隻眼迷宮編.54.イラつき
「……逃げられましたか」
あとほんの少しのところで首を断ち切る事が出来たと思うのですが、相手が転移で逃げる方が一瞬だけ早かった様です。
オマケにご丁寧にご自分の部下達まで連れて行くとは、お陰様で先程の攻防で使用したDPを補充できませんでしたね。
それにしても、彼はいったい幾つの魔眼を持っているのでしょうか。
「アークはあれらの魔眼がなんなのか分かりましたか?」
【全部知ってるが、どれもランクの低い魔眼だな……】
「そうなのですか?」
【あぁ、確かに複数持ちは非常に珍しくはあるが、あれぐらいなら居なくもない。ランクが低ければ人間の脳に掛かる負担も小さくなる】
ふむ、数千年を生きるアークが非常に珍しいと言うくらいですから、偶発的遭遇をしたあの方は本当に貴重な人材なのでしょうね。
技能経験とは違い、神々からの加護由来だったり生まれ付き得ていた能力はソウルオーブからは得られませんが、それでもそんな貴重な人物の魂がどのような味がするのかは非常に気になります。
あぁ、そうですね、今更ながらに彼を逃してしまった事を悔いています。
「食べたかった……」
【そろそろ切り替えろよ】
「ですが」
【縁があればまた会えんだろ、その時は切り札を使って逃げられねぇようにすれば良いさ】
「……仕方ありませんね」
確かにアークの言う通り、何時までも引き摺ってても良い事なんかありません。
それよりも次に遭遇した時は即座に切り札を使い、彼がまた転移で逃げられない様にする必要があります。
次は何処で遭遇するかは不明ですが、彼はこの洞窟の中からやって来ました……そして部下達から『お坊ちゃん』と呼ばれていました。
つまりはこの洞窟を進んだ先か、もしくはアウソニア方面に彼が帰る場所があるという事です。
……そう考えると割とご近所さんですね、次の再会も予想より早そうです。
「とりあえず先に進みますか、でないと崩落しそうです」
【派手に爆発されたからな】
試しに
「――見えて来ましたよ」
薮を掻き分け、森の外周へと出れば視界いっぱいに陽光を反射する湖が現れる。
山に囲まれたその湖の上に建てられた都市こそが、私達の目的地である『湖畔都市ルツェルン』です。
「ここまでありがとうございました」
『……ん』
森と湖の境界線ギリギリに降り立ち、先ほどまで背に乗っていた野生の大きな二本角が特徴的な動物にお礼を言って別れを告げる。
雄々しい見た目に反して穏やかな性格なのか、終始物静かな方でしたがそのお陰で快適な旅路でしたね。
【やっとかよ、退屈過ぎて死にそうだったわ】
「何を仰いますか、あれだけ私に地球の話をせがんでおいて退屈などと」
元々この誓約同盟は山岳や湖が入り乱れる土地柄というのもありますが、ルツェルンはその中でも国の中心部に近い場所にあるため辿り着くまでにかなりの時間を要しました。
その間アークは暇だからと目に付いた物の蘊蓄を語り出したり、そうかと思えば私の何気ない発言から地球の知識を聞き出してきたりと騒がしかったのです。
お陰で私の暇も紛れたのは事実ではありますが、半ばうんざりする程の質問攻めにあった側からすれば『退屈だった』と言われるのは信じられせん。
「もう教えてあげませんから」
【えっ、なんでだよ】
「退屈だったのでしょう?」
【…………あぁ! それで怒ってんのか!】
「は?」
【あっ、いやっ、その……すまん】
まさか自分の失言に気付いていないどころか、何が不味かったのかも分からないとは驚きですね。
【おーい】
「……」
【機嫌直してくれよ〜】
「……」
【俺様が悪かったからよ〜】
目的地を見失わないように湖に沿って道無き道を進み、森の切れ目から街道へと出る。
周囲を見渡し、人の気配が無いことを確認してから右折して遠目に見える街の門を目指して再び歩き出す。
【な、なぁ、まさかマジで怒ってる――】
「――ガリッ」
アークの問い掛けを遮るように、半ば八つ当たり気味に取り出したソウルオーブを噛み砕く。
【……すまんかった】
「……別に、少し揶揄っただけですよ」
魂の残りカスを噛み砕いて少し落ち着きましたし、そういう事にしておきましょう。
【本当か?】
「……今ちょっと生理中なのでイラつき易いようです」
【そんなもんか】
今自分が抱いている感情の出処を自覚すれば対処は容易いのですが、意識していないと自分でも気付かない内に人当たりが悪くなってしまうんですよね。
あんまりこういう、相手にどうする事もできない事で責めるのは好きではないのですが無意識な部分が大きいので仕方ないとも思います。
「えぇ、まぁ、だからといってアークの罪が消えた訳ではありませんが」
【だからすまんって】
「ま、なのでそういういつもの軽口は私の生理が終わってからにして下さいね」
【……人間って不便だなぁ】
まぁ、アークも本当に私の語りが退屈だったと思っての事ではないのでしょうし、いつもの軽口を言い合おうとしたのだろうと思います……というか、今そうだろうなと気付きました。
あれですね、早く街の中に入って宿でも取って休まないとダメですね。現役女子高生だった身での長旅がこれ程までに辛いとは思いませんでした。
幸いな事にDPは幾つか持ち出していましたので、必要な道具を創造する事ができましたが……野外で何度も生理を経験する事がこれほどストレスだとは想像できませんでしたね。
「人間が不便な事もそうですが、慣れの問題もあるでしょうね」
【やっぱ最初はもうちょっと近場のダンジョンにした方が良かったんじゃねぇか?】
「今さら言っても遅いですし、近場ではダメな理由は散々説明したでしょう?」
【まぁ、そうだがよ】
そうせざるを得なかったとはいえ、私達が国を落として大都市一つを丸ごとダンジョンにした事で周辺地域の緊張は高まる事は容易に想像できます。
そうなれば自分達に程近い別のダンジョンの動向が気になるでしょうし、大規模な攻略隊や調査隊が派遣されるかも知れません。
そんなところにのこのこと見掛けない顔――この周辺ではかなり珍しいらしい、完全な黒髪の女が現れれば警戒されるでしょう。
それ以前にダンジョン周辺が完全に閉鎖されている可能性だってあります。
「程度の差こそあれ、私達の本拠地周辺の小規模ダンジョンは攻略されるでしょうし、そうでないものも立ち入りが制限されるかも知れません」
【俺達がさらに力を付けない為か】
「えぇ、それに加えて逃げ場を無くす意図も含まれるでしょう」
他のダンジョンを吸収すれば、そのダンジョンが丸ごと私達の一部となる事は教会も知っている筈です。
であるならば、仮に私達のダンジョン都市を攻略しても吸収済みの周辺のダンジョンに逃げ込まれるかも知れないと考えるかも知れません。
それを防ぐ為には予め逃げ場を潰し、別の拠点を確保されない様に自分達の手の者以外の攻略を制限、あるいは監視する必要があります。
「だからこそ、あえて本拠地とは離れた地域のダンジョンを攻略する必要があるのです」
【相手が俺達の周辺をしらみ潰しにしている間に、その労力を無駄にしちまおうって訳だな】
「そういう事です」
これまでの旅の道中で寄った町で迷宮組合への加盟を済ませ、ついでに軽く情報を集めてみましたが……案の定、組合員であろうと一定以上の実績が無い者の立ち入りを禁止されたダンジョンが新しく追加されたらしい事が分かりました。
そしてそれがアウソニア地方に集中している事も同時に。
「誓約同盟は各国に対して中立政策を行っている様ですから、そういった意味でも狙い目なんですよ」
攻め込むには向かない立地で軍は精強、仮想敵国よりも優先すべき理由もなく、仮に敵対したとしたら相手にしなければならない国が一つ増える……そのため各国の誓約同盟に対する干渉は他と比べて緩やからしいのです。
まぁ、現代と違って使者のやり取りをするのも大変な地形ですから仕方ないのでしょうが。
その代わり隻眼のダンジョン攻略にかこつけて工作員や諜報員は大量に入り込んでいそうですけどね。
「なので無理をしててでも最初は隻眼しか有り得ないんですよ」
【そうか、辛くなったら言えよ】
「……アークに何か出来るんですか?」
基本的にダンジョン内でないと活動できないアークが、辛くなった私に出来る事って何かあるのでしょうか?
【……励まし?】
「……必要ありません。むしろイライラしそうです」
【そ、そうか】
生理で寝込む私の脳内で騒がしくするアークを想像して――思わず眉根が寄ってしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます