舞台裏.47.悪魔の視線


「――な、なんだ?!」


 突然の出来事にもう頭はパニック寸前というか、パニクっていた。

 突然知らない女性の声が脳内に響いたと思ったら教室中が目を開けていられない程の眩しい光に包まれ、それな収まったら今度は知らない大広間に立っていたのだから。

 何かを考えての行動じゃなく、反射的に状況を確認しようと見渡した周囲では同じく混乱していたり呆然としているクラスメイト達が視界に入った。

 いつもと変わらない、あるいは冷静に構えているのは有名人三人と担任だけだ。


「何なんだここはァ!! ……おいニャン吉、俺から離れるんじゃねぇ!!」


「ニャー」


 焦るな、冷静になれ……そう、自分に言い聞かせているとガラの悪い叫び声が聞こてくる。

 声の主はいつも学校をサボっている筈の和久井わくい啓太けいた――まぁ、所謂ヤンキーが居た。

 松井と稲田先生が言い争ってた時にもクラスには来ていなかった筈なので、彼までここに居る理由が分からない……クラスの中に居る人間だけが呼ばれた訳じゃないのか? てかアイツはなんで猫を抱えてるんだよ。


「ようこそ、勇者の皆さん――どうか私の話を聞いて下さいませんか?」


 やっと少しばかりの冷静さを取り戻し、この場が王城や宮殿と呼んでも差し支えない場所だと気付いたところで、今のこの異常事態が起きる直前に脳内に響き渡ったのと同じ女性の声が俺たちに降り掛かる。

 声が聞こえた方へと顔を向ければ、そこには多数の剣や鎧で武装された兵士を引き連れたドレス姿の少女が居た。


「全員下がれ」


 冷静に発せられた稲田先生の声に反射的に従い、俺を含めて殆どの生徒が彼の後ろへと退避していく。

 当然と言えば当然だ。この異常事態にいきなり現れた相手は多数の武装した大人なのだから。

 俺達の中でマトモに抵抗できる人物なんて、古武術を修めている稲田先生くらいで……それでも相手の武器が銃火器ではないとはいえ、この人数差では先生でもクラスメイト全員を守り切れるとは思えない。


「安心して下さい。私達にあなた方を害する意思はありません」


「そうは言うがな、我々は突然見知らぬ地へ連れて来られ、武装した集団と相対しているという事実は変わらん」


「ですが」


「なのでそれ以上は近付かず、その場で状況の説明を願いたい」


「……分かりました」


 す、すげぇ、いつもは怖くて恐ろしいだけだと思っていた稲田先生が頼もしい……これが大人の対応というものなのか。

 にしてもあからさまに警戒されているというのに、向こうに居る少女はあまり気落ちした様子がない。俺たちの対応は予想していたという事だろうか。


「先ずは自己紹介から――私はガリア聖王国第十八代目聖王シャルル三世が長女、セレスティーヌ・カロルス・カロリングと申します。どうかセレスとお呼び下さい」


 ……は? ガリア聖王国の聖王の長女って事は王女様?!


「ここは皆様が居た世界ではありません。皆様は女神様のお力により、私の下へと召喚されたのです」


 まだ説明が始まったばかりではあるが、ここに来て大半のクラスメイトが騒ぎ出す。

 それも仕方のない事で、目の前の自称王女様から伝えられる情報はどれも現実味が無いからだ。


「――静かに」


 が、稲田先生の注意で一応はまた平静を取り戻す。それも長くはもたないだろうが。


「……いきなりここが異世界だと伝えられても信じられないでしょうが、事実です。この世界と、勇者様の世界は双子の関係にあります」


 何はともあれ情報が必要だ。それが未だ信用ならない相手から齎される物だとしても、その相手の思惑を読み取る事にも利用できる。


「……かつて、この世界に最悪の悪魔が存在していました」


 そんな切り口から語られたのはこの世界に於ける神話だった。


「その悪魔が『痛みを』という言葉を人々に投げ掛け、苦痛が生まれました」


「その悪魔が『暗闇を』という言葉を人々に投げ掛け、闇夜が生まれました」


「その悪魔が『災いを』という言葉を人々に投げ掛け、災害が生まれました」


「その悪魔が『騒乱を』という言葉を人々に投げ掛け、狂気が生まれました」


「その悪魔が『終幕を』という言葉を人々に投げ掛け、死が生まれました」


「女神様と共にこの世界を見守って来た眷属神も、その悪魔によって弑逆しいぎゃくされていきました」


「そんな強大な悪魔を、女神様は双子の世界から召喚した当時の勇者様と強力して見事打ち倒す事が出来ましたが、その悪魔を完全に滅ぼす事は出来ませんでした」


「悪魔は敗北する寸前に自らの身体を百と八つに分け、それらをダンジョンとする事でいずれ復活できる布石を打ったのです」


「後に残ったのは神魔大戦の大きな影響で、双子の片割れである勇者様の世界よりも退化したこの世界だけでした」


「そんな、恐ろしく強大な悪魔が復活の前兆を見せているのです!」


「どうか、どうか! 勇者様達には私達を、私達の世界を救って貰いたいのです!」


 つまりは、もしかして俺達は創作物の中でしか有り得なかった様な出来事に直面しているという事なのか?

 いや、でも……それでも伝説の悪魔を倒す為に召喚されましたと言われても無理がある。信じる信じられない以前に、そんな大それた事を戦う術を持たない俺達ができる訳がない。


「いやいや無理だし、あーしらただの学生だし……そもそも他国どころか異世界の住民を拉致ってやべぇ奴と戦わせようって正気?」


 うわっ、こんな時でもズケズケ言うのかよ……いや実際にはその通りだけど。

 クラスの一軍女子とも言える派手な髪色と格好をした大城おおしろ真衣香まいかが、苛立ちを隠そうともせずに王女様へと食ってかかる。


「はんっ! 大城の言う通りだな……自分達の喧嘩ぐれぇ、自分達で買いやがれ!」


 それに続くように、額に青筋を浮かべた和久井も吼える。


「待て待て君たち! 気持ちは分かるが、そんな喧嘩腰になるべきではない!」


「あぁん? 松井ぃ? あーしになんか文句あるわけ?」


「おいゴラァ! 俺になんか文句あっか?!」


「だいたいアンタの正義感も今は関係ないでしょ」


「そうではなく、今ここで文句を言ったところで俺達の生殺与奪権は今も向こうが握っているんだぞ! 少しは考えて行動してくれ!」


 松井にそう言われてようやく気付く――あれ、これってヤバくね? 確かに俺達に戦う意思も能力もないが、急に異世界から集団を引っ張り出せるような奴らに逆らっても良いのか?

 元の世界に帰るには、異世界間でのやり取りを知っている向こうの手助けは必要不可欠で……しかも今も武装した大人に囲われている現状に変わりはない。


「下手したらクラスの皆が切り殺されるんだぞ」


「……それは、そうだけど」


「……けっ! 北の将軍様よりタチ悪いじゃねぇか」


 どんな時も公正明大で、きちんと状況把握が出来るからこそ松井はクラスの中心人物になれたんだもんな。ちょっと見直したぜ。


「ふっ! 私は別に協力しても構わない……何故なら! ヒーローとは困った人を見捨てないからだ!」


 そんで高野は本当にブレねぇな、下手したら自分も殺されるかも知れないんだぞ。


「松井の言う通り、今この場で我々の選択肢は無いと言っても良い。向こうはこれ見よがしに武装した者たちで包囲しているのだから……ならば私は君達の安全管理を保護者から委任されている責任ある大人として、彼らの要求に全面的に応えるべきだと思う」


「先生」


 うっ、確かにそれしか手は無いのかも知れない。


「えっと、あの……そんなつもりは……彼らは私の護衛でして……いつもこんな感じでして……あの……」


 王女様が動揺した様に小さな声で何かを言っている気がするが、でも考え様によってはアリかもしれない。


「……その伝説の悪魔と対抗できるくらいの戦力になれば良いのか」


「おや、桜庭くんは気付いた様だね」


「! ……石神、驚かすな」


「ごめんね」


 急に背後から話し掛けて来るんじゃねぇよ、ビックリして漏らすところだったぞ。


「みんな、桜庭くんと先生の言う通り、今は彼らの言う通りにした方が良い」


「あぁん?? おい、石神コラ、舐めた事を言ってんじゃねぇぞ」


「背が低いとせっかちになるのかな? 最後まで聞いてくれよ」


「……っ!! ……! …………ッ!!!!」


 わっ、ヤバい、和久井が今にもブチ切れそうだ……けれどもここで何か反発したら石神の言う通りせっかちになるからギリギリ我慢しているんだろう。


「彼女は僕達を伝説の悪魔と対抗する為に召喚したと言っていただろう? つまりは僕達には戦える力がある、あるいはこれから力を得るんだろう」


「……はっ! なるほどな」


「おや、せっかちで背が低い割に頭の回転は早いようだ」


「わかったぞ、おめェ俺と喧嘩がしてぇんだな」


「冗談だよ。……話を戻すとだね、つまりは悪魔と対抗できるくらい僕達が強くなれば自然と彼女を脅し返す事ができるのさ」


 石神と和久井のじゃれ合いは置いておいて、つまりはそういう事だ。

 伝説の悪魔と対抗できる程の戦力となった俺達の要求を、果たして聖王国とやらは無視できるのだろうか?


「それにほら、多分だけど悪魔を倒した後で悪魔を倒せる程の異世界人をそのまま自国に置いておくのは怖いと思うし……普通に帰してくれると思うよ? もしくは暗殺かな?」


「そ、そんな事はしません! 勇者様を暗殺などと……」


「ごめんごめん。でも僕達の警戒心は理解してくれたかな?」


「……はい、それはもう。異世界から呼び出し、大変な難事を頼む立場でありながら配慮が足りませんでした。これから勇者様とお会いする時は丸腰で、護衛も引き連れないとお約束しましょう」


「ひ、姫様?!」


「良いのです。それが私に出来るせめてもの誠意です……勇者様達にも、絶対に不自由な暮らしはさせないと誓います」


 おぉ、これが石神の交渉術……わざと『懐に抱えた爆弾になるよ?』と話してみせる事で、相手が俺達の好感度を稼ぐように仕向けたのか。

 いや分かっててもやらねぇだろ、コイツの肝の太さどうなってんだ。


「勝手に交渉を始めた石神に説教をしたいところだが、今回は許そう」


「ありがとうございます」


 まぁ、得られた成果はそこそこ大きいからね……稲田先生も強くは言えなかったみたいだな。


「にしても……桜庭くんって意外と状況把握が上手いんだね」


「……」


 鬱陶しいから馴れ馴れしく肩を組むな。俺は何を考えてるのか分からないお前が苦手なんだよ。


「……さて、セレス王女」


「なんでしょう?」


「早速で悪いが証拠を用意できるだろうか?」


「証拠、ですか?」


「あぁ、本当にそんな悪魔が居るのかというな……実際は他国との戦争に使う為に召喚されました、では話にならない」


 うん、それは俺も一番不安視していた部分だ。悪魔だの神魔大戦だのはコチラを丸め込む為の嘘で、実際はただの人間同士の争いである可能性だってある。

 敵国やその国民を悪魔呼ばわりするのなんて、地球でも散々やってきた歴史があるしな。


「……なるほど、分かりました」


「……あるのか?」


「えぇ、元々勇者の皆様にお見せしようと用意していたモノがあります――連れて来なさい・・・・・・・


 そう、王女様に命じられた兵士達が広間を出て行ったと思ったら直ぐに何かを乗せた台車を運んで来る。


「『……』」


 布を被され、隠れてはいる……けれど、何故だかは分からないが、その隠された何者かがなんであるかは直感的に理解した。そして恐怖した。


「これが――」


 王女様自らが、震える自身の手で布を外していく――


「――千年前に攻略された【脳髄のうずい悪魔ダンジョン】です」


 成人男性よりも大きな瓶に入れられ、厳重な封をされたそれ……紅い葉脈が走った漆黒の頭蓋骨という名の杯に納められた、ラピスラズリのように青く燃え上がる大脳。

 頭蓋からはみ出て、下へと長く伸びる脳幹は泡のように膨れたり弾けて消えたりを繰り返しながら、細長い人型を取っている。


【……】


 そんな、生きている異形が……いや、悪魔が俺の方をジっと見詰めていた。

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