領地簒奪編.42.放火


「父親、ですか――」


 娘の亡骸を抱き締め、自らが生み出した金色の炎に巻かれて死んでいく騎士団長を眺めながら私の中で言いようのない不快感が湧き上がるのを感じる。

 それは何に由来する物なのか、何が原因なのか……自分自身ですらよく分かりません。

 そんな説明できない衝動に駆られ、ただ意味もなく焼き崩れていく父娘の遺体をカッターナイフの一閃で破壊してみる。


【何かあったか?】


「いえ、何もありませんでしたよ……それよりも戦いはまだ終わっていません。次に行きますよ」


【あの二人か?】


「あの二人はカシムと元仲間に任せていれば良いのです」


 四人掛かりでもカシムには敵わなかったのですから、それに加えてゴードンやカインといった元仲間のアンデッドを加えてぶつければそう時間も掛からず討ち取れるでしょう。

 そんな些事は放っておいて、私達が見据えるべきはこの街の支配者である領主一族です。


「……使わせて頂きますね」


 黒炭の山から一つのソウルオーブを拾い上げ、それを口に含んではダンジョン全体へと指令を出す――街に火を付けろ、と。






「消火を急げ! 戦える者はアンデッドを排除しろ!」


 人口20万を誇る大都市であるトリノ市の街中を悠々と歩いて行けば、そこかしこから怒号と悲鳴が聞こえてくる。

 街の外周を沿うように起こされた火災は都市の上空を煙で黒く染め上げ、陽の光が届かない地上は真っ赤な炎の光が建物を熱く照らす。

 焼け出された人々が水を求めて井戸や噴水に殺到してはアンデッドに襲われ、空中を舞い上がる火の粉がさらに悲劇を拡大していく悪循環。

 白昼堂々と行われた蛮行にパニックに陥った人々は統制が取れず、消火活動もアンデッドの駆除も遅々として進まない。


 街の外へと脱出する事もままならず、徐々に人々の波は街の中心部へと、領主の屋敷がある上層へと急き立てられる。

 風に巻かれて勢力を増す火災から逃れようと、自らの命を狙うアンデッドから助かろうと必死に逃げ惑う。


「勇者様! ご無事で――」


 そんな状況下で道のド真ん中を堂々と歩いて来る私は目立つ様で、気が付いた何人かの顔見知りの兵士達が声を掛けて来てくれますが、道端にゴミをポイ捨てするこの様に彼らの首を何でもないかの様に落としていく。

 ごろごろ、ごろごろと……私の後ろに生首が転がり、やがては侵食してきた火に焼かれて炭となったそれが、元はなんであったのかすら分からなくなる。

 右手に持つカッターナイフから血が滴り落ちては私が歩いて来た先を指し示し、その塗料の多さから失われた命の多さが推し量れてしまう。


「な、何を……?!」


「勇者様!?」


 突然の裏切り、そして凶行に現実を上手く認識できていない者から順に喉を裂き、額を貫いて、首を落としていく。

 ダンジョンの手勢が占領した地域から順に影響下に置く事で、領域とする事は出来なくとも戦力の《配置》やDPの《回収》を行う。

 そんな作業を半ば機械的にこなした先で辿り着いた屋敷の門を我が物顔でくぐり、庭を通って、屋内へと入り、目的の部屋まで一直線に……邪魔な人物は殺しながら歩き、辿り着く。


「ゆ、ぅしゃ……さま……?」


「お久しぶりですね、お嬢様」


 返り血に塗れた私を見て、怯えたように後退る少女と、そんな少女を庇うように前に立ちはだかる勇気ある使用人達。


「……どうやら、約束通りパーティーの準備をしてくれていた様ですね」


 室内を見渡してみれば綺麗な飾り付けが施され、作りかけの『勇者様の歓迎会』と書かれた横断幕も確認する事ができる。

 お嬢様の背後にも、恐らく私宛てと見られるプレゼントの山が用意されていますね。


「私もお嬢様にとっても素敵なプレゼントを用意してみたんですよ」


「それ以上近付くな!」


「でもそれにはお嬢様の協力が必要不可欠でして」


「近付くなと言っている!」


 両手を広げてゆっくりと近付いていたせいなのか、外套が右肩から少しだけずれ落ち、返り血と煤で汚れた制服が顕になる。その際にいつの間にか紛れ込んでいたのか、騎士団長の娘の骨片が床に落ちる。


「なので少し付き合って貰えないかと」


「お嬢様から離れろ! 勇者様の偽物め!」


 あぁ、そういう解釈ですか……私の姿を真似た何らかの怪物だとでも思っているのですかね。


「残念ですが私は本物です……まぁ、勇者でもありませんでしたけど」


「かひゅ――」


 腕の一振で使用人の喉を裂く――噴き出す血と漏れ出る空気に口をパクパクとさせながら、ゆっくりと十数秒ほど時間を掛けて苦しみながら息絶える。


「……」


 何が起きたのか分からないのか、ただ呆然としたままのお嬢様を放置して、護衛騎士も側仕えも区別なく殺していく。

 この国で一番強かった騎士団長と、その兄弟子の戦闘技術を得た今の私にとっては職業軍人ですらも物の数ではないようです。


「さぁ、行きますよ」


 一人残らず片付けたところで、固まったままのお嬢様の足首を掴んで持ち上げる。


「えっ、えっ……あれ、勇者様? あれっ……え?」


 体勢を崩して倒れ込み、そのまま私に床を引き摺られていくお嬢様が上手く言葉にできない疑問を口にする。


「あれ、あれっ……なんで、え? なんでっ!」


「暴れないで下さいね」


「うそっ、嘘よ! どうして、どうしてこんな事をするの!?」


「まぁ、お腹が空いて仕方がないので」


「意味が分からな――」


 足首を掴んだままお嬢様を振りかぶり、壁に思いっ切り叩きつける事で黙らせる。


「さて、領主様は何処の部屋でしたっけ――」


 白目を剥き、鼻血を垂れ流しながら、気絶したまま固い床に引き摺られて擦り傷を増やしていくお嬢様を運びながら屋敷の間取りを思い出していく。

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