領地簒奪編.38.獅子身中の虫その4


「勇者様、大丈夫ですか?」


「……えぇ、今のところ特に問題はございません」


 勇者様とダンジョンに潜ってまだそれほど時間は経ってはいないが、既に妙な胸騒ぎしてならない。

 アルフレッドとリサの二人は仲間の仇討ちに燃えているのか、そういった違和感は覚えてはいないようだが……勇者様も突然雰囲気が変わった以外は特に問題はない。

 一応旦那様からは勇者様も警戒するようにとは言われているが、今のところ尻尾を出す気はない様だ。


「さて、そろそろだな」


 そもそも何故下水道にダンジョンがあるのかなど、この際はどうでもいい。

 それよりも生き残りの部下達が残してくれた情報に拠れば、そろそろアレが来る。


「――来たな」


 空間全体が鳴動しているかの様な地響きに、コチラの鼓膜を激しく震わせる轟音をがなり立てながらそれは現れる。

 部下達の大半を死に追いやり、そして生き残りも分断した忌まわしき不浄の洪水。

 そしてこの罠だけでは死なないと分かりきっているからこその、そこら中の壁の向こう側に待機している悪霊共の気配。


「来ましたね、皆さん離れないように手を繋いで――」


「――いえ、必要ありません」


 せっかくこの洪水の対策を提案してくれる勇者様には申し訳ないが、わざわざ敵の罠に嵌ってやるほど私もお人好しではないのでね。


「私から離れていなさい」


「なにを……」


 剣を大上段に構え、精神を統一して魔力を練り上げる事に集中していく。

 意識を心の奥底へと送り込み、眷属神たる火雷神の加護を掬い取る。

 私の周囲に淡く光る金色の火の粉が舞い上がり、刀身が温度を上げ続け赤熱してはやがて陽炎の様なかたちとなる。


「焦熱剣――ヘヴンフレイム」


 準備が終わると同時に我々の目の前まで迫って来た不浄の洪水へと、静かに剣を振り下ろせば――激流が縦に真っ二つに裂かれるのに遅れて、全ての水分が一瞬で蒸発する。

 余波と余熱で目に見えぬ全ての不浄が祓われ、眷属神の神聖な加護により潜んでいた悪霊達もその全てが消滅した。

 後に残るのはドロドロに溶け、ガラスのようになった通路から見える下層部分のみ。


「丁度いい、このまま下に進みましょう」


 ガラス状になり、神聖な力で脆くなったダンジョンの床を踏み割り率先して下の階へと降りていく。

 特に敵も罠も存在しない事を確認してから、手を振り上げれば他の三人も後に続いてくれる。


「流石はジョット様ですね」


「この様子だと心配は要らなさそうね」


 元々私の実力を知っていたアルフレッドとリサの二人は気負っていたのが馬鹿らしくなったのか、安堵したように肩の力を抜いてくれる。

 唯一私の全力を知らない勇者様だけが、少しだけ何処か驚いているように見えるのは自惚れだろうか。


「この調子で進みましょう」


 さぁ、このまま一気に玉座の間を制圧してしまいましょう。






【どうする?】


「(どうしましょう?)」


 魂魄眼で騎士団長の魂を覗き見ようにも、アンデッドが私達の視界に入る前に焼き払われてしまうのですよね。

 勇者様の負担を軽くする為と言われてしまえば強くは出れませんし、そうするとアンデッドを消し去ると見せかけて覗く事が出来ません。

 まぁ、先ほどの大技を見る限りほぼ確実に何らかの加護を得ているのは間違いないでしょう。


「(やはり、今のまま正面からぶつかるのは良くないですね)」


【あの二人も邪魔だな】


「(えぇ、騎士団長と事を構えるのなら彼一人に集中したいところです)」


 どうにかして道中で彼らを引き離すか殺すかしませんと、騎士団長との戦いの最中に横槍を入れられても面白くありません。

 信頼できる相手から領主へと報告して貰う為に生かしておきましたが、ここに来て邪魔になりましたね。

 何故か騎士団長も私の方を気にかけているのか、時折コチラを探っている様ですし……ダンジョン内なのでバレバレですよ。


【ま、でも策はあるんだろ?】


「(当然です。無理やりにでも分断して貰いますよ)」


 唯一の懸念点はあの洪水トラップを消し去ってしまった焦熱剣とやらですが、まさかダンジョンの壁や床を破壊できるとは思いませんでした。


「(ダンジョンの床や壁って破壊できるんですね)」


【出来る事は出来るが、あんまりオススメしねぇな】


「(何故です?)」


【世界との契約に引っ掛かるからだよ。俺達の戦争はきちんとしてルールに則って行われているからな、それを破ると片方にペナルティが課されたりする】


 あれですか、玉座の間と外界が通じている、ないし到達可能でないと堪え様のない息苦しさを覚えて出来る事の殆どが機能不全に陥るルールと同じ様な物ですか。

 基本的にお互いにリスクを負って釣り合いが取れてないとダメなのでしょう。


「(ではどのようなペナルティが?)」


【この場合は俺達に対する補填だな。壊した本人が死ぬかダンジョンを出ない限り、壊された分だけ俺様の力が戻る】


「(……復活の前借りみたいなものですか)」


【そんな感じか? まぁ、壊された分は少ねぇから期待はできんが、悩むほど悲観するものでもねぇ……むしろ積極的に利用していけ】


 世界との契約とやらがよく分かりませんが、基本的には『釣り合い』が取れていればそれで良いのでしょうね。

 察するに騎士団長は、ひいてはこの世界の殆どかこの世界との契約を知らないのは確定でしょう。

 もしくは知っていて、ある程度なら対処可能と見て攻略速度を優先しているか。


「(まぁ、どちらにせよやる事は変わりません)」


【自信ありげだな?】


「(有効かどうか分かりませんが切り札もありますし、勝てる見込みもないままダンジョンに招き入れたりはしませんよ)」


 ですが、まぁ……アークを積極的に強化できるのであれば、騎士団長にはわざとダンジョンを破壊して貰いましょうか。

 失ったDPは彼本人に補填して頂ければそれで構いません。

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