隻眼迷宮編.53.十三代目


「……遭難だと? 女一人でか?」


 いやおかしい……そんなのは有り得ない。コイツが迷宮組合の者や傭兵だというのであればまだ分かるが、見るからに目の前の少女は良家の出だろう。

 平民の女の髪にこんなに艶がある訳なければ、肌が日に焼けていないのも有り得ない。

 そんな女が護衛一人も連れずに登山? 遭難ではぐれたとしても、箱入りのお嬢様ならそのまま立ち往生するか勝手に考えなしに動いて凍死するのがオチだ。

 どう足掻いても良家のお嬢様が一人でここまで、かなりの標高があるこの洞窟まで目印もなく辿り着ける筈がない。


 ……つまりはこんな場所に女が一人で来れる時点で異常なんだ。


 アウソニア方面から来たという事は、僕の動きに気付いたいずれかの国が遣わした工作員か? 奴らにこの秘密の抜け道がバレていたとでも?

 まぁ、なんだ、いずれにせよ目の前のコイツが善良な一般市民である確率は限りなくゼロという訳だ。


「――死ね、嘘吐きめ」


 自らの眼球が熱を持ち、赤く光るのを自覚したのと同時に視界に入っていた女を爆破する。

 凍結していた地面に亀裂が走り、急激に上昇した気温と大きな衝撃に氷柱が幾本も地面に落下していく。

 少し加減を誤ればそのまま自らも生き埋めになる攻撃ではあるが、不意打ちで確実に殺すにはこれが最適解だ。


「バラバラになりながら斜面で擦りおろされてろ」


 爆発によって身体にダメージが入ったのは勿論だが、真の狙いはその衝撃波に吹き飛ばされて滑落させる事だ。

 運良く生き延びたとしても、この雪山で大量に出血すればそのうち凍死するだろう――


「――っ?!」


「ぎゃっ?!」


 魔眼の副次効果として上がった動体視力により、爆発の煙から飛来する薄く細い刃物を寸前で躱す――射線上に居た部下の一人に突き刺さるのも確認できた。


「……やっぱ普通の女じゃねぇなぁ?」


「か弱い婦女子を急に爆破するなんて、どうやら紳士ではないようですね」


 チッ、クソが……こんなところでリソースを浪費したくねぇんだよ。


「お前何処の国に所属してんだ、って……」


「私はただの旅人です」


「……そうだよな、言う訳がねぇよなぁ」


 相手が動く前に魔眼を切り替え・・・・・・・、女の周囲の空気を消失させる。


「――……」


 一瞬だけ驚いた表情を見せるも、その後すぐに抜剣して斬りかかって来るところは流石だな……やっぱ普通の一般市民じゃねぇなコイツ。


「何時まで無呼吸で動けるか見ものだな」


 短刀を取り出し、女が振るう薄い刃を弾く――洞窟内に金属の甲高い音が反響して煩いが、耳を塞ぐなどの隙は作れん……コイツ、見た目以上に腕力がある。

 上段からの振り下ろしを水平に構えた短刀で受け止め、即座に力を抜く事で刃先を滑らせ軌道を逸らす。

 斜め下に振り切られた刃を踏んづけ、地面と挟み込む事で手元に引き戻すのを妨害しつつ女の首を狙って短刀を振るう。


「……チッ」


 首を逸らしてコチラの斬撃を躱しながら、手首の返しで自らの武器をへし折って攻撃を続行してくるとは恐れ入る。

 あの戦闘に適さないのではないかと思う程の刃の薄さは、こういった小回りの良さに繋がるのか。


「まぁいい、いずれ窒息する運命に――アンデッド?!」


 召喚士か死霊術師だったのか!? どんどん湧いて出て来やがる!!


「あ、あー……ふぅ、やっと息が出来ますね」


 チッ、視界から外れたか……亡者の群れの後ろからいけ好かない女の声が響きやがる。

 アンデッド相手に窒息は意味がないし、後ろにはまだ生きた部下達が震えていやがる――切り替えるか。


「――沈め」


 グルンと音を立てるように回転した眼球には既に別の魔眼が宿っている。僕の視界に入った前方に底なし沼が出現し、アンデッドの群れを呑み込んでいく。

 予想通り沈んでいく自らの下僕を足場にコチラへと無表情で迫って来る女へと、片目だけさらに魔眼を切り替えて視界に映す。


「まるで魔眼のバーゲンセールですね――」


「――意味わかんねぇ事を言ってんじゃねぇクソ女」


 目の前で氷漬けになり、そのままゆっくりと沼へと沈んでいく女に警戒は解かない。


「か、勝った!」


「さすが坊ちゃんでさぁ!」


「いやもう、攻防が速すぎて何がなんだか……」


「うるせぇぞお前らぁ! まだ終わってねぇ!」


 僕が勝利したと勘違いした部下達に一喝し、そのままジリジリと距離を取る、が――内側から破裂するように氷が砕けて中から女が飛び出して来る。


「『――後ろの部下が危ないですよ』」


 その言葉をそっくりその・・・・・・まま信じ込み・・・・・・、意識が背後に逸れてしまう。

 そんな分かりやすく大きな隙をこの女が見逃す筈もなく、へし折られて刀身が届かない筈の刃で左肩から右脇腹までを斬られちまった。

 何をどうやったかは知らねぇが、僕が敵の言葉をそのまま鵜呑みにしちまうとはな……いや、後ろの部下が危ないってのも完全な嘘って訳でもないか。


「へっ、何をどうやったんだか……」


「少し、言葉足らずでしたね――部下の精神状態が危ないですよ」


「はっ! そりゃお前に怯えてんだよ」


 クソが、ふざけ倒しやがって……コイツ他人の認識を誘導する妙な能力を持ってやがんな。


「――やってられねぇ」


 何度も言うが、こんなところにリソースを割いてる余裕は無いんだよ。


「――死ね!」


 魔眼を切り替え、今度は生き埋めにするつもりで目の前の女を爆破してやる。

 視界には映らないが、それでも奴が生きている気配は感じ取れるな……そのままコチラへと特攻を仕掛けられる前に部下達の腰の紐を掴み、また別の魔眼を発動して転移で撤退――する寸前、すぐ目の前まで刃が迫っていた。






「――……危なかったな」


 あー、クソっ、斬られたところがめちゃくちゃ痛ぇ……咄嗟で転移先の座標設定もままならなくて、雪山の斜面に突き出た木にぶら下がっている有様だしよ。

 いくら突発的な遭遇で背後に部下達を庇っていたとはいえ、この僕にこれだけの手傷と屈辱を与えるとはな……あの女、今度会ったら絶対にぶち殺してやる。


「あ、あれ? ここは……」


「坊ちゃん、何をしたんで……?」


「転移で逃げた。魔眼が冷却されたらきちんと座標設定してからまた転移する」


「は、はぁ」


 それまで片腕で部下三人を吊り上げ続けなきゃけないのはクソダルいが、仕方がねぇ。

 戦闘には一切役に立たないどころか足でまといですらあるが、人間はどれだけ強くなったって一人で出来る事なんか限られてるからな。


「良いんですかい? 私達の為に坊ちゃんが敗走の屈辱を被って……」


「うるせぇ、本来の目的を忘れたか? 僕達の目的はダンジョンであって、こんなところでDPを消費する訳にはいかねぇんだよ」


 本拠地から持ち出せるリソースの量には限りがあんだから、それらを全て同族の攻略に充てたいと考えるのは当然の事だろうが。


「――なぁ、やっとお目当ての神核しんぞうが表に出たんだもんなぁ? 隻眼さんよォ」


 今までずっと黙って事の成り行きを静観していやがった脳内の住人に対して嫌味をぶちまける。


【ふっ、今の私はププラだと言っているだろう――十三代目のマスターよ】


「けっ!」


 お前の為にしたくもねぇ事をしたってのに、本当に可愛いくねぇ悪魔だな。

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