隻眼迷宮編.49.ルーン魔術


【――俺は人間だ】


「? そうですね?」


 空中に文字を書き出したアークが、唐突にそんな当たり前の事実を口にする。

 魔術を教えてくれるというから期待していましたのに、何故このタイミングでそんな周知の事を改めて言い出したのでしょうか。


「アークが人間なのは知って――……あれ?」


 待って下さい。アークは人間ではありません、悪魔です……何故私は彼の虚言を真実だと思い込んでしまったのでしょうか。


【これがこの文字の効果だ】


「詳しく」


【この文字は“交流”を意味するルーンであり、動植物との会話、情報の収集、勉学や知識、そして相手を信頼させる効果がある】


「……つまり、私は魔術によってアークのバレバレな嘘を信じ込んでしまったと?」


 たった文字一つで? それは何と言いますか、とんでもない効果を持っていますね。

 あまり攻撃的な文字ではありませんが、汎用性と利便性が高すぎて少し反則じみた力です。


【まぁ、空中に刻んだだけで文字の効果は直ぐに消えちまったし、ちょっと考えればすぐにバレる嘘にもあんまり効果が無い。そして嘘がバレればその相手には二度と嘘や誤魔化しは通用しない】


「……なるほど、ではアークは二度と私に嘘を吐けなくなったのですね」


【そうなるな】


 にしても二度と嘘や誤魔化しが通用しなくなるというのはかなりのリスクですね……使用する際には嘘を簡単には見破れないにする念入りな準備が必要でしょうし、使用自体もここぞという場面に限定した方が良さそうです。

 私がまた人間社会に紛れるとなった際に、あるいは戦闘中の駆け引きで、相手にブラフを使えなくなるのは少しばかり面倒ですからね。


【ま、基本的な使い方は嘘を信じ込ませるのではなくて、情報収集や相手から信頼を得るという部分だがな】


「交流の文字というくらいですしね」


 他者との交流の中に嘘も含まれるというだけであって、それ自体がこの文字の本質という訳でもないのでしょう。

 話振りから察するに、その辺の小動物や草木と会話を行ったり、自分が知り得ない情報のやり取りをするのに使用するのだと思われます。

 後は初対面の相手に信用され易くなるという、破格の効果でしょうか……これだけでもかなり有用な文字だと思いますね。


「その文字はどうやって使うのですか?」


【文字だからな、刻まないと意味がねぇ】


 そう言ったアークはそこら辺に雑に積み上げれていた瓦礫を一つ手に取り、それにアンスールの文字を刻んでいく。


「――ぉわ」


 するとその石から雑然とした記憶が流れ込んで来ました――文字を刻まれる直前から瓦礫となる瞬間、打ち壊される前、壁として兵士達の日常を眺めていた時などが伝わり……そして途中で途切れてしまう。

 アークの手の中を見れば力を使い果たしたのか、文字は霞んでは消え、石自体もまるで霧のように砂塵となって朽ちてしまいました。


【……ま、ただの石じゃこのくらいが限界か】


「今のは……」


【石の記憶を読み取ったんだよ、さっきのは死骸だったから記憶しか読み取れなかったとも言える】


「死骸?」


【あぁ、例えば今も生きているこの屋敷に刻めば会話が出来んぜ? まぁ、会話しても俺様やお前に対する憎悪しか吐き出さねぇだろうが】


 その説明を受けて反射的に周囲を振り返り、自分が今居るこの場の壁や天井を見渡していきますが……特に変わった様子はありません。

 こんな普通の壁や天井が、私達に対して憎悪しているなどと言われてもあまりピンと来ませんが、なんだか少しばかり落ち着きませんね。


【ダッハッハッハッ! 気にすんな気にすんな、どうせ何も出来やしねぇって!】


「まぁ、そうでしょうけど……」


 相手は無機物ですし、例え自我や感情があったとしても何か出来る訳でもありませんか。


【話を戻すが、こうやって本来は言葉を持ち得ないモノに刻む事で相手に対話の手段を与えたり、記憶を読み取る事ができる】


 対話は上手くやれば効率よく欲しい情報を聞き出せますが、相手がコチラに友好的である事が大前提となりそうですね。

 記憶の読み取りはそういった対話を省いて無理やり情報を得られますが、コチラから欲しい物を指定できる訳でもなく、文字が刻まれたモノの耐久が無くなれば途中であろうと強制終了されてしまうと。


【ま、相手に刻むのは相手の耐久力に依存するところがあるからな、予め文字を刻んでおいた触媒を消費するのが良いだろう】


「触媒ですか?」


【あぁ、ぶっちゃけ先ほどの様な石ころでも構わないんだが、触媒は質が高いほどに効力も使用回数も増えていく】


「なるほど、持ち運びを考えるのであれば妥協はしない方が良さそうですね」


 石でも構わないとは言っていましたが、先ほどのすぐに朽ちてしまった様子を考慮するにあまり意味は無いでしょう。

 使用してすぐに効力を無くすだけではなく、持ち運ぼうと思ったら膨大な量になりそうです。

 それならば割り切って高価な物を触媒とした方が効率も携帯性も良くなる、というのは理解が容易いですね。


「文字の刻み方はどうするのですか?」


【指先に魔力を集めて刻むんだが……そうだな、熱した鉄の棒で焼き付ける感じだな】


「なるほど」


 積み上げられた瓦礫を一つ手に取り、自分でも試してみる……魔術は使えなくとも、魔力操作や感知などはソウルオーブから技術経験を得ているので出来るとは思うのですが。


「……難しいですね」


 線を描いた先から定着せず、そのまま蒸発する様に消えてしまいます。


【筆圧が弱いな……あぁ、今度は強過ぎだ、石が耐え切れずに割れちまった】


「……ふむ、爪も剥がれましたね」


 筆圧が弱いと言われましたので、込める魔力の量を多くてしてみたのですが……石は割れて使い物にならなくなり、私の人差し指の爪も縦に裂傷が入って剥がれてしまいました。


【地面に文字を書こうとして、力み過ぎて木の枝を折っちまったみてぇなもんだ】


「先ほどから例えが上手いですね、私の他に誰かへと教えた経験がおありで?」


 あの、私の夢に……アークの過去に出て来た女性の顔が脳裏を過ぎっては少しばかり不快な気分になってしまう。


【は? いや、お前以外に教えた記憶は無いが?】


「……そうですか、そういう事にしておきましょう」


 アークが覚えていない、というのであればそれで良いです。以前にアークが私の過去を覗き込んでしまった時も、私も同じ夢を見ていた訳ではありませんでしたし。


【なんだ? 失敗したからっていじけてんのか?】


「違います」


【可愛いとこがあんじゃねぇか】


「だから違うと……もうそれで良いので、続きをお願いします」


【ったく、俺様のマスターは仕方ねぇなぁ】


「……」


 あぁ、この意地悪い顔でニヤつく悪魔が鬱陶しい――

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