領地簒奪編.34.戦略
「うーん」
【お、新しく解放された《監視》を使ってんのか?】
お嬢様から必要最低限の情報を抜き取った翌日――図書室で大きな羊皮紙を前で目を瞑って唸っていると、ただ一人でずっと黙っている事に飽きたのかアークが話しかけて来ました。
「えぇ、ダンジョン領域外でも遠隔で《把握》が使用できる様なので……罠や構造を弄ったり、配下のモンスターに指示を出せないのが不便ですが」
恐らくスラム全域を呑み込んでダンジョンマスターとしてのレベルが上がっていたのが原因なのでしょうが、最初に気付いた時はこうやって一つずつ機能を解放していくのかと実感が持てた出来事でした。
これだけではやれる事は大してありませんが、ダンジョンを離れながら様子を見れるというのはそこそこ便利ではあります。
【侵入者でも居たか?】
「調査を目的としているらしい者は何人か来ていますが、特に問題なく処理できています」
散発的に領主が送り出しているのだろうと推測できる兵士達などが来ていますが、どれも予め指示を出していた通りに動くアンデッド達と配置していた罠でDPに変換出来ています。
ですが送った部隊が全て未帰還となると、いよいよ領主も本腰を入れて軍を派遣すると思いますのでダンジョンの発見が早まるのが難点ですね。
あまりダンジョンの情報を持ち帰られても初見殺しなどが出来なくなるので仕方ない面はあるのですが。
【じゃあ何をそんなにウンウン唸ってんだよ】
「これを見てください」
【……この街の地図か?】
「えぇ、そうです」
アークに目の前に広げた羊皮紙――トリノ市全体を示す簡単な地図を指し示す。
「私達が地下水脈をダンジョン化したのは覚えていますよね?」
【あぁ、濁流トラップやお前の生活用水としての水源を確保する為だろ?】
「えぇ、当初の目的はそれでした……が、思わぬ活躍をしてくれそうですよ」
【あん?】
脳内に響く訝しげな声に応える様に地図の複数箇所を指でドンドン指し示していく。
その数が二十を超えたところで一旦止め、改めてアークへと問い掛ける。
「私が指し示した場所が分かりましたか?」
【……井戸や噴水、だな】
「えぇ、そうです。つまり――」
【――ダンジョンと繋げる事ができる】
「その通りです」
元々スラムに井戸があったのを見て地下水脈が通っているのではないかと当たりを付けたのですから、同じ街中にある井戸もこの地下水を利用している可能性が高い。
そして都市周辺の土地は全て領主の管理下に置かれてはいますが、一定の深度まで掘るとダンジョンの領域とする事ができる。
つまり地下水脈をさらに領域化していく事で街の至る所にダンジョンの入り口を作る事が出来るのです。
「ただ、街の地下全てを領域化する程のDPはありません」
【なるほど、それで《監視》を使いながら唸ってたのか】
「えぇ、そうです」
アンデッドを探索に出して、必要最低限のDPのみで上手く井戸の水源と接続しなければなりません。
スラムから程近い住宅街で使われている井戸の水源は問題ありませんが、同時多発的に街のあやゆる場所からアンデッドを溢れ出させた方が相手の戦力や対応力を削れますので反対側の水源も何とか領域化したいところです。
敵の水源を抑える事は戦略上とても重要な事ですので、これさえ出来れば――
「――他国の援軍を心配する必要がなくなる、短期決戦が実現できる」
この都市を落とす上で最大の懸念点が『他国からの援軍をどうするのか』という事でした。
今までのままであれば計画通りにせよ偶発的にせよ、決戦が起きた際に私が戦力を送り込めるのはスラム街からのみで戦線を一つしか作れなかったのです。
もちろん敵をダンジョンに引き込むのであれば私達が有利でしょうが、領主側に防衛に徹されるとそれだけで勝ち目が無くなってしまう。
戦線の突破に時間を掛ければ掛ける程に援軍が来る可能性は高くなり、仮に戦線を突破できたとしてもそれだけの時間があれば領主一族が街の外へと逃げる事など容易で、つまりは領地の支配権を持ち逃げされる可能性が高かった。
「しかし開戦と同時に街の至る所に戦線を作る事ができれば話が変わります」
スラム街という端の方から円を描くように、街壁の内側を沿うように外周を制圧できれば街の中心部を包囲できるのです。
そうする事で外部への連絡の一切を断てるので援軍の心配もしなくてよく、さらに領主一族が他国に亡命して完全な支配権を持ち逃げする事を防げる。
「人とダンジョンの戦争とも言えるでしょうか……戦線を押し上げる様に私達の領域を拡げていけばいずれ領主へと辿り着く」
【この策が使えたら外部からの援軍はほぼ無視できるな】
「えぇ、この都市に残存する戦力だけを相手にすれば良い……」
その為にもなるべく早く、より多くの水源まで領域を延ばしておかないといけません。
人が居なくなった地域をダンジョン化できるのはスラム街にて実証済みではありますが、上手く住民を内側へと誘導する方法も考えなければなりませんね。……外側から内側へと火でも放ちましょうか。
「早急に理由を付けてダンジョンへと赴きスラムと隣接する地域の水源を確保し、アンデッド達に探索を行わせましょう……グールとレイスあたりが適任ですかね」
グールであれば休みなく泳げますし、レイスも水の流れを無視して進めますのでこの二体を基本編成として探索に出しますか。
発見次第DPに変換した兵士達でその水源も確保しつつ、近くの住民を何人か拉致して摘み食いをしましょう。ほんの数人程度ならあまり気にされないでしょうし。
そして外周部の水源を全て確保したらダンジョンの存在をバラして強者を呼び寄せ、そのまま嵌め殺すか簡単には帰還できないようにする。
そうした間に街中に多数用意した出入り口からアンデッドを溢れさせて戦線を押し上げ、ダンジョンの領域へとできるのならしていく。
「早速ダンジョンへと帰還しますよ……丁度よく護衛の交代時間なのか、四人揃っている様ですし」
遠目に図書室の出入り口を確認すれば、扉の外で誰かが何らかのやり取りをしている気配が感じられます。
「彼らを連れて領主様に挨拶しましょう」
定期的に赴く理由は……まぁ、何でも良いでしょう。勇者の責務でもチラつかせれば良いのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます