままに都市を建設してしまい、後からその存在に気付いたというパターン。
もしくは――
「【――領主がダンジョンマスター】」
奇しくも私とアークの見解が一致してしまった様ですね。
仮に隻眼がマスターを得ているとして、その正体は領主かそれに近しい人物である可能性が高いと。
「……私は嫌ですよ。また猿芝居をして偉い人に近付こうだなんて……そもそも本当にマスターかどうかも分かりませんし」
また勇者を騙ったとしても以前の様に上手くいく保証もありませんし、相手がダンジョンマスターだったとしたら勇者を騙った時点で本物かどうかは関係なく罠に嵌めようとするでしょう。
勇者以外で領主に近付ける身分を偽るとしても、私が過不足なく演じ切れるのなんて記憶を奪った旧トリノ貴族の方達のみです。
【別にしなくて良いだろ】
「……ですかね?」
【同化を始めれば嫌でも目の前に現れて来るさ……むしろ、領主なんて余計な事をしているせいで防衛に間に合わなかったりしてな】
どうでしょう、楽観視は良くないと思いますが……まぁ、嫌でも私達の目の前に現れるという部分は概ね同意です。
もし仮にこの街へと向かう道中で私達のダンジョンが同族に侵されている事を察知したのなら、何を置いてもまず帰還して防衛戦に加わるでしょうし。
【ま、とりあえずお前が嫌な事はしなくていいさ】
「そうですか――着いたみたいですね」
アークを会話しながら歩いていると、目当ての建物が見えて来ました。
魔術師の様なローブを着た隻眼の槍兵の首を掲げる武装した女性……恐らく生前のアークと、彼を討ち取った女神を簡単に表した絵図が描かれた看板が目印の迷宮組合です。
「そういえばアークはこの絵図を見てどう思います?」
【どう思うかと聞かれても生前の記憶はあんまねぇし……いや、ちょっとムカつくか?】
「あぁ、その程度なのですね」
本人が大して気にしていないのならいいかと、私もあまり意識しない様にして建物の中へと入っていく。
隻眼というネームバリューに、脳髄に続いての災厄迷宮の攻略なるかという煽り。
さらに千年前に脳髄を攻略した人物が英雄として歴史に残り、教会から報奨として領地まで与えられ、それが後に聖王国へと発展した事から成り上がり目当てに野心を燃やした方々が多い様ですね。
室内はギラついた目をした者が多く、その殆どが魂魄眼で視なくともそれなり以上の戦士だと分かります……まぁ、それなり止まりではありますが。
「おい嬢ちゃん、アンタみてぇな奴が来る所じゃねぇぞ」
とりあえず必要な情報は隻眼のダンジョンの把握されている全ての入り口と、攻略済みの内部の地図と出現するモンスターの種類ですかね。
それらを得る為に面倒ではありますが、さっさと受付に並びましょう。
「丸腰で何しに来たんだー? 俺らの慰安かー?」
「ギャハハハ!」
私があの騎士団長を嵌めた場所のような、玉座の間に通じている訳ではない偽物の入り口を隻眼も用意していると見るべきでしょう。
どれが当たりなのか分からないのがネックではありますが、同化の難易度である程度は距離の近さが測れる。
「お前ら無視されてんじゃねぇか!」
「うるせぇ! お前も無視すんじゃねぇ!」
そして私がアンデッドしか使役できない様に、隻眼やそのマスターにも相性がある筈です。
長年この都市の迷宮組合が蓄積したそれら情報を元に、対策を練る時間は恐らくあるでしょう。
「ははっ、彼女は攻略に本気ではない君たち偽物の事は眼中に無いそうだ」
「なんだと!?」
「俺達に喧嘩売ってんのか!?」
「この私が君たちのような雑魚を相手にする訳が無いだろう? 黙っていつもみたいに安酒を飲んでいるが良いさ」
別に情報が全く無くても同化に支障はありませんが、やはりある程度の情報を元に攻略を進め、出来る限り玉座の間へと近付く事は大事です。
「そういう事でそこの美しいレディ、どうかこの私――『白光の剣』であるレザーとお食事でもどうかな? 一緒にダンジョン攻略について語り合おうじゃないか」
どうしたって守る側よりも攻め込む側の方が不利なのは変わりませんからね。
にしてもこのルツェルンはトリノ伯国とまでは行かなくともそこそこ人口がある様に見えます。
「……んんっ! そこの黒髪の美しいレディ! 一緒に食事でもどうかな?」
何時からこの都市をダンジョンの支配下に置いているのかは分かりませんが、定期的に送られて来る侵入者を撃退する以外にもDPをかなり獲得している筈です。
私達の様に人間農場を運営している訳では無さそうですが、それでも不労収入はあるでしょう。
「お前も無視されてんじゃねぇか!」
「ギャハハハ!」
「黙れ! 彼女は考え事をしていただけだ! ……ふん、それを邪魔をするのも悪いな」
「アイツまだカッコつけてやがるぜ」
っと、考え事をしている間に私の順番が来ましたね。
「あの〜、お食事に誘われている様でしたが……」
「? それが何か? それよりも欲しい情報があるのですが――」
受付嬢の指摘を軽く受け流し、今欲しい情報をピックアップしていく……後ろがさらに騒がしくなりましたが、私がそれに関わらないといけない義理はありません。
「あ、はい、予め用意しておきました」
「? そうなのですか?」
「えぇ、勿論ですよ」
やはり隻眼のダンジョンを攻略しようと人が集まるだけあって、よく聞かれる情報は既に纏められているのでしょうか。
何はともあれ用意が良くて何よりです。
「ありがとうございます、それではこれで」
「お気を付けて! 期待しております!」
よく分かりませんが、新人に対する定型句みたいなものでしょう……軽く会釈するだけで終わらせて、さっさと宿を探しましょうかね。
「なぁ君、聞こえていたんだろう? どうだいこの後」
「……アイツすげぇな、まだ諦めてねぇ」
【なんだコイツ】
……まぁ、その前にこの鬱陶しい小蠅をどうにかするのが先ですかね。
「ほら! こっちで合ってたじゃんか!」
「……別にいいだろ、辿り着いたんだから」
「遅れた事が問題なんだよ!」
「もう二人共その辺で……すいません、ここでダンジョンに関する情報を纏めてくれてるって聞いて来たんですけど」
「? 先ほどお渡しされましたよ?」
「……はい? 私達はさっき辿り着いたばかりですけど」
「いえ確かに勇者様に情報をお渡しした筈です」
「……その人の特徴とか分かります?」
「皆様と同じ黒髪で、ローブの下に同じ制服を着用されていましたよ」
「あぁん?」
「……他の班が先に来たのかな?」
「合流してみる?」
「そうしようか」
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