領地簒奪編.35.獅子身中の虫


「許可証の確認が終わりました。お気を付けて」


 以前とは違い、市内とスラム街を隔てる門の前には多くの兵士の姿があり物々しい雰囲気で警備に当たっています。

 市壁の上にも二人組で巡回している者たちが何組もスラム街の方を睨んでおり、領主側はかなりの警戒をしている事が伝わって来ますね。

 周辺の住民も避難させ、立ち入りも許可証を発行する形で管理しているのも被害者を出さない為でしょうか? それとも――


【あ〜、久しぶりの我が家はやっぱ違うな】


 市内からスラム街へと、ダンジョン内へと足を踏み入れ自分自身と再接続する感覚に肌が粟立つ。

 今なら何でも出来る気がする……何度経験しても慣れない、この背筋がザワつく様な全能感は癖になってしまいそうです。

 それと同時に自分の本来の居場所に帰って来たような安らぎも与えてくれるので、本当に不思議な場所です。


「勇者様、少し雰囲気が変わった?」


「……少し緊張しているみたいですね」


 まさかリサに指摘されるとは思いませんでしたが、カシムとやらもダンジョンを前にして気付いていた様ですし、やはり私がダンジョンと接続した事が何となく分かる人も居るのでしょうか。

 というよりもダンジョンの気配とはいったいどの様な物なのでしょう……現地の方々にはいったいどのように映っているのか気になりますね。


「もしも気分が悪くなったら遠慮せず言ってね? すぐに引き返すから」


「お気遣いありがとうございます」


 この四人組のリーダーはアルフレッドと名乗った男性かと思いましたが、私によく話し掛けて来るのはリサだけですね。同性だからでしょうか?

 まぁ、そんな事を気にするよりも今の内に地下空間の拡張と探索隊の派遣を命じますか。


「――」


 少しの間だけ目を瞑り、スラム街と隣接する区画の地下空間をダンジョンの領域へとする。

 同時に手隙のグールとレイスに市内へと続く水路を見付けるように指示を出す。


「本当に大丈夫?」


「……ここで犠牲になった方達に黙祷を、と思いまして」


【知ってるか? それをマッチポンプって言うんだぜ?】


 煩いですね……我ながら咄嗟の言い訳としては勇者らしくて良いとは思いますけどね。


「……そう」


「俺達もやるか」


「そうだな」


 まぁ、護衛の四人が真似をしてしまって少し時間を取られたのが誤算ではありましたが。

 本当に、なんと言いますか……良く言えばお人好しな方々が多い様ですね。

 この様子であれば、私に負い目もあって御しやすそうなお嬢様に絞って情報収集をしなくても良かったかも知れません。


「よし、いつアンデッドが来ても良いように警戒は怠るな……では行きましょう勇者様」


「えぇ」


 さて、今回で半分ほど殺しますか――






 ――不思議な方だ。


「何も出てきませんね」


「送った調査隊が全員帰って来ていないから油断は禁物よ」


 自分が悲惨な体験をした場所だというのにそんな素振りは一切見せず、それどころか今回の騒動で命を落とした民に黙祷までしてみせた。

 気丈に振る舞っているのは私達に余計な心配をさせない為だろうという推測は立つが、加害者と同じコミュニティに属するであろう者たちを切り分けて考え、その死を悼む事が出来るなど普通では考えられない。

 私であればどうだろうか……自分の事でなくとも、例えばリサなどがスラムの者たちに拷問を受けたと知ればスラム街ごと潰すべきだと考えるかも知れない。


「女神様が選んだ理由が分かった気がする」


「ふっ、惚れたか?」


「馬鹿を言え」


 私の呟きに反応したゴードンの軽口に軽く返しながら周囲を見渡すが、確かに勇者様の言う通りなんの気配も無い。

 元々生気の無い場所ではあったが、それでも誰一人として見えない街中というのは異様で、ただ私達の汚泥を踏み締める音だけが響き渡るのは不気味に思える。


「どう見る?」


「さてな……あまりにも何も無さすぎるが、送った者達が誰一人として戻って来てない事を考えるとそんなハズはない」


「カインはどう思う?」


「まだ浅い部分だ。ここで全滅しても外に待機している者達が気付くだろうし、もっと進んだ先で仕掛けて来るのではないか?」


「なるほど」


「その可能性は高かろうな」


 であるならば、まだそこまで気を張り詰めなくても大丈夫か……あんまり肩肘張っていると疲れるからな。


「調査隊の足跡でも残っていればな……」


「無理だ。無数のアンデッドの足跡で掻き消されている」


「浅い部分にも出ない訳ではないという事か」


 にしても……なんだ、この感じは?

 何処にも気配も殺気も無い筈なのに、常に誰かに監視されている様な気がする。


「そういえば、四人は昔からここの領主に仕えているのですか?」


 感じる視線について考え込もうとしていると、声が掛けられ思考が遮られる。


「いえ、そういう訳でもありません」


「そうなのですか?」


「えぇ、私達は元々誓約同盟から派遣されて来た傭兵なのです」


 アウソニア連邦の北に存在する我らが故郷は山地に囲まれ、ろくな産業が無く貧しい。

 その為に他国へと兵力を輸出する事で外貨を稼ぎつつ、常に大量の軍を抱える事で他国からの侵攻を抑止している。


「傭兵ですのに、とても信頼されている様ですね」


「私達、というよりは誓約同盟の傭兵全体に対する信用ですね」


「そうなのですか?」


「えぇ、傭兵稼業が故郷の主要産業ですので信……雇い主は絶対に裏切らず、もし仮に戦場で故郷の友人と敵対する事になったとしても全力で戦う事で有名なのです」


 もしも雇い主を裏切るような傭兵が居たらソイツは同じ国の人間とは看做されない。必ず命で償って貰う必要がある。

 一人の行動が全体の信用を損ねるのなんてよくある話で、そんな事が起きてしまえば、誰も傭兵を雇ってくれなくなってしまえば我が故郷は経済的に困窮し、兵力の維持どころかまともな食事にもありつけなくなる。

 もしそうなってしまえばせっかく勝ち取った独立を奪われ、また帝国の属州に逆戻りだろう。


「とまぁ、身分的にはただの傭兵でしたので正直なところ女神様と悪魔の大戦も史実だと知ったのはつい最近なんですよね」


「……へぇ」


 まさか子どもの頃に聞かされる定番の御伽噺が実際にあった歴史で、今もこうして目の前に神話上の存在である勇者様が居るなんて少し前の自分なら信じられなかっただろうな。

 大人になってからは、いつも国や教会の偉い人達が使う大義名分としてくらいしか認識していなかった。


「ま、そういう訳でお姉さん達に安心して背中を任せてね?」


「分かりました。どうかよろしくお願いしますね」


 私の話を引き継いだリサが茶目っ気たっぷりにウィンクしながら発した言葉に勇者様が微笑み、五人の中に何処か弛緩した空気が流れ――視界の端でゴードンの首が落ちた。

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