領地簒奪編.33.情報搾取


「これがアウソニア連邦全体の地図よ」


「……なるほど、これが」


 お嬢様に連れられ、屋敷の中央棟に存在する図書室にて拡げられた地図を見て不思議な発見をする。

 街の名前なども偶然の一致だろうと思っていたのですが、何処をどう見ても連邦の地形が地球に存在するイタリア共和国にしか見えません。

 もちろん地球のイタリアとは違う部分も大いにありますし、地図の精度もそこまで高くはないので完全にそうだとは言い切れませんが……何処か地球と繋がっている部分があるのでしょうか?


「ど、どうかしたの? 私また何か失敗を……?」


「あぁ、いえ、ただ私の世界にある国と似ていると思いましたので」


「そうなの? 勇者様の世界にも連邦が存在するのね」


「……連邦、というよりは共和国ですが」


 何故これほど酷似しているのかは分かりませんが、ここで気付いた部分を変に誤魔化す利点はありませんね。

 どうせ聖王国で召喚された勇者達もこの世界の事を学ぶ過程で同じ事に気付くでしょうし、それが万が一ここまで伝わった際に嘘がバレる事の方が不利益が多そうです。

 まぁ、聖王国で召喚された者たちが私と同じ世界から来たという保証は何も無い訳ですが。


「世界地図、もしくは周辺の国家なども含めた地図はありますか?」


「世界地図は大雑把すぎて信用できないから……連邦が存在するエレブ大陸の地図はこれよ」


 そうして拡げられた地図は――間違いありません、殆どヨーロッパ州ですね。

 という事は聖王国がフランス、誓約同盟とやらがスイスですか。

 地球でもヨーロッパ大陸と呼称される場合がありますが、ここでもそうなのでしょう。


「エレブとはどういった意味があるのですか?」


「……確か古い言葉で『太陽が沈む地』とか『夕方の国』、『西の大地』という意味だったかしら」


「なるほど」


 少なくとも、ここはヨーロッパと同じく西側の地域という認識は現地民も持っている様ですね。

 まぁ、ある程度の地理は把握したところで本題に戻りますか……現状ではあまり役に立ちませんし。


「周辺国との関係はどんな感じなのですか?」


「うーん、詳しい事はまだ教えられていないけど……西の聖王国と南のジェノヴァとは係争地を抱えてて仲が悪いとは聞いたわね」


「なるほど、領土問題ですか」


 同じ連邦構成国との間でも領土問題があるのであれば、やはり一枚岩の単一国家というよりは数多の小国による同盟と言った方がより正確な気がしますね。


「集団的自衛権などはありますか?」


「しゅうだん……?」


「あー、えーと……構成国の内どれか一国でも他国から攻められたら連邦全体で反撃する様な条約はありますか?」


「……勇者様? そこまで他国の自治権を侵害するのは難しいと思うわよ? 一応お互いに助け合う事を五年ごとに確認するけれど、それだけね」


「そう、なのですか……?」


 どうやら私とはかなり認識といいますか、常識が違うみたいですね……外に向けて集団で反撃する事を示して威嚇するのは安全保障上とても合理的だと思うのですが。


「連邦は半島国家だけれど、船を持っていない国が多いの」


「……なるほど、陸よりも海を挟んでの隣国の方が多いのですか」


「流石に西の聖王国や北の帝国が攻めて来たら援軍を派遣してくれるとは思うけど、構成国にそんな義務があったら破産してしまう所が多いと思うわ」


 やはり現代の地球とは色々と事情が違うのは当然ですか……この世界の文明レベルは分かりませんが、鉄の鎧や剣を装備している兵士が多い事からあまり技術水準は高くなさそうですね。

 お風呂などの贅沢もお金持ちが多くの人手を雇う事で無理やり行っているに過ぎませんし、それを考えると船を建造するのもかなりの時間とお金が掛かりそうではあります。

 そもそもどの様な船を造るのかは分かりませんが、仮に木造船であった場合はそう簡単には作れなさそうですね……鉄器を造る際であったり、冬の暖を取るための燃料と競合しそうです。


「では他国ではなく、アンデッドの場合はどうでしょう?」


「なるほど、勇者様はそれが聞きたかったのね」


 とりあえずは条約による、お互いに戦力を融通し合うような明確な取り決めが無い事は確認できました。

 後はそうした災害やダンジョンの様な、人為的なもの以外の非常時にはどのようにこの同盟が作用するのか知りたいですね。


「……コチラから援軍を求める事は難しいと思うわ」


「弱みを見せるからですか?」


「勇者様って政治の教育が受けた事があるのかしら?」


「いえ特に」


 政治を専門的に習った事はありませんが、学校の授業の範囲に入っている部分もありますし、情報に溢れた世界でしたので普通に過ごしているだけでも専門外の知識が虫食い状態で入ってくる事はありましたね。

 まぁ、そのお陰である程度の簡単な予測が付けられますが……それだけです。


「勇者様の言う通り、街中に大量のアンデッドを発生させたというだけでも統治の手腕を疑われるのに、それを自分達で収拾できないと認める様な事は出来ないわ」


「では絶対に有り得ないと?」


「……流石に民への被害が看過できないとなったら迷わず属国にもなると思うわ」


「なるほど、選択肢は捨てないと」


 逆に言えば、ギリギリまで民衆への被害を抑えれば良い訳ですね。


「では、今回の騒動がダンジョンであった場合はどうですか?」


「ダンジョン? 勇者様は街中にダンジョンが出来たと思っているの?」


「いえ、仮の話です。私が喚ばれた本来の理由であり、皆さんが最近よく調べている様ですので」


「なるほど、そうね……」


 あまりダンジョンについて意識して欲しくはありませんが、その可能性については考慮しているでしょうし、勇者という立場になっている私が全く意識しない素振りを見せるのも不自然です。

 であるならば、ここは大胆に情報を得る事を優先しましょう。


「それも……難しいかしら? 最初に助けを求めるのは迷宮組合になると思うけど、あそこは教会の下部組織であるのは公然の秘密だし」


「それの何か問題が?」


「教会はダンジョンの撲滅を最優先に掲げているの……もしも街中にダンジョンが発生したと分かれば私達から統治権を剥奪しに来るわ」


「それは何故ですか?」


「んー、分からないけれど、『ダンジョンをこれ以上拡げない為に我々が管理する』というのが常套句かしら……まぁ、組織である以上は勢力を拡大したいのは何処も一緒ね」


 ……なるほど、教会はダンジョンについてかなり深いところまで知識がある様ですね。

 表向きは街中にダンジョンを発生させた無能の統治者よりも、自分達が領地を管理した方が民衆の為でもあり、またダンジョンを攻略できるという宣言に他ならない。

 けれどもこれをダンジョン目線で聞くと『土地の支配権は我々の手中にある。これ以上の拡張がしたければ奪って見せろ』という事になる。

 ダンジョンの悪魔、もしくはダンジョンマスター本人を表舞台まで釣り上げるのが目的でしょうか。

 いずれにせよ、そうなった場合は領主一族を確保してもあまり意味はなく、世界が実際には誰を支配者として認識しているのか分からなくなってしまいます。

 ……いえ、むしろ旧支配者を囮にする事も出来ますね。世界の認識がどうなっているのか分からない以上は前の領主も抑える必要があります。

 どちらにせよ、教会に領地の支配権を奪われた場合は旧領主一族、教会から派遣された代官を確保する事は必須ですね……もしも『支配者は教会』となっていた場合は詰みです。


「……やはり、教会は手強そうですね」


「勇者様?」


「いえ、何でもありません」


 やはり援軍を要請されない範囲で戦力を削る様に立ち回り、事を起こすのなら外から横やりを入れられる前に一気に方を付ける必要がありそうです。


「ちなみにこの街の地図はありますか?」


「あるけれど、そんな物までどうするの? 勇者様は地図が好きなのね?」


「……もしもアンデッドがスラムから飛び出した場合は戦場になるかも知れませんので、地理を頭に入れておきたいのです」


「な、なるほど! もちろん私は分かってたけど勇者様は勉強熱心なのね!」


 誤魔化すように地図を持って来るお嬢様と、そんな彼女を微笑ましそうに黙って見詰める護衛達を意識の外に追いやり、知りたい情報を真っ先に確認していく。


「どう? 何か参考になりそうかしら?」


「……えぇ、それはもう――大変参考になりました」


 ふふっ、この情報さえ得られれば――壁の内側での包囲・・・・・・・・が出来そうです。

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