隻眼迷宮編.50.果実に魂


【また散らかしてんなぁ】


 ソファに寝そべり、古い羊皮紙の巻き物を読んでいると呆れたようなアークの声が降り注ぐ。

 チラッとだけ視線を向ければ、私が読み終わってはそのまま床に放置していた巻き物を破れないように端から巻き直していたところでした。

 そういえば、今読んでいる物でもう十三本目くらいでしたね。


【お、ちゃんとルーン文字の練習はしているようだな】


 何本か巻き直したのか、部屋中に散らばる書き取り練習に失敗した紙を束に纏めながら感心した様な声を出す彼にコチラからも話し掛ける。


「アークに聞きたい事があるのですが」


【ん? なんだ?】


 アークが巻き直した内の一つを手に取り、それをまた乱雑に広げていく。

 せっかく巻き直したのにという抗議の声を無視して、見て貰いたい一文をそっと指で指し示す。


「――貴方の脳髄、攻略されてるんですけど」


【あー……】


 この巻き物にはこの国が把握していた各ダンジョンの簡単な情報が記されており、未だに所在の分からない未発見の物から、数百年経って発見されたのか訂正が入っている物までありました。

 その中でも目を引くのが『攻略済み』という追加文が書かれている物で、ざっと見ただけで全部で二十三余りのダンジョンがこの数千年の間に攻略されている様です。

 これを多いと見るか、少ないと見るかは微妙ではありますが、中でもアークが言っていた優勝候補である脳髄までもが千年前に攻略されているのは驚きました。


「これ、大丈夫なんですか? 残りの全てを吸収しても脳みそだけ空っぽとかやめて下さいよ」


【んな事にはならねぇから大丈夫だよ】


 いやまぁ、現状でも普通に会話も出来ていますし、私にルーン魔術を教授できるくらいの知能はある様ですが……やはり脳髄と言うくらいですからね。

 神々と相対できる程の悪魔の頭脳ですから、これが有るのと無いのとでは大分違うでしょう。

 そもそも完全体の時に一度は敗北しているのですから、当時よりも強くなるのならまだしも能力に欠けた部分がある状態で再度女神とやらに喧嘩を売るのは論外です。


「本当ですか?」


【忘れたか? 俺様は神々すら滅ぼす事が出来なかったんだぜ?】


「……なるほど、封印されているのを奪取すれば良いと」


 封印されてしまえば何もできない様ですが、バラバラの状態でも滅ぼせないとなると……アークは本当に不死身な様ですね。

 であるならば、封印された部位の保管地域を特定しつつ奪いに行けば良い……攻略するのがダンジョンか、それとも都市になるのかの違いです。


【そういう事になる。封印されているのなら無抵抗で吸収できるだろうし、むしろ好都合じゃねぇか?】


「……どうでしょうね」


 同族のダンジョンか、それとも厳重な管理体制が敷かれているであろう人間達の警備……どちらの攻略が容易いのか、今の私では判断が出来ません。

 なんと言っても、他の同族がどのように動いているのかさっぱり分からないのがちょっと困るんですよね。

 サンプルが数千年経ってやっと動き出したと思ったら異世界から私を召喚して今までの貯蓄を使い果たす神核しんぞう――一応は優勝候補――しか居ませんので。


「他にも聞きたい事があるんですけど、何故この世界は地球と地形が酷似しているのですか?」


 拡げた巻き物を放置し、アークの『おい、せめて巻き直せ』という苦言を無視してまた別の羊皮紙を手に取っては両手で広げて見せる。


【ったく、散らかしやがって……それはこの世界とお前の世界が双子だからだよ】


「そうなのですか?」


【あぁ、そもそも全く繋がりがなけりゃ異世界間で交流なんて出来ねぇ】


 羊皮紙の束や巻き物、積み重ねられた書物を一人で勝手に整理し始めたアークに呆れた顔をしつつ更なる疑問をぶつけてみる。


「双子という割には人類の文明に差がある様に思えますね……それとも世界の成長には関係が無いのでしょうか」


【あん? そんなの俺様が派手に暴れたからに決まってんだろ】


「……」


【なんだよその目は】


 そうですか、アークが派手に暴れたせいでこの世界の文明は地球よりも著しく遅れている――いえ、後退してしまっているのですね。


【お前んとこの神もやらかしてんだぜ?】


「……と、言いますと?」


【人類の怠け具合にキレて洪水を起こしたり、人類の傲慢さにキレて自然に任せない形で言語をバラバラにしたり……こっちの世界の方が発展してた時代もあったくらいだ】


「……それは知りたくなかったですね」


 ノアの洪水やバベルの塔の事を言っているのでしょうが、まさかあれが実際に起きた歴史であり、コチラの世界の悪魔からは『地球の神のやらかし』と映っている事が何とも言えない気分にさせてくれますね。

 ですが、なるほど……こうして考えるとこの世界と地球は正しく双子である様です。皮肉っぽいですが。


【それよりもお前は何をこんなに散らかしてんだよ】


「色々調べてるんですよ」


【掃除する身にもなってみろ――ん?】


 勝手に身の回りの世話を始めておいて何を言っているのでしょうか、この悪魔は。


【この石はなんだ? 魔術の触媒か?】


「貨幣ですよ」


【ほーん、塩じゃねぇんだな】


「そうでした、この方は数千年引き篭ってたおじいちゃんなのでした」


【おう、敬えよ小娘】


 ふんぞり返って偉ぶるアークを鼻で嗤ってあしらい、そのまま気にせず机の上に種類別に硬貨を並べていく。


「これがアウソニア連邦で流通している貨幣で金本位制――」


 教会を示す太陽十字――正円を四分割するように重ねられた十字架――が彫られた表に、裏には現在の教皇の横顔が彫られた鉄貨を置く。


「コチラがガリア聖王国で流通している貨幣で銀本位制――」


 王冠の下に並ぶ十字架が彫られた表に、裏には初代聖王とされる男性の横顔が彫られた青銅貨を置く。


「これはエスタライヒ公国とゲルマニア帝国で流通している貨幣で金本位制――」


 帝冠を被った双頭の鷲が彫られた表に、裏には帝国の皇帝位を得た当時の大公の横顔が彫られた金貨を置く。


「そしてこれが今は滅んだ統一帝国で流通していた聖銀貨――」


 精悍な顔立ちの男性が彫られた表に、温和な女性の顔が彫られた表面が虹色に輝く銀貨を置く。


「連邦、聖王国、帝国の貨幣はそれぞれ現在の金と銀の相場に価値が左右されてしまいますが、聖銀貨だけは何時の時代も変わらぬ価値がある様で……この国の国庫にも一枚しかありませんでした」


【ふーん】


「興味が無さそうですね」


【俺様には必要ねぇしなぁ】


「まぁ、DPさえあれば必要な物資は手に入りますからね」


 何時でも何処でも、経済や流通を気にせずに欲しい物を即座に手に入れる事のできるダンジョンは改めて考えてみてもズルいですよね。

 それを創りだした悪魔が人間の貨幣に興味を示さないのも納得できます。


「しかし、これから人間勢力と争う事になるのですから、この世界の経済について今からでも少しずつ勉強した方が良いですよ」


【何でだ?】


「人間側のDPみたいな物ですから」


【……なるほどな】


「ご理解頂けたようで」


 こんな雑な説明で納得してくれたところを見るに、やはり脳髄が無くても頭の回転は悪くない様ですね……とすると、他のダンジョンの悪魔も普通に意思疎通が取れそうです。

 逆に脳髄のダンジョンがどのような思考回路をしているのか、ますます予想が付かなくなって来ましたね。


【俺様もお前に聞きたい事があんだけどよ】


「なんですか?」


【果樹園の方は上手くいってんのか?】


「その件ですか」


 そういえば後で一緒に説明を聞こうとして呼び出したまま、読書に夢中になって忘れていましたね。


「――一号」


『……ハ、イ』


 額にアンスールの文字を刻まれたスケルトンが、カタカタと骨を鳴らしながら壁際から歩いて来る。

 未だに熟達していない私によるルーン文字のせいでカタコトではありますが喋れる様になりましたし、ダンジョン内であれば随時魔力が供給されていくので一号自身が朽ちてしまう心配が無いのが便利です。


「果樹園の方はどうなっていますか?」


『は、ンブン、成功……トイッタ、トコロデショウカ』


 一号の拙い説明を要約すると、人樹木同士で受粉される事も、それで果実を実らせる事にも成功したとの事です。

 しかしそれは与えられたDPで無理やり成長させた様なもので、出来ない事はないと確認は取れただけでDPを与えなかった場合もきちんと子作りが出来るのか、通常の速度でどのくらいの時間が掛かるのかは確認が取れていないとの事でした。


『こ、レが……その、コドモ、デス……』


 渡された林檎のような、マンゴーの様な、何とも言えない不思議な果実を手に取り魔眼で観察してみますが――どうやら魂はきちんと宿っている様ですね。


「――最後の確認です」


 スマホを片手に、机に置いたその果実に向かってカッターナイフを振り下ろせば、魔眼の視界に絶叫を上げながら溶けていく赤ん坊の姿が映る。

 感覚的には分かりましたが、念の為スマホに表示させておいた資産状況を確認しましょう。


「……583ポイントですか、どうやらきちんと人の魂が宿っている様ですね」


 最低保証は1000ポイントだと勝手に思っていたのですが、産まれたばかりの赤ん坊だとこの程度なのですね。

 そして何よりも、果実として産まれておきながら魂はきちんと人間の物を所持しているのが分かりました。


「後はDPの助けなく、自然と産まれるかの確認が取れれば成功でしょうね……もしそれも成功したなら、その果実から新しい人樹木に成長するかも試しなさい」


『リョ、ウカイ、シマシタ……』


 まぁ、新しい世代を産み出さなくとも最低でも数十年は今の樹木が垂れ流す少量のDPのみでも十分ですが……今の内から試しておきましょう。


「とまぁ、今はこんな感じですね」


【お前って本当に容赦がねぇよな】


「? 悪魔が何を言っているんですか?」


【それもそうか】


 アークも結果に満足している事ですし、このまま上手くいくと良いと……そう考えながらふと思う。


「先ほどの果実にアンスールの文字を――」


【やめとけ】

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