領地簒奪編.43.人武器


「……おや、貴方が道案内をしてくれるのですか?」


 考え事をしていた私の前に、手勢を引き連れた嫡男……えっーと、確かジェラルドさんでしたっけ? ジェラルドさんが立ちはだかって来ましたね。


「どうしてだ、ユーリさん……何故貴女がこんな事をっ!!」


「どうしてだと聞かれましても……」


 今さらそんな事を、犯行の動機を聞く意味ってあるんですかね? 聞くにしても拘束してからだと思うのですが。

 動揺や焦りが先に来て、まともな思考が出来ていないのかも知れませんね。

 まぁ、だからといって聞かれた事に答えられるかは別ですけれど……お腹が空いているから、なんて答えても納得してくれないでしょうし。


「そんな事よりも領主はこの先ですよね? 通して頂けますか?」


「……出来ない。妹も返して貰う」


「そうですか」


 何かを思い詰めたような、苦渋の表情で剣を抜き構えるジェラルドにただ一言『そうですか』とだけ呟き――手に持って引き摺っていたお嬢様を振り被る。


「なっ?!」


 思わず受けようとして、しかし手に持っていた剣の存在に気付いたのか目の前に居た者たちが飛び退きます。

 攻撃を外してしまったせいで、お嬢様を思いっ切り壁に叩きつける結果となりましたが既に一度やっている事なので問題はないですね。

 にしても、やはりこのお嬢様は人質としてかなり有用な様ですね。こうして武器として振るうだけで相手が何も出来なくなっています。


 私を攻撃しようにもお嬢様を盾にすれば途中で取り止めてしまい、大きな隙を晒してしまっているのがその証拠ですね。

 私から彼女を取り上げようと踏み出した者たちから順に死んでいき、間合いに居れば私が武器として振るうのでいつしか一定の距離を保って睨むだけとなりました。

 私が一歩進めば彼らも一歩下がり、どうにかしてお嬢様を救いたいものの、武器として振るわれて彼女に怪我が増えるのは避けたいという考えが透けて見える様です。


「――まぁ、私には関係ないんですけど」


 アチラから来ないのであればコチラから行くだけの話です。

 素早く踏み込み、手に持った大型の武器・・・・・・・・・・で前列に居た兵士を殴打する。

 肉と肉がぶつかり合う鈍い音に、誰の物かも分からない鮮血が飛び散っては壁の染みとなっていく。

 剣を振るう事も出来ずに、さりとて私の速度に着いて来れる者も少なく……お嬢様を受け止めようとして失敗しては、人体という棍棒で殴られ続けるしかありません。


「かふっ――」


 片足首を掴まれては乱雑に振り回され、勢いよく兵士や壁や床へと叩きつけられていたお嬢様にもはやかつての面影は無く。

 羊毛のように柔らかそうだった金髪は埃やゴミを絡め取り、土や砂にまみれて使い古された箒のように灰色にくすんでいる。

 そんな髪の毛に遮られて見づらい顔は人の体裁をかろうじて保っている程度であり、真っ赤に染まったそれはパッと見ではしわしわのトマトにしか見えません。

 肩は脱臼しているのか、砕けたのか……力なく垂れ下がっては遠心力に振り回されるのみで、破れた衣服から覗く肌も血の赤や痣の青で染まって肌色が無い。


「ひゅっ――ひゅっ――」


 ブクブクと腫れ上がり、折れた歯が刺さった小さな口から隙間風のように漏れ出る呼吸音だけが、まだ彼女が人として生きている事を知らせてくれる。


「貴様ァァア!!!!」


 怒りと憎しみの感情でグシャグシャになった嫡男が吠える。


「貴方達が立ちはだかるので、私は武器で応戦しているだけです」


「武器だと?!」


「これです、これ」


 そう言って掴んでいた足首を持ち上げ、お嬢様を逆さに吊るして見せる。


「あ、あぁっ……あぁああ……」


 頭の先からボタボタと血を垂れ流すだけで何も反応を見せない妹の様子にもうどうすれば良いのか分からなくなったのか、そのまま動けなくなった嫡男の横を通り過ぎていく。


「わ、若っ!」


「ど、どうすれば……」


 指揮する者が居なくなり、どうすれば良いのか分からなくなった兵士達に動揺が走る。

 彼らも嫡男と同様に、自らの主君の娘で攻撃されてはどうしたら良いのか分からない様です。

 それもそうですよね、自分達から攻撃する訳にもいきませんし、お嬢様よりも上の立場である領主か次期領主である嫡男の命令か許可が無いと攻撃に移れませんよね。


「――と、いう事で貴方が代わりに命令を出してみますか?」


 動けなくなった兵士達の間を縫うように進み、その先にあった扉を蹴り開けてそう声を掛ける。


「アイーダ、下がれ」


「……ですが」


「いいのだ」


「……はい」


 私を遮ろうと前に出た侍女長を下がらせた男は、そのままゆっくりと振り返り口を開く。


「幾つか質問しても?」


「どうぞ」


 扉の縁に背中を預けて凭れ掛かり、今はまだ攻撃しない事と質問に答える意思を表面する。


「君は、君たちは何のダンジョンなのかね?」


神核しんぞうです」


「……そうか、それはとんでもないモノが足下に眠っていたものだ」


 足下と言いますか、実はスラムの下水道という管理が放棄された不衛生な場所にあったんですよ、と教えたらどんな顔をするのでしょうか。


「他に質問は?」


「……ジョットはどうした?」


「灰になりました」


 彼の燃えカスはそのまま放置していますが、保存しておく利点も無いのでそのうち掃除しましょう。


「他の二人は?」


「そうですね――あぁ、今ちょうど元仲間に貪られて亡くなった様です」


 少しばかり目を瞑り、ダンジョン機能の《監視》を発動してアルフレッドとリサの二人を探してみたところ、ちょうど元仲間のアンデッドに貪られて発狂しながら亡くなったところでした。

 正しくは既に男性の方が死んでいて、その亡骸に縋り付いていた女性が貪られていたというのが真相ですが。


「質問は終わりですか?」


「では最後に――私に何を求める?」


 街は既に火の海と化し、生き延びた人々が殺到したせいで貴族街という名の行政府も機能しておらず、私という敵の首魁が本丸である領主の元まで辿り着いている……本来であればここで勝敗が決しているのにも関わらず、何を求めるのかと尋ねるという事は――


「――お察しの通り、この国の支配権です」


 殺して奪う事は後でいくらでも出来ますが、こういった正式な手続きによる譲渡は殺した後では試せませんからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る