領地簒奪編.44.人樹木


「……それをくれてやれば、家族は助けて貰えるのかね」


「旦那様ッ?!」


 何かを決意したとも、諦めたとも取れる不思議な表情と目をした領主をじっと見詰める。

 最悪を想定しつつも家族だけは助けたい、その為なら全てを諦められる……そんな顔に思えました。

 それは為政者の顔ではなく、ただ家族を案じる父親の顔であり――


「……そうですね、何なら綺麗な身体にしてあげても良いですよ」


「? どういう事だね? 悪魔は癒しの奇跡を使えない筈だが?」


「それ、頂けます?」


 机の上の花瓶を指差して示せば一瞬の間だけ逡巡するも、すぐに侍女長に渡すように指示を出してくれました。

 警戒したようにゆっくりと近付き、恐る恐るといった様子で渡された花瓶を受け取って――そのまま壁に叩き付けて割り砕く。

 突然の事に呆けた顔をする彼らの前で《改造》を使用し、割り砕けた花瓶を元の状態よりも綺麗に仕上げて見せる。


「これと同じ事が人にも出来ます。というより、既にやっています」


 そう言って片手に持ったお嬢様を持ち上げて示す。


「先ほど譲り受けた花瓶と違って、頑丈にしたくらいですけどね」


 完全に私の所有物となっていた訳ではないので、少し頑丈にするくらいしか出来なかったとも言えまけどね。

 使用したDPは少量ですが、頑丈に改造しないと今頃は本当にただの肉塊と化していたと思います。

 所々の骨に罅は入っていますがそれだけですし、内臓にも今のところダメージは殆どありません。

 ただ表面に近い肉が潰れて見るに堪えない見た目になってしまっているだけですね。


「逆に言えば、貴方がこの国の支配権を渡さなければ治しませんし、治させません」


 一国の領主ともなればそれなりの伝手はあるでしょうし、それを辿っていけばこの重傷も治せる人物に依頼が出来るかも知れません。

 ですが彼女の身体は文字通り私の手の内にあり、治療の出来る人物の下へと連れて行こうと思えば私から奪還するしかありません。

 まぁ、そもそもそんな事をしようとすればまたお嬢様を武器として扱って撃退するだけなのですが。


「別に断っても構いませんが、その場合お嬢様は残りの人生を私の武器として過ごして貰いますし、彼女を使って貴方を殺して支配権を無理やり奪い取ります」


「なんと、なんと悪辣なっ……!!」


 侍女長は了解の命令さけ無ければすぐに掴みかかって来そうな剣幕ですね。私のせいでもあるのですが、少しばかり鬱陶しいです。


「さぁ、家族を想う気持ちがあるのなら、貴方が保有する全ての権利を私に譲渡しなさい」


「……宣言するだけで良いのかね?」


「旦那様!」


「良いのだ、アイーダよ……」


「しかし……」


「そもそも既に我々は敗北しているのだ」


「……」


 そう言って窓から見下ろせる街を眺める領主に、侍女長は何も言えなくなったのか黙り込みました。

 誰も喋らなくなった事で生まれた静寂により、外の騒ぎがここまで届いてくる。悲鳴が、絶叫が、怒号が……聞こえてくる。

 もはや外周だけに留まらず、街の至る所から火の手が上がり、黒煙が高台に位置するこの屋敷まで届いています。

 そんな、いつもと違う風景を見て領主が拳を握り締めたのが見えました。


「しかし――君はいつか破滅するだろう」


「……負け惜しみですか?」


「いいや、違うとも」


 私の目を覗き見る領主の――アベラルド・ディ・サヴォイアの瞳には確かな強い意志が宿っている様に見える。

 つまりは、根拠のないただの捨て台詞という訳でも無さそうです。


「小さいとはいえ、一国を落とした君は世界の脅威として映る。いずれ各国の軍が、精鋭達が……君達・・の心臓を狙って行動を開始する」


「……」


「神々とて黙ってはいまい……いや、既に女神様は動いていらっしゃった――悪魔の心臓が目覚めたと」


 忠告なのか警告なのか分からない、そんな言葉を吐いたアベラルドは一旦目を伏せ……そして――


「――アベラルド・ディ・サヴォイアは自らが持つ全ての権利を、目の前の悪魔に譲渡する」


 その宣言が為された瞬間、膨大な量の情報が私の脳内へと流れ込んで来る。


「くっ、ふふ……」


 私にとってはこれで二度目――アークと契約し、神核しんぞうのダンジョンを支配した時以来の感覚。


「あはっ、はは……」


 そうですか、なるほど……これが『支配する感覚』だったのですね。

 この土地の歴史、地脈、棲んでいる生物に保有する魔力……それら全ての情報が一気に私の記憶となる。


「――アッハッハッハッハッ!!!!」


 これは多分ですが、ダンジョン特有の感覚なのでしょうね……急に嗤い出した私にただのアベラルドが懐疑的な視線を送っています。


「うふっ、ふぅ……ふぁ……ふふっ、すいません、少しばかり興奮してしまいました」


 流れ出る鼻血を乱雑に拭い、今はただ新しく私の支配下に入った土地をダンジョンへと改造していく。


「あぁ、先ほどよりも人々の悲鳴がよく聞こえて来ますね……」


 この街全体と、その周囲の土地を全て私の身体の一部とした上で全ての出入り口を封鎖していく。

 これでもう空を飛ぶか、壁を登るか、地下を通るかしなければもう誰もこの街から脱出する事は出来ません。

 ついでに火災を消しておきましょう。ダンジョン都市とする時に邪魔ですので。


「約束だ。娘を元通りにしてくれ」


「あぁ、はいはい、綺麗な身体にするんでしたね――《改造》」


 魔眼を発動し、手に持った私の所有物・・・・・に向けて改造を発動する事で、お嬢様を血塗れの棍棒から小さな苗木へと作り替える。


「……は?」


「綺麗になりましたね」


 そのまま魂魄眼を発動したまま侍女長へと視線を向け、同じように改造を施して小さな果樹へと改造する。


「な、何を……」


「早急に纏まった額が必要なので半分の十万は殺すとして、残りの半分は樹木へと変えて恒常的にDPを生産して貰いましょうか」


 殺しはしなくとも、生きている生物をダンジョン内に置いておくだけでも微量ながらDPを得られる性質を利用して、生きた人間の果樹園を造りましょう。

 生身の人間を捕らえておくのは毎日の食事や排泄の世話が面倒ですし、何よりも何らかの切っ掛けで反乱が起こされる危険性があります。

 しかしながら果樹園として管理してしまえばその問題は一挙に解決するのです。食事も水や光だけで良く、排泄もしない……反乱どころか自由に動く事すら出来ないのですから。

 ダンジョン機能の《改造》が生物にも通用するのかどうか、身体を根本的に作り替える事が可能なのかどうか不明でしたが……魂に干渉するという私の魂魄眼との合わせ技で実現できました。


「これぞ搾取の極地――人間農場です」


【世話は誰がすると思ってんだよ】


 屋敷内もダンジョン領域となったからか、今まで退屈そうにしていたアークが姿を現す。


「確か一号に農業を与えた筈ですし、彼らに任せましょう……十万人も殺せば他にも世話に有用な技能経験は手に入る筈です」


 あれですね、一号は我がダンジョンの初代農林水産大臣ですね……水産物は今のところありませんけど。


「お、お前は! お前はいったい何をッ!!」


【おいおい、目の前で娘や部下が木に変えられてパニクってるぞ】


「黙らせましょうか――《改造》」


「あっ、がぁっ!! アァァアァアア――」


 メキメキと音を立て、足下から異物へと変化していく自らの身体に恐怖しながら、最後まで悲鳴を上げる事も出来ずに元領主も樹木へと作り替えました。

 よくよく見てみれば元領主も、元侍女長も、人間だった頃の面影が薄らと確認できるのですから不思議なものですね。


【これで終いか】


「えぇ、後は――」


 住民達を間引くだけです、と言い終える前にその場から飛び退く。


「あ、あぁ! お前を、ユーリ! お前を絶対に許さないッ!! 殺してやるッ!!」


 滂沱の涙を流し、鬼のような形相で剣を構えるジェラルドに対して私は――


「――もう、決着は付いてるんですよ」


「アガ、ガァッ……!!」


 若木と化した彼に溜め息を一つ吐いて、そう言い捨てる。

 この国の支配権を握った時点で、領主が持っていた全ての資産は私達ダンジョンの所有物となったのです。

 それは家族である貴方達も例外ではなく、この国の支配者となった私の資産に国民が含まれるのは自明の理ですよね。

 そもそも妹を武器にされた程度で腑抜けていた貴方に、今さら何が出来たというのでしょう。


「さて、では――」


 ――技術者や学者から順に殺して行きますか。

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