隻眼迷宮編.48.躍る夢その2


 ――あぁ、これは夢ですね。


【――】


 何故そうだと思ったのかは分かりませんが、何となく目の前にユラユラと立つ男性が生前のアークなのだと理解しました。

 男性である事以外は分からず、薄ぼんやりとしたモザイクの様な……認識できないというよりは、認識してはすぐにその印象を忘れてしまうと言った方がより正確ですかね。

 なので顔も、どんな姿形をしていて、どのくらいの背丈なのかも私にはよく分かりません。


『■■■■■様はいつも何をしているの?』


【――、――】


『へぇ』


 夢の中の私は、私とは違う女性の姿と声でアークに話し掛けている様でした。

 これは一種の憑依なのでしょうか? まぁ、夢の中で全くの別人になってしまうのはそこまで珍しくもありませんが、今の自分が別人だと認識しておきながら、自分の口から別人の言葉が発せられる感覚は奇妙ではありますね。

 そして姿だけでなく、アークの声まで私には聞こえず、理解が出来ないのが少しばかり残念です。


『それって詰まらなくない?』


【――】


『私が居るだろって? ……神様も女の人を口説くんだね』


【――、――】


『冗談だから、慌てないで』


 一体彼は、アークではない彼は……なんと言っているのでしょうか。

 私が憑依しているこの女性と親密な関係である事は何となく理解できましたが、把握できるのはそれだけです。

 そもそもこの女性は誰なのか、彼とどうやって知り合って仲良くなったのか、ここはそもそも何処なのか……そういった事がさっぱり分かりませんでした。


『それよりもさ、今日も魔術を教えてよ』


【――】


『えぇ〜? 面倒くさいの〜? ……いいじゃん、どうせいつも一人で暇そうにしてるじゃん』


【――、――】


『お前が来るから暇じゃない、って……アハハ、確かにそうだね。でも■■■■■様の祠を掃除してあげるのなんて私くらいだよ?』


【――】


『ね? だからね? たった一人の信者のお願いを聞いて下さい神様』


 女性に請われ、渋々といった様子で彼は空中に指で文字を書き出す――






「――私にも魔術を教えて下さいよ」


 夢から醒め、ゆっくりと瞼を開きながら不満をたっぷりと込めた一言を漏らす。


【寝起きの第一声がそれかよ】


 声が降ってきた方へと視線をやれば、そこには私の枕元で肘を着き、涅槃の体勢でコチラを覗き込んでいるアークが居ました。

 相変わらずラピスラズリのように青く燃え上がるその腕で触れておきながら、なぜシーツなどに燃え移らないのかが不思議ですね。

 まぁ、そんな事よりもそんな場所で何をしているのかが問題ですが。


「……もしかして、ずっと私の寝顔を眺めてました?」


【? それがどうかしたか?】


「暇なんですか?」


【それ以外にやる事ねぇしな。お前が起きてないと本も交換できねぇ】


 ……もしかしたら、夢の中の彼もずっと空でも眺めていたのかも知れませんね。


【それよりも顔洗えよ、いつもしてんだろ】


「どうも」


 ベッドから起き上がった私へと、アークが手渡してくれたタオルを持って洗面台の前へと行く。


【それで? 魔術がなんだって?】


「……あぁ、そろそろ私にも教えてくれても良いのではありませんか?」


 軽く歯を磨き、DPで出したヘアバンドで前髪などを後ろに撫で付けてから石鹸と水で顔をよく洗い、タオルで拭き取る。


【あー、まぁ……そろそろ良いか?】


「使えない訳ではないのでしょう?」


 ヘアバンドを洗面台の横の棚に置き直し、首元のボタンを外して寝巻き代わりのゆったりとしたワンピースを脱ぎ捨てる。

 私が脱ぎ捨てていくワンピースや下着を回収しては洗濯係のスケルトンに渡していくアークに、自分でもよく分からないモヤモヤを抱えたまま要望を伝えていく。


「何故か魔術だけはソウルオーブから技術経験として得られず、アンデッド達に下賜するしかありませんでした」


【そういやそうだったな】


 DPで新しく、明らかに地球産だと思われる新品の下着を創造しては着用していき――おや、サイズは変えていないのですが。


「でもアークは使えない事はない、って言ってましたよね」


【そうだな】


 メジャーを新しく創造しては自らの身体のサイズを雑に測り直し、その合った物に先ほど生み出した物を改造して今度こそ着用していく。

 あれですかね、地球に居た頃よりも栄養たっぷりの食事をお腹が満たされるまで摂る事が出来た影響でしょうか。


「なのでアークの魔術を教えて下さい」


【そうだな、ついでに権能も並行して教えてやるよ】


 後ろからアークが広げてくれた制服に袖を通し、持って来てくれたスカートを履く。

 適当に創造した髪留めで、動き易いようにポニーテールに纏めて準備は完了です。


【そういや、ダンジョンの改装はどうすんだ?】


「さすがに大きいですからね、少しずつやっていきますよ」


 未だ手付かずのまま残っている領主の屋敷を、誰の気配もしない静かな通路を歩き錬兵場まで歩きながら何でもない会話を続ける。

 このダンジョンとなった都市全体の改装ですが、さすがに広過ぎて全てに手が回るにはそこそこの時間が掛かりそうです。

 ですので優先順位を設定し、防衛上絶対に必要な部分の改装が終われば後は出来る時にやっていくという形を取りませんと、いつまで経っても他のダンジョンを攻略しに行けません。

 ある程度のDPも貯蓄しておきたいですし、人間農場が軌道に乗って安定収入と化すまで派手に使うのも憚られます。


「ですのでゆっくりやって行きますよ、どうせまだ必要な情報も集め切れてませんし」


 図書室や禁書庫を漁ってこの世界を渡り歩いていくのに必要な情報も集めないといけませんし、どの道は暫くダンジョンに引き篭ることになりそうですね。


「……はぁ、ぶっちゃけ外に出たくありませんね」


【なんでだよ】


「人と沢山関わって疲れました」


【そういや、地球ではお前の事をコミュ障って言うんだっけか……】


「また変な言葉を覚えて……せめて人間不信と言って下さいよ」


 地球産まれの私の影響か、どうやらDPで創造できる物に地球産の物が含まれている様で……それ自体は便利で良いのですが、そのせいでアークが地球の知識に興味を持ってしまって色んな本と交換しているらしいんですよね。

 十万人を殺し、十万人から搾取を開始し始めた現状でDPに余裕があり、本自体もそれほど高価ではないとはいえ無駄遣いと変な言葉を覚えるのだけは辞めて貰いたいものです。


「それよりも錬兵場に着きましたよ、早く魔術を教えて下さいよ」


 アンデッド達に掃除を命じたばかりではありますが、未だにところどころに血痕や焼け跡の残るその場所でアークへと振り返りながらそう告げる。


【これから教えるのは俺様オリジナルの魔術であり、あのクソ女神の野郎にも使えない。非常に扱いの難しい魔術だが……まぁ、お前なら大丈夫だろう】


 それを受けてアークは、何処か真面目な雰囲気を漂わせながら指を一本だけ立てて見せる。


【これは、その中でも神核しんぞうが保有する文字だ】


 空中に一つの文字を書き出すアークが、夢の中の彼と重なって見える――


【――アンスール

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