領地簒奪編.40.炎の剣士


「あーあ、見て下さいよ上を」


 少女を警戒しつつ、言われた通りに上空を見てみれば……そこには大量の汚水と一緒に私の焦熱剣の巻き添えを食らったのか、ドロドロに溶けて今にも滴り落ちそうになっている天井が幾つかある。

 いや、これは天井ではないな。恐らくは全てが落とし穴として機能する各階層の床でもあったのだろう。

 私達を落としたと同時に蓋をしようとして失敗したと見るべきか。


「貴方の攻撃で水ごといくつかの階層が破壊されてしまいました」


「それは残念だったな」


 とは言ってみるものの、愉しそうに嗤っている様子から大したダメージは与えられていないのだと悟る。

 それどころか、破壊させた事自体が何かしらの罠ではないかと思えてしまうのがこの少女の不思議なところだ。

 何故だかは分からんが、あまり彼女の事をよく知らぬというのに心の何処かで悪辣な罠を仕掛けているだろうという変な確信がある。


「一応聞くが、アルフレッドとリサの二人はどうした?」


「さぁ? まだ生きているんじゃないですかね……気になるのなら私を倒した後で確認してみればどうです?」


「なるほど、それもそうだ」


 この少女の言う通り、目の前の魔性を打ち倒してすぐに救助に向かうべきだろう。

 依然として原因不明の身体の不調はあるが、全く戦えない程でもない。そして戦場で万全の状態で戦える状況など有り得ない。つまりは問題はない。

 勇者様として接していた時に何回か稽古を付けてやった時のまま実力が変わっていないのなら、特に手こずる事もなく戦闘を終えられるが――


「――やはり実力を隠していたか」


 踏み込みが予想以上に速く、また攻撃を受け止める剣から伝わってくる膂力も凄まじいものがある。

 とても華奢な少女の細腕から出ているとは思えないが、コチラを油断させる為にわざと実力を隠していたか。


「いえいえ、あの時はあれが全力でしたよ」


 彼女の細く、変わった形状をした細剣を押し戻すと見せ掛けて即座に引く。

 力比べに応じようとするも梯子を外され、支えを失って前へとつんのめる彼女の首を狙った突きを放つ――が、外套が不自然な挙動で彼女を引っ張る事で回避される。

 なるほど、恐らくはあれもダンジョンのモンスターという事か。


「不思議だな」


「外套の事ですか?」


「いや、貴様の事だ――なぜ私と切り結べている?」


 外套の裾を摘んでヒラヒラさせながらの問いに否と答え、ただ純粋な疑問を口にする。

 これでも私はこの国で一番強いという自負があり、世界を見渡しても上位に入るという確信がある。これは決して自惚れではない。

 しなしながら何故この少女は……剣ダコも無いような白くたおやかな手をしておきながら、どうしてここまで剣術が達者なのだ。

 本来であれば一刀のもとに切り伏せていてもおかしくはないのだがな。


「お前の手は剣士のものではない」


「……あぁ、そういう事ですか」


 私の指摘にやっと何が言いたいのか分かったのか、自らの顔の高さまで掲げた手のひらを閉じては開いてを繰り返し――


「――貴方の兄弟子から奪ったのです」


 ――そう、薄く嗤う少女の目が紅く灯る。


「その目の本来の力か」


「……どう、なんでしょうね? 私にもまだ全容が分からないんですよ」


 ふざけているのか、それとも本気で言っているのか分からないな……彼女は演技が下手とか出来ないという訳ではなく、そもそもの感情の起伏が小さいのか。


「だが、そうか……カシムはお前に殺されてしまったのか」


「殺されてしまったというか、最期は溺死したんですけどね……最後に剣を握った瞬間が落下しながら無様にブンブン振り回すだけって剣士としてどうなんでしょう?」


「もういい。喋るな」


 不快だ。確かに兄弟子は人格面に問題が無かった訳ではなかったが、この女に揶揄されて良い人物でもない。

 少なくとも師の下で私と学んでいた時から剣術には真摯であったし、少ない魔力に得られない加護、足りない才能を努力で埋めようとしていた。

 何時からか私への嫉妬から性格が捻じ曲がり、気付いた時にはもう既に修復不可能な程に関係は壊れていたが……それでも同じ剣士としてアイツの剣技だけは馬鹿にされたくはない。


「この国で最強の剣士として、サヴォイア家に仕える者として……このダンジョンを攻略する」


「できますか?」


「やってみせよう」


 先ほどまでの無駄な会話で溜めは終わっている――息を吸う間もなく、即座に焦熱剣を前方に向けて放つ。


「――後ろですよ」


 背後から聞こえた声に半ば反射で振り向き、振り下ろしたばかりの剣を手元に引き戻す動作の勢いそのままに柄でピンポイントに突きを受け止める。

 傍から見れば腰だめに構えた剣を振り上げる直前に相手の突きによって妨害された様にも見える形だが、攻撃を防がれたのは向こう側だ……そして反撃を受けるのも。


「ふんっ!!」


 私を中心として放射状に極温の火を吹き出させ、それらを避けようと後ろへと飛び退く彼女を追撃するべく足裏で小規模な爆発を起こす事で加速しながら砲弾の様に飛び出す。

 相手の持つ剣はまるで蜂の針のように細く、そして薄い……この業火を纏った攻撃であれば武器ごと溶断できる。


「そんなに火遊びして良いのですか? この足場も壊れてしまいますよ」


「……どうやら転移できるらしいな」


 一撃で殺せるかは分からないが、それでも一撃は当てられると踏んだのだが……先ほどの焦熱剣をやり過ごし、いつの間にか私の背後を取っていたのもこの能力か。


「戦力を再配置してるだけです」


「……ジョークのセンスは無いようだ」


「事実ですので」


 あの魔眼の力が転移能力なのか? いやしかし、他人から技術を奪うだけでも破格なのに転移能力まで保有している魔眼など聞いた事がない。

 しかし事実として奴は何らかの能力で転移しており、それを可能とする事ができるのも魔眼しか思い付かないのもまた事実だった。


「さて、どうしますか? 私が転移する先を予測でもしてみますか?」


「ふっ、そうだな――」


 それも良い。出来ない訳でもない……が、罠がある場所へと誘導されても詰まらん。


「――この部屋全てを炎で埋め尽くす」

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