領地簒奪編.39.獅子身中の虫その5


 ――おかしい、身体が怠い。


「リサ、もう一度頼めるか?」


「えぇ……」


 これで何度目だ? もう何度リサに解毒と賦活の魔術と奇跡を授けて貰った?

 湧いてくる敵を退け、罠を踏み越えて下の階へと進む程に我々は頭痛や吐き気、めまいに眠気など……様々な症状に襲われている。

 生き残りの部下達が齎してくれた情報から敵が病魔を振り撒く事は分かっていた。だからこそ私の火雷神の加護で目に見えぬ病魔を焼き払い、不浄を浄化したのだ。

 それでも私達の体調はドンドン悪くなっていく……知らず知らずの内に毒を盛られていたのだとしても、解毒の魔術や賦活の奇跡を施せば即座にとはいかなくとも快復に向かう筈なのにだ。


「解毒や賦活が効かないとなると……呪いの類かしら? 勇者様と同じ様な」


「呪いはジョット様の加護で自動的に解呪される筈だ」


「そうよね、勇者様も今のところは問題ないものね」


 呪い、か……私が火雷神から授かった加護を突破するような呪いとなれば、それこそダンジョンの悪魔のそれしか思い浮かばないが。

 それを考えると、女神様から直々に加護を授かった筈の勇者を呪える様な力はカシムには無かった筈だ。

 やはり、旦那様の警戒する様にこの少女は勇者様ではない、あるいは既にダンジョンの悪魔の手に堕ちたか……いずれにせよ我々の体調不良の原因を突き止めるか、もしくは限界を迎える前にダンジョンを攻略しなければならない。


「……」


 後ろを着いてくる勇者様を覗き見てみるが、やはり尻尾は出さない様だ。

 もっとも、あまり演技をする気はないらしいので今も彼女が本当に清廉潔白な勇者様であるとは思っていないが……いや、もしくは単純に演技が下手なだけかも知れないな。

 見知らぬ地に召喚されたと思ったらそこがスラムで、その場で凄惨な拷問を受けたと聞かされればその無愛想さに納得する他ないが、最初から疑って掛かれば違和感に気付けない程でもない。

 虎視眈々と何を企んでいるのか分からないが、相手の狙いが成就するのを待つのも宜しくないな……こうしている間にもアンデッドが出没する地区が増えるかもしれん。


「急ぐか――」


 そう一言だけ呟き、前方から迫り来る洪水を消し去ろうと剣を構えた瞬間――大地が消え去る。


「なっ?!」


「な、なに!?」


 落とし穴は無かったと思ったが、そうか……最初から床全体を落とし穴にしていたのか。

 一部分だけ怪しい箇所があればそこに何らかの罠があると分かるが、歩く道の全てがそうだというのあれば変わった部分など見付けられる筈もない。

 先ほどまで居た頭上を見れば、細長いブロックが左右から交互に伸びる事で出来ていた床だと分かる。穴を開けたい部分だけブロックを倒せばそこが落とし穴として機能し、また倒すまではただの橋と変わらないという訳だ。

 そして任意で特定の箇所の床を無くせるのであれば、激流に呑まれた部下達を分断する事も容易く、そして――


「――頭上から降り注ぐ大量の汚水」


 空中では避けられず、全身に浴びれば確実に病魔を呼び寄せるが……それだけではないな。


「圧死させる気か」


 ただの水、されど水……まるで水脈からそのまま引っ張ったかの様な大質量を頭から受ければ即死は免れない。ただ落下するだけではないな。

 そしてイヤらしいのが、床を取り払う際に時間差を設けた事……これにより、頭上から迫り来る大量の汚水を焦熱剣で蒸発させようにも、私の頭上を落ちてくるアルフレッドやリサも巻き込みかねない。

 着地と同時に炎を練り上げ、二人も追い付いたところで水が落ち切る前に蒸発させるか……いや、間に合わない。

 後ろ目で確認する底は暗くて見えない程に深く、終点に辿り着く前に上空から迫り来る洪水が我々に追い付き呑み込むのが先だ。


「ジョット様! 我々の事などは気にせず!」


「ならん! この剣は救い護る剣だと、そう神々に誓った!」


 神々との誓いは絶対だ。破れば加護は剥奪され、その身に災いが降り掛かる。

 仲間を自らの手で葬る形で犠牲にし、自分だけ助かろうなど出来る筈もない。


「このままでは――」


「――掴め! 手繰り寄せる!」


 先端に重りを結び付けたロープを二人に向けて投げ、掴み取ったのを確認して即座に手繰り寄せる事で私よりも先に落下させる。


「勇者様が居ないわ!」


「後だ!」


 ふん、何処かに消えたか……何を企んでいるのか分かる筈もないが、そう簡単に我々を殺せるとは思わない事だ。


「焦熱剣――ヘヴンフレイムッ!!」


 全てを焼き焦がし、蒸発させる灼熱の焔が舞い上がっては大質量の水とぶつかり、頭上で激しい爆発が巻き起こる。

 海に大規模な炎熱系の攻撃を加えると、想定以上の爆発が起こるのと似た原理だろうか……だが耐えられない衝撃ではないし、さらに追加の水を落とされても対処できるだけの余裕はある――


「――ガッ?!」


 ――なん、だ、この急な衝撃は?!


「ぐっ、……ゆ、かだと……」


 待て、焦熱剣を放つ前に確認したが未だに底が見えぬ程の暗闇だったぞ――いや、そうか! 上層の落とし穴と同じ罠で今度は新しい床を生み出したのか!


「アルフレッド! リサ! 居ないのか?!」


 二人の名前を叫び、呼び掛けるが返事は一向に返って来ない。


「……まさか、下の階か?」


 この地面の下を二人は未だに落ち続けているのか?

 私が二人を自分の背後に送り、焦熱剣で大質量の水を蒸発させた時か……それ程の距離は無かったと思うが落下中の目視であったし、大量の水が蒸発した際に発生した衝撃に吹き飛ばされた可能性もある。

 そうして生じた隙間を埋めるように落とし穴を解除する事で床を生み出し、私と二人を分断した――


「――そういう事だな?」


「百点満点をあげましょう」


 突然現れた気配に向けて問い掛ければ、何が可笑しいのかクスクスと笑いながら勇者様――いや、ダンジョンマスターが顔を出す。

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