隻眼迷宮編.51.旅支度


「……できる事が増えて来ましたね」


 自らのステータスを確認しながらそっと呟く……ダンジョン外であっても、自分の影に収まる範囲ならモンスターや物資を転移させる事のできる《召喚》に、ダンジョン内でなくとも私自身が殺せればその場でDPを獲得できる《奪取》などはこれからの遠征において大いに活躍してくれそうです。

 一通り屋敷の蔵書を漁って得た知識や常識の中にこの世界の住民は自らが出来る事を相手にわかり易く伝える為に、役割ロールを名乗る事が多いというのが分かっていますし、この《召喚》の機能を利用して『召喚士』とでも名乗りましょうか。そのまんまですけど。


「そして何よりも――この《迷宮の種ダンジョン・シード》」


 一つ辺り10万DPという、何とも高額なこれはダンジョンの外で新たなダンジョンを創造する事が出来るという破格な効果を秘めています。

 本体のダンジョンの玉座と繋がっていなくても保有するDPが尽きるか、最深部に設定したフロアにある擬似心臓を破壊されるかしない限り維持できる優れ物で、ダンジョンとしての自分の分身を創る様なものですね。

 予め任意のDPを投入できますし、何なら最初から本体のDPを使って設定しておく事で現地で即座に罠やフロアが満載のダンジョンを出現させる事ができます。


「これで緊急時の立て篭り先も確保完了……後は怪しまれない程度に荷物を用意しますか」


 いくらダンジョンから自由に物を召喚できるとはいえ、何も荷物を持っていない旅人など怪しい事この上ないですし、仮にダンジョンとの繋がりを断てるような敵が現れた際に無力になってしまうのは避けたいです。

 なのでとても面倒ではありますが、きちんとこの世界で標準的な旅支度をしつつ、非常食兼エネルギー補給の為のソウルオーブも幾つか持って行きましょう。


【準備できたか?】


 背嚢に必要な物を詰め込み、さて後は何が足りないかと思案していると後ろから低く優しい声が掛かる。


「大方は終わりました」


【本当にもう出発するのか? まだ休んでていいんだぜ?】


「……お気遣いは嬉しいのですが、いつ女神が本腰を入れて来るのか分からないので早めに貴方を復活させておきたいんですよ」


 私も出来る事ならばこのままずっと引き篭っておきたいんですけどね……しかしそうやってグダグダしているうちに、敵に準備する時間を与えるのも馬鹿らしいと思うのです。

 なるべく早く、迅速に、相手が対応してくる前にコチラの準備を整えておかねば安心が出来ません。

 女神はもう勇者を召喚している。勇者の成長スピードが如何程なのかは分かりませんが、恐らく私達が全てのダンジョンを攻略する前に途中で立ちはだかって来るでしょう。

 その時に勝てるかどうかは分かりませんが、なるべく多くの部位を集めておく事は勝率を上げるのに大いに寄与すると思うのです。


【ルーン魔術も、心臓の権能もまだ扱いこなせてないだろ?】


「そうですね、私が描くルーン文字はアークのそれと違って拙いですし……権能に至ってはどれだけ無理をしても五十九秒が限界です」


 未だに書けずに失敗する事もありますし、私が描くそれは文字の効力を全て引き出せているもは言い難い。

 やっと解放された権能だって、使用できる時間は無理に無理を重ねてやっと約一分が限界という体たらくです。

 これではアークが心配するのも無理はありません……が、しかしそんな事は言ってられませんので、足りない部分は実践稽古と行こうじゃありませんか。


「アークの心配も分かりますが、これ以上は習うより慣れろというやつですよ」


【まぁ、お前がそう言うなら良いんだがよ】


「えぇ、後は実践で経験値を貯めていきましょう」


 とりあえず最低限の防衛機能は整えられましたし、ダンジョンの留守番は一号達に任せて私達はアークの身体を取り戻しに行きましょう。


【それで? 最初は何処を狙うんだ?】


 何時ぞやの巻き物を広げ、同族の現状が記されたそれを流し見しながらのアークの質問に簡潔に答える――


「――先ずは隻眼を落とします」


【はっ! いきなり優勝候補かよ】


 面白そうな声を出すアークには悪いですが、今のところ一番所在がハッキリしていて情報も集まっているダンジョンらしいですからね。


「ここから北にある山脈を超え、シュヴィーツ誓約同盟の領内に存在するこのダンジョンは迷宮組合がその入り口の周辺を管理している様です」


 隻眼のダンジョンというネームバリューから攻略にかなりのリソースが注がれている様で、現状で最も情報が集まっていて攻略のし易いダンジョンと言えるでしょう。

 その代わりこのダンジョンに侵入するには、先ずここを管理している迷宮組合に加盟する必要がありますが、元々そのつもりだったので構いません。


【なんで敵の組織に入るつもりだったんだ?】


「ダンジョンを攻略する、という一点に限れば相手も私も目的は同じです。つまり彼らが握っている情報は私達も有効に活用できるという事です」


【なるほどな】


 内部に入り込めれば同族の情報も集めやすく、尚且つ敵の次の動きを察知しやすい……仮に私達のダンジョンに対する大規模攻撃の予定を立てたとして、その情報はすぐに所属する組合員にも伝えられるでしょうから予めカウンターを用意する事ができる。

 これから様々なダンジョンを攻略する予定ですので、必然と数多の功績から内部での地位を獲得し、さらなる機密を得る立場になれるかも知れません……まぁ、これは取らぬ狸の皮算用とも言えますので期待はあまりしないでおきましょう。


【しっかし、隻眼の野郎がこんだけ有名になってたとはな……じゃあなんでアイツは俺達の事を隻眼だと勘違いしたんだ?】


「アイツ……あぁ、カシムの事ですか……何故でしょうね? 私が魔眼を持っていたからでしょうか? それとも半端に知識があっただけで、別にダンジョンに対する興味はあまり無かったとか」


【ちょっと記憶を覗いてみろよ】


「えぇ……まぁ、良いですけど」


 もう当人も死んで終わった事ですのに、変な事を気にするのが彼の悪い癖ですね。


「……どうやらダンジョン自体にはあまり興味が無かったようですね、剣術の上達と弟弟子への復讐が関心の大半を占めていたようです」


【じゃあ?】


「ダンジョンについて知れる立場には居ましたので一般人よりは知識を持っていましたが、真面目に調べようとは思っていなかったので何処に何があるかは知らなかった様ですね」


 たまたま自分の近くに魔眼を持ったダンジョンが現れたので、それを隻眼だと思い自分の物にしようとしたというところでしょうか。


「満足しましたか?」


【おう、ありがとな】


「その知りたがりは生前からの癖ですか?」


【……そうだなぁ、昔から知識欲が飛び抜けていたというか、気になる事や知らない事があると調べたくなる性格だった気がするなぁ】


「死んでも治らないのですから筋金入りですね」


【ガッハッハッ! そうとも言えるな!】


 何が可笑しいのかさっぱりですが、付き合わされるこっちの身にもなって欲しいですね……やはり変に渋らず、彼には定期的に地球の書物を与えておくべきでしょうか。

 ある程度の知識欲が満たされば、こうやって変な事に関心が向いて私に尋ねて来る事もなくなるでしょうし。


「さて、話している間に準備も終わりましたし、そろそろ出発しますよ」


【……なんか荷物が多くねぇか?】


「それは、まぁ……登山する事は確定ですし?」


 この世界が私が生まれた世界と双子であり、地形も地球のそれと酷似しているとなれば当たり前の武装です。

 相手はあの天然の要害であるアルプス山脈とほぼ同じようなものですよ。


「誓約同盟出身の四人の記憶があるとはいえ油断は禁物です」


【そうか、そんなもんか……俺様には自然の寒暖は分からねぇからな】


「それは初耳ですね」


【だって心臓だけだし、血潮や鎧筋を吸収すればまた変わるだろうよ】


「へぇ、そんなものですか」


 普通そうに見えて、実のところアークは色んな感覚が欠如しているようなものなのでしょうね……そう考えると変な事が気になって尋ねて来るのも、少しばかり仕方がない事なのかも知れません。


「……どうせ外では私に憑依する事になるのですから、人間の脆弱さを肌で感じ取りなさい」


【ククク、そうさせて貰うとするか……まぁ、俺様に肌は無いけどな】


「はいはい」


 とりあえずは、そうですね……雪山の中にダンジョン化できる土地があれば楽な旅程になるのですが、果たしてどうでしょう。

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