領地簒奪編.31.頭を悩ませる護衛達
「? 戻って来るのが早くないか?」
女性達の入浴が終わるまでの間、男性の兵士や使用人の待機スペースでカインとゴードンの男三人でカードゲームを興じていたところにリサが戻って来る。
見たところ風呂上がりという訳でも無さそうだし、何か重要な連絡事項でもあったのだろうか。
他の二人と顔を見合わせ、首を傾げながらも代表してリサに問い掛ける。
「何かあったのか?」
「う、うーん……何て言えば良いのかしら」
何処か歯切れの悪いリサに詳細を求めると、どうやら勇者様の身体に夥しい量の拷問の跡があったらしく、それを見てしまったお嬢様がショックを受けて寝込んでしまったらしい。
一応旦那様とお坊ちゃんから『召喚されてから暫く誰にも発見されなかった勇者様がスラムから出て来たという事は、何かしら不幸な目に遭っている可能性がある』とは注意を受けていたが……まさか拷問されていたとは思わなかった。
「女性に対してその様な仕打ちを……」
「ふむ、スラム出身の者達にも良い奴は居るが……しかし、その様な蛮行が平然と行われる環境はやはり潰しておくべきだったのだろうな」
傷の具合から見て昨日今日に付けられた物ではないらしいが、それでも比較的新しい物もあったという。
勇者様に対するあまりにも酷い仕打ちに真面目なカインも、スラム出身の者への同情心の強かったゴードンも顔を顰めている。
「アンデッドが溢れた件といい、早急に調査しなければなるまい」
「しかし、あれだけの拷問を受けておきながら勇者様はこの地で何かすべき事があると言っていた」
「……付いてくるかもしれないという事ね」
「それは……大丈夫なのか? 心的外傷に悪影響を及ぼさないか?」
自分が虐げられた現場に赴くなど、あまり良い結果を齎すとは到底思えないが。
「私からそれとなく、やんわりと拒否するつもりではあるけれど……」
「勇者様の意志が固ければ難しい、か」
「それもあるけれど、彼女が言った通りもしも本当にこの街に女神様が勇者様に解決して欲しい何かがあったとしたらと思うと……」
「我々の独断でその邪魔をするのは望ましくないな」
なぜ女神様は勇者様を最初に我々の元へと送って下さらなかったのか……いや、女神様にとってスラム街という概念自体が無いのかも知れない。
街の近くに置いておけば誰かが自分の勇者を世話してくれると、そう思ったのだとしても……いやしかし、全知全能と謳われる女神様がそんな初歩的なミスをするか?
それよりも勇者様に最初の試練を与えた、と言われた方がしっくりくる。
「……女神様の意志について、我々凡人が詮索しても良い事はない」
「アルフレッド」
「はぁ、仕方がないだろう? せめて勇者様が一人で行ってしまわない様に領主様にお願いせねば」
古の女神様と大悪魔の神魔大戦が歴史上の出来事だったのだと、そんな事を知ったのはつい最近なのだから考えても分からない。
「……そうだな、もしも勇者様がトラウマの原因と出会って動けなくなった時は俺達の出番だ」
「俺もその時は全力でお守りする」
「仕方ないわね」
仲間の三人が同意してくれた事にほっと胸を撫で下ろしていると、控え目に扉がノックされる。
「……リサ? 居る?」
「お嬢様、もう良いのですか?」
気配で分かってはいたが、あのお転婆なベアトリーチェお嬢様がこれほど元気がないとは……余程ショックだったらしい。
「私、勇者様に謝らないといけないわ……」
開口一番に縋り付くようにそう言葉を発するお嬢様の様子を見て、勇者様の傷は私達が予想するよりも酷いのかもしれないと思い直す。
女性の、服に隠れる場所にある物を見る事は出来ないので想像するしかないが筆舌に尽くし難いのだろうと。
「そうですね、一緒に謝りましょう」
「でも許して貰えなかったら? このまま仲良く出来なかったらどうすればいい?」
「大丈夫ですよ、きちんと謝れば勇者様はきっと許して下さいます」
お嬢様の動揺は相当だ。それは知らず知らずの内に他人の見せたくない物を暴いてしまったという負い目から来るのだろう。
本来であるならばお嬢様の強引さは『客人が遠慮する事ない様に』と、わざと天真爛漫に振る舞っている部分があるので良い方向に働く筈であったが……今回の場合は『行き場のない者の秘密を家主の横暴さで暴いた』という結果になってしまった。
「私達も協力しますよ」
「そうです、だから大丈夫ですよ」
「本当? 本当の本当に?」
「えぇ、勿論です」
正直なところ、まだ勇者様がどの様な人柄をしているのか分からないので安請け合いしてはダメな気もするが、このように落ち込んでいるお嬢様は放っておけないし、暫くこの家を拠点とする勇者様も領主様の娘とギクシャクしたままでは不都合も多いだろう。
女性同士のやり取りは残念ながら知識不足ではあるが、ここには女性にモテるカインも女性経験の豊富なゴードンも居る。それに仲直りに必要なのは誠実さであって、性別はあまり関係ないと思えば私でも何かアドバイスを出来る筈だ。
「頑張りましょう、お嬢様」
「……えぇ、頑張ってみるわ!」
「その意気です!」
さて、お嬢様には無責任な事を言ってしまったが……勇者様は許してくれるだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます