領地簒奪編.37.獅子身中の虫その3
【調子はどうだ?】
宛てがわれた部屋のベッドに横たわって《監視》を使用している私の脳内に、アークの声が響き渡る。
飛ばしていた視点を生身の自分へと引き戻し、閉じていた瞼を開けて問に対しての答えを返す。
「……どうやら本腰を入れたみたいですね。地下を領域化する為のDPには困らない様です」
生き残ったアルフレッドとリサの二人による報告と、勇者としての立場を利用した私からの提言を受けた領主は事態を重く見て早期解決を図った様です。
一応の言い訳として魔眼は目覚めたばかりと伝えておいたのが効いたのか、どうやら私達が本格的に向かう前の露払いをある程度してくれようとしている様ですね。
「その為かなりの大軍が送られて来ました」
【……って事は】
「はい、ダンジョンがバレました」
小隊規模であれば何度送られて来ようと地上部分の罠やアンデッドの数の暴力で皆殺しに出来ましたが、さすがに人海戦術を取られるとそうも言っていられません。
元々一定ラインを超えて侵入して来るようなら偽の入り口へと誘導する指示は出していましたので、今すぐに玉座の間へと到達される事はないでしょう。
【どのくらい殺せた?】
「……この一週間で二百人は超えましたかね」
下水の洪水で大半の雑兵は片付けられますし、流れを操作する事で生き残った者たちも分断する事ができるので各個撃破が容易なんですよね。
それでも生き残るような一定の強者や幸運な者達であっても最終的にはカシム、ゴードン、カインの三体に倒されます。
そしてこの二百人という数字はダンジョン内に限った話であり、生還した者も下水とレイスの霊障で病気に罹って数名が亡くなった事が屋敷内でも周知されていました。死なずとも伏せっている者達を含めれば戦闘不能になった兵士はかなり多いのではないでしょうか。
【……そりゃ多いのか? それとも少ないのか?】
「この都市の人口を考えればまだまだ少ないとも言えますが……私も学習したんですよね」
【何をだ?】
「この世界は軍よりも個人の方が厄介である事をです」
いえ、もちろん数の暴力というものが脅威である事は変わりありませんし、攻め落とした都市を占領するのにも人手というものは必要になって来ます。
しかしながら、私達ダンジョン視点で見ると軍など大した敵にはならないのですよね……そもそも窒息しない程度に入り口や通路を狭くする事でコチラから一度に侵入できる人数を多少は制限できますし、侵入者の数が増えればそれだけ大掛かりな罠が威力を発揮する。
逆に群体よりもフットワークが軽く、有象無象の罠やモンスターを意に介さない程の個人が私達ダンジョンの天敵とも言えますね。相手と同じ力量を持ったモンスターなど、早々に用意できる訳でもありませんし。
「地面の中をすり抜ける事ができるレイスによって水源の探索も順調ですし、次で残りの二人と騎士団長を仕留めます……それさえ出来ればもうこの都市は落としたも同然です」
【……】
「やっと、やっとです……ここまで来れば私は自由になれる……」
【なんか不満でもあんのか?】
「当たり前です。不満しかありませんよ」
自由を求めて悪魔とまで契約したというのに最悪な立地だったせいで上手く拡張もできず、同タイミングで女神とやらが勇者召喚をしていたせいで下調べも出来ぬままに他人と馴れ合う事を強要されたのですから。
元々私は諦めていました、全てを諦めて一度はその人生を自ら終えようとした身の上です……思うがままに生きたい、面白可笑しく生きたい、そう願っても叶えられないから来世に期待したのです。
それが転生しなくとも今すぐ手に入ると思ったから、私は悪魔と契約したのですよ……それなのにお腹は空きますし、お預けはされますし、嫌いな人間付き合いもしないといけませんし……こんなのあんまりですよ。
【へっ、クソみてぇな立地で悪かったな】
「別にアークを責めてはいませんよ、貴方を復活させないと後ろ盾は得られないのですから」
あれでしょうか、自殺未遂の直後に起こった出来事でしたから何処かフワフワした気持ちでいたのかもしれません。
そのせいで心の何処かでトントン拍子に上手く行くと思っていたのかも知れませんね。
「この都市を平らげたら権能が一つ解放されるのでしょう?」
【あぁ】
「だったらもう少しの辛抱ですよ、彼らを仕留めたら派手にやります」
お嬢様の情報からダンジョンの存在がバレても……いや、ダンジョンの存在を確認したからこそ領主は外に助けを求める事を後回しにすると分かっています。
その為そろそろ私にもダンジョン攻略の声が掛かるでしょう。時間が無いのはあちらも同じで、もしも教会関係者にダンジョンの存在を知られれば厄介な事になるのですからなるべく早く解決して欲しいのが本音でしょう。
相手がダンジョンともなれば大軍よりも常人離れした個人を送る方が効率も良いですからね。
「勇者様? 居る……?」
【お嬢ちゃんが来たぜ】
「……面倒です」
【怪しまれるから早く行った方がいいぞ】
分かってますが、このお嬢様の相手もかなり疲れるんですよね。
「どうかしましたか?」
「……身体はもう大丈夫なの?」
「えぇ、もう問題ありませんよ」
扉を開け、室内へと招き入れながら簡単な受け答えをする。
神官やら医者やら呼ばれて色々と診られた時は正体がバレるのではないかと思いましたが、特に問題もなく終わったので大丈夫です。
恐らくですが、私の身体自体は生身の人間ですし、今はダンジョンとの接続も切れているので分からなかったのかも知れません。
「あ、あの……ダンジョンに行くって……」
「ダンジョン?」
「あ、あれ? 聞いてなかった? 言って大丈夫だったのかしら?」
「……もう決まってる事なら言って良いのではないですか?」
勇者としての私は知らない情報ではありますが、それでも屋敷内では暗黙の了解のような状態になっていますのでそういった意味でも問題ないと思います。
「その、アンデッドを生み出してるのがダンジョンだって判明して……」
「はい」
「その対応に勇者様の力を借りるかも知れないって……」
「なるほど」
「でも勇者様は敵に呪いを掛けられてて、何時また倒れるか分からないから心配で……」
「大丈夫ですよ」
領主側の対応をいち早く教えてくれたのは感謝しますが、全く興味のない貴女のお気持ちを伝えられてもコチラはどう返せば良いのか分からないんですよね。
「そ、その! あのね!」
「はい」
「色々と慌ただしくて、まだ勇者様の歓迎パーティーも出来てなかったじゃない?」
「別に構いませんよ」
「ダメよ! ……だから、もしも無事に帰って来たら沢山お祝いさせて欲しいの」
これは、快く引き受けるのが無難ですかね……仕方にありません。
「えぇ、分かりました。楽しみにしておきますね」
「! 約束よ! 絶対に帰って来てね!」
「はい、約束です」
私の返答に笑顔を輝かせ、周囲の使用人達に微笑ましく見守られながらお嬢様が慌ただしく部屋を出て行く――と思ったら振り返りましたね。
「絶対の絶対だからね!」
「分かってますよ」
ドアから顔を覗かせながらの念押しに努めて優しい笑顔を心掛けながら、きちんと返事をしてあげれば……今度こそ満足したのか顔を赤くしたお嬢様が去っていきました。
【パーティーだってよ、美味しいもんあるかな】
「窓を見てご覧なさい――美味しそうなのが沢山歩いていますよ」
【クックック、それもそうだな】
どうせ次の帰還で終わりです。次で騎士団長と残りの傭兵二人を仕留め、そのままこの都市の攻略に移るのですから派手なパーティーにしてあげましょう。
そうですね、お嬢様には色々と助力してくれたお礼に特等席で楽しんで貰いましょうか。
「――あぁ、早く食べたいな」
……おっと、どうやら探索部隊がついでにアレを掘り当てた様ですね。
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