領地簒奪編.26.サヴォイア家


「――父上、話とはなんでしょうか?」


 部屋付きの兵に開けられた扉から室内へと入り、実の父親にしてこのアウソニア連邦の加盟国が一つ――トリノ伯国を治めるアベラルド・ディ・サヴォイアへと声を掛ける。

 私の声にコチラへと背を向けて窓から自らが治める都市を眺めていた父がゆっくりと振り返り、威厳に満ちた顔付きで自慢の口髭を指で整えながら口を開く――


「――聖王国から勇者について連絡が来た」


  父の言葉に、この最近の慌ただしさの原因を思い浮かべて苦い顔をする。

 勇者召喚……最後に行われたものを確認するのに一体どれだけの時を遡れば良いのか。

 もはや今の時代を生きる人々にとっては御伽噺と大差はなく、しかし政を行う一部の王侯貴族には確かな歴史として伝えられるそれ。

 この世を創造したとされる女神様と、名前を呼ぶのも忌避される様な恐ろしい大悪魔との大戦が最後だった筈だ。


「またですか……聖王国から何か?」


 よもや聖王国が何か企んでいるのではないかと戦々恐々としていたところに教会との連名で事実だと各国に通達したのだから驚いた……それは女神様が古の大戦と同じ規模の災厄が起きると判断なされたという事だからだ。

 もしそうであった場合は我々も大いなる神魔の戦に備えねば、ただ強大な力のぶつかり合いに巻き込まれて滅ぶしかない。

 今から戦時体制に移行したとして間に合うのか? いや、そもそも古の大戦を御伽噺だと思っている民間にどうやって説明を付ける? そう頭を悩ませていたところにまた何かを言って来たらしいが早速支援の要請だろうか?

 果たしてどんな注文を付けて来たのか不明だが、やはり大体的なダンジョン攻略あたりが無難だろう。


「うむ、どうやら――勇者の一人が失踪したらしいのだ」


「……は?」


 ダンジョン攻略、はまだ分かる……文献によればかの大悪魔はバラバラにされて封印される際に、自らが復活する余地を残す為にダンジョンを創造したと聞く。

 そのため世界中の国で王侯貴族が音頭を取り、数多のダンジョンの攻略を目指している。

 だが勇者の失踪が分からない……きちんと召喚されなかったのか?


「召喚は失敗したという事でしょうか?」


「いや、召喚自体は成功しているらしい……どうやら異世界から呼び寄せる際にある条件設定をしたそうなのだ」


「ある条件?」


「うむ、女神様と一番相性の良い青年と彼の学友達が今回召喚された勇者達なのだが……どうやらその際に一人だけ座標がズレたらしくてな」


「それは……大丈夫なのでしょうか?」


 私自身も異世界や召喚に詳しい訳ではないが、そのはぐれた一人は次元の狭間などに取り残されたりしているのではないだろうか。


「儂には分からんが、確かにこの世界には来ている様なのだ。故に聖王国は各国に使者を送って捜索の手伝いを要請して来たという訳だな」


「そのはぐれ勇者の特徴などは分かるのでしょうか?」


「ふむ、どうやら先方に寄ると長い黒髪の少女の様だ」


「長い黒髪、ですか……確かに黒髪は珍しいですがそれだけでは何とも……」


 完全な黒は私も見た事はないが、黒髪と言える様な髪色をしている人間は珍しいが決して居ない訳ではない。

 これだけでは目的の人物を探し当てる事など到底できないだろう。


「勇者様方にどんな人物か聞き取りを行ったところ、人間離れした美貌を持っているとの事だが……所詮は主観に過ぎぬからな」


「困りましたね」


「一応は異世界から召喚されたとの事で、我々には見慣れぬ衣服を纏っているらしいがな」


「当てにできる特徴と言えばそれぐらいですか」


「うむ、困ったものだ……既に配下の者に対応を命じたが、お前も気にかけてくれ」


「了解しました」


 本当に困っているらしい父上の様子に、私も苦笑するしかない。


「……む? 何事だ?」


「……騒がしいですね」


 廊下を慌てたように走って来る足音を聞き付け、父上と一緒になって部屋の扉を注視する。

 案の定とも言うべきか、焦っている様な声で入室の許可を求める声が叫ばれた。


「入れてやれ」


 父上の言葉にさっと部屋付きの兵が動いて扉が開かれる。


「お忙しいところ申し訳ございません! 街中でアンデッドの氾濫です!」


「……なんだと?」


 街中でアンデッドが発生するなどという、統治者にとってあまり良いとは言えない報告に思わず眦が吊り上がる。


「詳しく報告せよ」


「はっ! スラム街より多数のアンデッドが溢れ、市壁の門番が一人行方不明! そのまま市内にて警邏隊と一部市民達との間で戦闘が発生しました!」


 続く報告によると、溢れ出したアンデッド自体はその全てが大した能力も持たないスケルトンだった為にすぐに討伐できたものの、そのスケルトン達が出て来たスラム街を簡単に調査したところをあまりにもアンデッドの数が多く引き返して来たとの事だった。

 そして恐ろしい事に、いつも悪臭と薬物を垂れ流す頭痛の種だったスラムの住民達は最初から居なかったかの様に誰一人として残ってはおらず、全員アンデッドに成ってしまったのではないかという。


「これは……」


「ふむ……街のすぐ横にアンデッドを吐き出す地域が出来ていた事に気付かなかったとは、サヴォイア家始まって以来の恥だな」


 確かに、こんな事になるのであれば周辺国に隙を見せようと軍を動かしてスラムを潰せば良かったと後悔の一つでもするだろう。

 その過程でアンデッドを生成する原因を発見できたかどうかは分からないが、それでも早期に対処する事ができたかも知れない。


「父上、ここは私が手勢を率いて攻略したいと思います」


 他国の者達に知られ、何かを言われる前に解決せねばサヴォイア家が舐められてしまう。

 サヴォイア家の次期当主として、内政に外交と忙しくて動けない父上に変わって私がスラム街に乗り込まねば。

 それに先ほどの話とも繋がるのだ……もしこれが目覚めたダンジョンの仕業だと思うと恐ろしくて堪らない。


「まぁ、待つのだジェラルド……他には何かないかね?」


 逸る気持ちを抑えつつも、確かにまだ見落とした情報があるかも知れないので黙って待つ。


「はっ! ……えっと、その」


「? どうした?」


 途端に口篭り始める伝令の様子に訝しげにしながらも、さっさと続きを促す。


「いえ、その……どうやらスラム街に程近い場所で勇者だと思わしき黒髪の少女を保護したらしく……」


「なんだと?」


 勇者だと思わしき黒髪の少女だと? ……なんなんだこれは? あまりにもタイミングが良過ぎるのではないか。


「父上これは……」


「……うむ、その少女に詳しく話を聞く必要があるだろう。お前も同席するのだ」


「了解致しました」


 アンデッドも気になるが、異世界の勇者かも知れないその少女はいったいどの様な人物なのだろうか。

 願わくば、かの女神様の使徒らしい清廉な人柄であって欲しいものだ。

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