領地簒奪編.45.ご馳走様


 ――今すぐ頬張りたい。


「助けてくれぇ!!」

「領主は何をしてるんだッ!?」

「神よ! 我らを救い給え!」


 けれど、この量を一人で摘んでいくのは現実的ではない……少なくとも生身の身体で行うのも、アンデッド達に命じるのも時間が掛かる。

 そんなの煩わしい。私は今すぐ、お行儀悪く口いっぱいに頬張って貪るように食事がしたいのです。

 まるで誘うように、捕食者の目の前で様々な美味しそうな匂い恐怖や絶望の感情を漂わせている彼ら彼女らを前にして、お上品に貧乏臭くチマチマと食べるのは我慢ならない。


「満たせ――」


 ――だからこそ、私は一旦この街を沈める事にしました。


 今この都市は四方をダンジョンにより強化された壁に囲まれ、脱出経路は限られています。

 ですので私は地下から汲み上げた水を、地下水脈の膨大な水量を全て街の中に流し込んでいく。

 井戸や噴水から逆流するように、下水道や排水溝から、もしくは地面から染み出して来るように……壁の内側にも水の通り道を造り、上からも排水していきます。


「な、何が起きて――?!」


 火災の次は水害が起き、人々の混乱に拍車が掛かっていく。そうして街全体が機能していない間に、街の中に在りながら私の支配下にない土地を制圧していく。

 各国の大使館、迷宮組合事務所、各個人や組織の私有地にカシムや傭兵四人組をリーダーとしたアンデッドの部隊を派遣し、その場に居た者たちを虐殺しては支配下に置く。

 なるほど、領主が貸し与えていただけの土地なのでそれを剥ぎ取る事は容易なのですね。


「あの女だ! 殺せ!」


 あぁ、食事の準備中であるというのに無粋な方々ですね……彼らは恐らくですが、生き残りの兵士や襲撃から逃れた迷宮組合の方々でしょうか?

 どうやら私がこの騒動の元凶であるとアタリをつけて、ここまで駆け付けた様です。ご苦労な事ですね。

 堂々と謁見の間の椅子に座る私に向かって、敵意や殺意を隠そうともせずに武器を向けています。


「アーク」


 私の呼び掛けに、心臓の悪魔が応えてその姿を衆目に晒す。


「こ、これが……」


 私のすぐ背後に現れ、背もたれ越しに周囲の人間達を睥睨する彼が口を開く。


【殺すか?】


「殺します。引き継ぎをお願いします」


 おもむろに立ち上がると同時に刃を延ばしたカッターナイフを振るい、最前列に立っていた男性の首をねてしまう。

 シャンデリアの明かりに照らされる鈍色の剣閃と、細かく降る赤い霧雨がこの絢爛豪華けんらんごうかな謁見の間を戦場へと塗り替える。

 間合いの外だと思い込んでいたのでしょう……視界に飛び込んでくるその変化に、二秒ほど呆然としていた敵がようやく戦闘開始を悟ったようです……とても、遅い。


「お、おのれ!」


「悪魔に裁きを!」


 機先を制される事で集中力を乱されたのか、無駄口を叩きながら行動を開始する餌達に呆れながら刃を振るう。

 上段から振り下ろされる一撃を膝を曲げながら半回転する事で避け、目の前の兵士がそのまま剣を振り切ったと同時に曲げた膝を伸ばし、脇下から抜き出すようにして振るったカッターナイフで首を刎ねる。

 そのまま首を失った死体に体当たりをする事で後衛から突き込まれた槍への盾とし、仲間の死体を貫いた動揺と、単純に男性一人分の重量が嵩んで動きを止めた槍の穂先を掴んで引き寄せる。


「カヒュッ――!」


 延ばした刃の長さが足らず、切っ先で喉を掻き切るだけに留まりますがそれで良い……悶え苦しむ槍兵の首から噴き出す血飛沫によって幾人かの目が潰されました。

 そのまま彼らが目元を拭うまでの時間を利用し、反転……目敏く背後から隙を窺っていた組合員の一人へと向けて、槍に貫かれた死体が持っていた剣を投擲――頭を貫く。


「なんだこの女は?!」


「……どうやら、アークが気になって仕方がない様ですね」


 未だに彼は動いていませんが、どうやら敵にとっては私ではなくアークと戦うものだと思っていた様です。

 その為本命ではない私に苦戦する事が信じられず、また何時動くか分からないアークに気を取られて私にも集中が出来てない始末。

 せっかく実戦経験を積み重ねてみようと思った矢先で少し残念ではありますが、今はこれが一番効率が良いのもまた事実です。少ない労力で、最大の成果を得ましょう。


「囲め! 囲んで袋叩きにしろ!」


 それも通常であれば有効な手だとは思いますが、今この場は既にダンジョンの領域下にあります……その為申し訳ないのですが、今の私には死角というものが存在しません。

 コチラが視認できていないと思い込み、フェンイトも読み合いもしない背後の敵の攻撃を読むのは容易い。

 剣が振り下ろされる前に素早く振り返っては脇下を通り、無様に晒されたその脇下から肩へと刃を振り上げて片腕を斬り飛ばす。

 頭上を降り注ぐ血飛沫に隠れ、軸足から半回転……隻腕となった兵士の背後へと回り込み――そのまま蹴り飛ばして私が居た場所お仲間の集中攻撃へと押し込む。


「きさっ――?!」


「よくもっ――?!」


 喋るよりも前にまず手を動かすべきでは……なぜ先にこちらへと振り向くのが武器ではなくて自身の顔なのか。

 そんな間抜け二名の喉を、そのまま延ばした刃で掻き切って始末してしまう。


「死ねっ!」


「くたばれっ!」


 動きを止めようとでも思ったのでしょう……私の胴体目掛けて幾つもの槍が突き出されるのに合わせてその場で軽く跳躍し、重ね合わされた槍の群れの上へと音もなく着地――


「……ぅあ」


 ――そのまま向かいの壁に切っ先が到達する程に刃を延ばしたカッターナイフを豪快に降るい、全員の首を一斉に刈り取っていく。

 

「……」


 細く薄い鈍色の線が弧を描き、追随するように生首と血飛沫が空間に艶やかな華を咲かせては彩りを加える。

 貴族も平民も、兵士も迷宮組合員も……一切の身分の区別なく、ただその身体から赤い液体を溢すだけの肉袋でしかありません。


「――はぁ」


 全ての命を喰らい、その満足感から熱い息を吐き出す。

 激しい運動によって火照った身体の熱を、降り注ぐ生暖かい体液が逃してはくれない。


【気持ち良さそうだな】


 戦闘前にアークに引き継いでいた準備が整ったようですね。最初の混乱で亡くなった者達や殺した者達をアンデッドにする事で増やした人手で選別が終わっていました。

 戦闘員、技術者、知識人、指導者……これらを省き、さらにそこから体力がありそうな者から無作為に選ばれた人々をダンジョンの地下へと再配置し終えた様です。


「アーク」


【なんだ?】


 それさえ終わっているのなら後は簡単で、水を溜めたバケツのようになった街に適当に毒を混入しながら流れを生み出すだけで良い。

 グルグル、グルグルと……泳げない者はそのまま溺死して、泳げる者もいずれは体力が尽きて、そうでない者も毒で弱り……ダンジョンに必要のない汚れを落とす洗濯機の完成です。


「……ちょっと、部屋に籠りますので覗かないで下さいね?」


【……お、おう】


 ――あぁ、やっと、やっとお腹いっぱいに気持ちよくなれる。

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