領地簒奪編.32.交流


「既に十分動けるようですね」


「はぁ、はぁ……」


 騎士団長が剣術指導をしてくれるというので利用させて貰いましたが、この方ハッキリと言って人間辞めてますね。

 コチラはダンジョン外であり、変な勘繰りをされない様に兄弟子であるらしいカシムの剣術などは封印しているとはいえ、全力でやりましたのに一太刀も浴びせられなかったどころか汗一つすら掻かせる事が出来ませんでした。

 他人に良い様に弄ばれた気分になってしまったのもありますが、脳内でアークが笑い転げているのが腹立たしい。いずれ戦う敵ですよ。


「コチラの世界に来る前に何か武芸を?」


「……幼少期に薙刀術を少しだけ、ですね」


「なるほど、勇者様は剣よりも長柄の方が相性は良さそうです。ただの勘ですが」


【ほーん】


 長柄、ですか……槍や棍の武器の方が良いとは言われてもカッターナイフの携帯性が便利過ぎて今さら捨てられないんですよね。

 それに持ち運びが面倒そうですし、普段はダンジョンに置いていて召喚できるなら別ですが。

 まぁ、どっちにしろ様々な武術の術理を学ぶ事は私にとってマイナスにはならないでしょう。


「それにしても……お嬢様と何かありましたか?」


「? はい?」


 お嬢様と? ……私の身体にある傷跡を見られたくらいですかね。


「あちらを」


 そう言われ示された先を見てみれば、何やら護衛の四人と一緒にモジモジとしつつコチラの様子を窺っているお嬢様が居ました。

 何をしているのかは分かりませんが、私が騎士団長に翻弄されている場面など見ても面白がるのはアークだけだと思いますがね。


「お嬢様はあれでいて繊細です。もし宜しければ許してやってくれませんか」


 その様なお願いをされましても、そもそも全く気にしていないのですが。

 まぁ、許すというイベントを挟まなければ今後もずっとあんな感じで遠目に見張られてしまうと考えればさっさと解決しておいた方が良いですかね。


「別に構いませんが」


「それは良かった」


 私の返答に安堵した様に息を吐いた騎士団長が彼らへと手を振る。

 それを受けて顔を見合わせた五人がそろそろと近付いて……焦れったいですね。


「あ、あのっ! この前は本当に――」


「許します」


「――悪いと思って、……え?」


 なんですか、皆さんのその間抜けな面は……コチラが許すと言っているのに口を半開きにしたまま黙っていられると困るのですが。


「ですので、許します」


「えっ、と……」


 何かを、間違えた様ですね。


【おいおいおい、それじゃあまりにも愛想が無さすぎるだろうが】


「(アーク?)」


【素っ気なさ過ぎて本当に許して貰えたのか不安なんだろ? もうちょっと言葉を重ねろ】


 ふむ、そういうものですか……どうして悪魔に人間関係を諭されているのかは分かりませんが、簡単な言葉だけでは納得してくれていないのは事実な様ですね。


「……本当に気にしていませんので大丈夫ですよ」


「……本当に?」


 ふと、これは利用できると思い付く――


「――えぇ、それにいずれ自分で復讐しますしね」


 出来るだけ愛想良くを心掛け、自分なりに頑張って柔らかい笑みを浮かべながらそう答える。

 これはどちらかというと、お嬢様よりも騎士団長や護衛の四人に向けたものです。いくら拒否しても問題が起きている地に向かうぞという意思表明に他なりません。

 騎士団長は無表情ですが、四人は私の意志を感じ取ったのか目が泳いでいますね……これはまずは反対してみようと考えていたのでしょうか。

 まぁ、そもそも私が復讐するべき相手などこの世界には居ないのですがね。


「悪いのは私を虐めた相手です。お嬢様は悪くありませんよ」


「あ、ありがとう……こ、今度また埋め合わせをするわ!」


「分かりました。楽しみにしておきますね」


 ふむ、初対面の時の元気さが戻った様なのでこれで正解ですかね。


「そうと決まれば早速作戦会議よ!」


「でも私達は本来なら勇者様に付いてないといけないし……」


「この場は私が居るので大丈夫だ」


「ジョット様……ではお願いしますね」


 その様なやり取りを交わして彼らがこの場から立ち去っていく。


「私達は結局役に立たなかったな」


「ジョット様に根回しをしただろう」


「でもそれだけだ、勇者様が優しかっただけだ」


 漏れ聞こえてくる会話から察するに、どうやら一連の茶番劇には騎士団長も関わっていたみたいですね。


「……私にも娘が居ましてね」


「……はぁ」


 どうやら勝手に言い訳をしてくれるみたいですね……これは、騎士団長の心理的な弱点と言えるでしょうか。


「今も元気に生きていたらお嬢様くらいの年齢になっていたでしょうか……あの子を重ねてしまって放っておけないのですよ」


「今はもう生きていないと?」


「えぇ、この街で一番景色の良い墓地に埋めてあります」


「そうですか」


 生きていないのであれば人質には出来なさそうですね、妻がまだ存命ならそちらを利用するべきでしょうか。


「かつての私は兄弟子と競い合い、この国で一番の剣士を志しておりました……男児ならまだしも、病弱な娘にはあまり興味が持てなかったのです」


 娘にあまり興味が無かった父親、ですか……なるほど。


「家庭を鑑みなかったお陰で今の地位は得られましたが、代わりに兄弟子と妻を失いました」


「というと?」


「御前試合で私に負けた兄弟子はそのまま出奔、剣ばかり振るう私に愛想を尽かした妻は娘を置いて実家に帰ってしまいました」


 うーん、今の話を聞く限りでは妻を人質とするのは微妙ですかね。


「そんな、母親が突然居なくなったのにも関わらず幼い手で必死に庭で木剣を振るう娘を見て私の目は覚めました……そこでやっと我が子と向き合う事が出来たのです」


「それは良かったですね」


「えぇ、ですが……娘は程なくして流行病で亡くなったしまいました。もっと長く一緒に居てあげられたのにと悔いても時間は戻って来ないのです」


「そうですか」


「なので、どうか勇者様にはお嬢様と仲良くして貰いたいのです」


「勿論、構いませんよ」


 話を聞く限りですと妻子よりもお嬢様を人質にした方が良いですかね……それで剣が鈍ってくれるでしょうか。

 ですが領主の娘ともなれば警備も固いでしょうし、領主が娘よりも国民を取れば彼は躊躇なく人質ごと斬り捨てそうな気もします。

 こんなに長々と興味の無い話を聞かされたにしてはあまり収穫が無かったような、そうでもないような……微妙な気分ですね。

 ダンジョンの奥深くで、領主などの彼に命令できる立場にある者が居ない状況下であればという感じですか。酷く限定的ですね。


「それでは、続きをお願いできますか?」


「……えぇ、勿論です」


 私のお願いに、今日初めて苦笑してみせた騎士団長が木剣を構える――さて、どうしましょうか。

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