領地簒奪編.41.焼身


「はぁぁああ!!!!!!」


 私を中心として発生した炎の津波が空間の全てを舐め尽くさんと猛り狂う。

 飴細工と化す地面に、急激に上昇する室内温度、そこかしこで発生する爆発に炎の衝撃波が温めれた空気を叩く。

 中心に立つ私はドロドロに溶けていく地面に呑み込まれる様に徐々に降下していき、溢れ出すエネルギーにもはや真っ白に光輝いている。


「次は何処へ転移する?! それとも別の階層に逃げたか!?」


 周囲の壁も全て真っ赤に染まった。ここら周囲は既に生身の人間が生きて立っていられる環境ではない。

 転移での奇襲も、転移による罠への誘導も意味を為さない。炎の津波に呑み込まれて蒸発したか、もしくはこの階層を捨てて別の場所へと転移で逃げたか……どちらでも構わない。そうであるならばアルフレッドとリサの救助に向かうだけだ。

 だがしかし、相手はダンジョン。何らかの方法で生き延び、さらに追撃を加えてくる可能性も――


【――おいおい、暑苦しいじゃねぇか】


「?!」


 猛る業火のカーテンを振り払い、見た事もない存在が私のすぐ目の前へと現れる。


「ディバインシールド!!」


 咄嗟に左腕を前に出し、炎の円盾を出現させ――


【シャッオラァ!!】


「ごがっ!?」


 かつて経験した事のない衝撃に脳が揺らされる……盾ごと殴り飛ばされ、逸らす事も出来ずに全身を貫いた殴打の威力に戦慄する他ない。

 盾を掲げていた左腕は一撃で骨を粉砕され、その左腕がクッションになっていたとはいえ伝わった衝撃は肋骨にも罅を入れた。

 肺の中の空気を無理やり押し出され、息も苦しい。もう少し盾を出すのが遅かったら肋骨ごと臓腑を押し潰されていたかも知れない。

 凄まじい勢いで壁をぶち抜き別フロアへと到達しては何度も地面を跳ね、転がる様にして静止した頃にはアレが何なのかを理解した。


「ぐっ、ふっ……はぁ、はぁ……」


 悠然と、そして尊大に……まるで自分が見上げられるのがさも当然とばかりに近寄って来るその存在に私の中の加護が全力で警告をする。私の本能が怯え叫ぶ。


「――悪魔ッ!!」


【ご名答】


 分からない。何処から現れた? 女は、勇者を騙っていたユーリという少女は何処へ消えた?


 ――戦力を再配置しているだけです。


 ふと脳裏に木霊するセンスのないジョーク……もしあれが事実だったのだとしたら、この悪魔は少女と入れ替わる様にして現れたのか?

 転移できる対象は自分一人ではない? 何人まで転移できる? 他者を転移する場合は入れ替わる必要があるか? ……いや、生身ではあの灼熱の空間に居られなかっただけかも知れない。

 何にせよ、百と八つに分割された内の一つとはいえ、相手はあの伝説の悪魔の一部……本気を出して対応する必要がある。


「丁度いい、目標対象が目の前に現れて来てくれたのだ……出し惜しみはしないッ!!」


 焦熱剣と同種の、加護による金色の炎をその身に纏い自らの存在を昇華させる。

 自分自身の魂を、肉体を、精神を薪として神炎を灯し、存在として悪魔と同じ土俵へと昇っていく。


【おいおい、まだ燃やすつもりか? そろそろ止めておいた方が良いと思うがなぁ】


 悪魔の戯言には耳を貸さず、与えられた加護を通して火雷神の力の一端を譲り受ける。


偽神アルコ――……」


 意識が遠のき、炎が薄らいでいく……あまりの胸痛に膝を着き、吐き気と目眩に視界が回って焦点が合わない。集中力が乱される。


「呼吸、が……出来ない……息が苦しい……なん、だこれは……」


【えっーと、確かなんつったけ?】


「一酸化炭素中毒ですよ」


【あぁ、それだわ】


 気が付けば悪魔の隣に少女が居る。両手に何かを抱え、悪魔と親しげに会話をしている。

 イッサンカタンソチュウドク……とはなんだ? 毒の類いなのか? 私の身体に何が起きている?


【お前は大丈夫なのか?】


「半分はダンジョンですので、この身体で呼吸しなければ良いだけです……にしても、解毒は効かなかったみたいですね? 存在を認知されていないからでしょうか?」


 ……奴の口振りから察するに、やはり毒の様なものを仕込まれていた様だな。


「さて、騎士団長さん? 降参しますか?」


「……戯言を」


 今にも意識を失いそうだが、まだ私は敵を見据えている。身体も無理やり動かせる。ならば諦める道理はない。

 加護の力を使い、慣れない賦活の奇跡を行使する事で身体に力を漲らせ、激しい頭痛と眠気に耐えて立ち上がる。


「大したものですね」


「その余裕、すぐに崩してやろう」


 察するに、今この場で大規模な炎は使えないのだろう……使えば私を襲うこの未知の症状が進行してしまうのだろう。

 ならば、この身と刃に残った残火で……焼け焦げ、未だに小さな火種が燻り、冷め切らないこの高温の刃で悪を斬る――


「――ぱぱっ!」


「っ?!」


 振り上げた刃が止まる……朦朧とする意識の中で、弱った身体で肉薄した少女の眼前で。


「ぁ、あぁ……ニニャ、なのかい?」


「ぱぱっ!」


 ダンジョンマスターである少女が抱き抱える不格好な、幼い女の子の骨――ボロボロで、一部は欠けているが、しかしその動作と声を私が間違える筈がない。

 朦朧した意識が見せた幻覚でもない……触れれば確かに、我が最愛の娘がいつもと同じように私の手を抱き締めてくれる。


「どう、して……」


「あのね、お姉ちゃんがね、ぱぱにあわせてくれるって」


「あぁ……」


 油断した。油断してしまった……私が、勇者様だと勘違いして、敵だと見破れずに信頼してしまったばかりに……娘の墓は暴かれたのだ。

 娘は死んだ時から歳を取ってないのだろう……その言動は幼く、私のよく知るそれだった。

 だからこそ、自分の今の状況を何も理解できてはいないのだろう。


「あのね、ぱぱに会えたらまた剣を教えて貰おうと思ってね、それとね、たんじょうびだったでしょ? プレゼントを渡したくて……あっ、でも持ってくるのわすれちゃった」


「そうか、そうか……」


 何時しか振り上げた刃が軽い音を立て、私の手から滑り落ちる。

 片腕では足りない、両の腕で娘をまた抱き締めてあげたかった。

 自然の動きで少女から娘を受け取り、その脆い骨が砕けてしまわないようにそっと……ガラス細工を扱うように丁寧に胸に抱く。


「でもね、それでね――」


「――お時間です」


 ……あぁ、そうだろうとも。この娘は少女の手によってアンデッドにされたのだから、命令に逆らえる筈もない。

 指の欠けた手が、その小さな愛おしい手が私の喉を貫いている。

 弱くともアンデッドである事は、人類の敵である魔性である事は変わりなく、人体を破壊する事など容易だったのだろう。


「ぱ、ぱ……?」


「――、っ……」


 あぁ、喉が貫かれていて声が出せない。そもそも普通の呼吸でさえ困難だったのだから無理もないか。

 今はただ娘に大丈夫だと、何も分かっていないこの子を不安にさせまいと精一杯に微笑み、頭を撫でてやる。

 大丈夫だ。今度はお父さんも一緒に逝ってやろう。


「どちらへ?」


 少女の問い掛けには答えず、答えられず……ただ黙って娘を慈しみながら背を向け歩き出す。


「ぱぱ、熱い……」


 大丈夫だよ、これは火雷神様の炎だからね。


「ぱぱ、痛い……」


 ごめんね、もう少しの辛抱だからね。


「ぱぱ、怖い……」


 大丈夫だ。お前をアンデッドにしたまま、ダンジョンに囚われたまま放置する事はない。

 お父さんと一緒に神の炎に焼かれて、一緒に天国へ行こう。火雷神様には……精一杯の謝罪と感謝を伝えよう。


「ず、っと……ヒュ……こ、れ……からは……い、し……に……す……そう」


「ぱぱ、眠い」


「お、……すみ……」


 意識が完全に途切れるその瞬間まで――私は娘の亡骸を抱き締め、自らが生み出した金色の炎に焼かれいった。

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