領地簒奪編.25.誤認勇者


【調子はどうだ?】


「……まぁまぁです」


 脳内に響くアークの声へと返事をしながら、外套のフードを深く被る。

 市内とスラムを隔てる街門を強行突破して潜り込んだは良いものの、あまりの人の多さに酔ってしまいました。

 単純に私が人間嫌いというのもあるのですが、それとは別にダンジョンとしての私が大量のご飯を前に我慢が出来なくなって来ているのです。

 どうやら私の黒髪はこの国では特に珍しいらしく、周囲の人々から無遠慮な視線を向けられていた事も私の体調不良に拍車を掛けているのでしょう。


「にしても、これは……何処に行けば良いのかも分かりませんね」


 自分のダンジョンが何処にあるのかは何となく方角が分かりますので迷う事はありませんが、そういった機能が無ければあてもなく彷徨うところでした。


【変わった建物は無さそうだな?】


「恐らくここら辺は住宅街の様なものなのでしょう」


 スラム街に程近い場所にある事から、恐らく貧困層が住まう地域だと思います。


【殺した奴らの記憶になんか無いのか?】


「そう、ですね……」


 早急に最低限の知識が欲しかったので、ギャングの幹部達のソウルオーブは全て食べてみましたが……自分の記憶では無いので引っ張り出すのが面倒臭いですね。少しずつ慣れねば。


「――こっちです」


【お?】


 彼らの記憶を頼りに足早に住宅街の路地を渡り歩いていく。

 井戸を横切り、民家の隙間を縫って、塀の上を歩き、路地裏を三本ほど超えたところで我慢できなくなったらしいアークから声が掛かる。


【なぁ、これ何処に向かってんだ?】


「……さぁ? 他人の記憶を全て奪える訳ではありませんので……とりあえず大通りに出られる道とだけ」


 まぁ、単純に考えて自分以外の他人の人生を丸ごと脳内に詰め込んでも破裂するイメージしか湧きません。


「大通りに辿り着いたら、またそこから別の記憶を辿る必要があります……人間の脳味噌の限界ですかね」


【なるほどなぁ、『脳髄のうずい』を吸収できれば話は変わりそうだな】


「……そういえばアークのダンジョンって一体幾つあるんですか?」


 割と重要な事だと思うのですが、今の今まで聞く事を忘れておりました。

 確かカシム、でしたか? という男性も隻眼のダンジョンが云々と言っていた様な気がします。


【どのくらい生き残ってるのかは知らねぇが、当初は百と八つだな】


「……結構多いですね」


【今もその数があるとは限らんがな】


 まぁそうですか、アーク以外にも活動しているダンジョンはあるでしょうから知らない内に既に共食いをし合ってる所があっても不思議ではないですね。


「優勝候補といいますか、代表的な同類はなんですか?」


 さすがに百以上ものダンジョンを細かく覚えているのは難しいですが、要注意のライバルくらいは知っておきたいですね。


【そうだなぁ……先ずはこの俺様こと神核しんぞうのダンジョンだな】


「そうなんですか?」


 まぁ、心臓という云うくらいですから重要なポジションなのは当たり前ですか。


【おう、俺様自身の生前の記憶はあんま残ってねぇが人格はそのまんまだしな】


「その言い方ですと、他のダンジョンは性格が違うみたいですね」


【全然違う。マジで他人レベル。俺様以外が主導で全て吸収したら復活というより転生ってレベルで考え方も何もかもが違う】


 何とも、まぁ……悪魔とは面白い生態をしているのですね。

 自分の身体がバラバラになるだけでなく、それぞれが違う意思を持つなどあまりにも奇怪すぎます。


「それで? アーク以外の優勝候補は?」


【おっと、そうだったな……先ずはさっきも言った『脳髄』の野郎だな】


「心臓と並んで重要な部位ですね」


【そんで『隻眼せきがん』、『口唇こうしん』、『血潮ちしお』、『鎧筋がいきん』、『狂骨きょうこつ』……ここら辺は封印直後にクソ女神が直々に名指しで指名したくらいには厄介な連中だぞ】


「……なるほど」


 名前から連想するしかありませんが、どれも人間で例えると重要な部位ばかりですから、生前のアークの力の大部分を保持してそうですね。

 ですが、同じく優勝候補であるらしい私達のダンジョンには特に変わったところと言いますか、特別優れている様な部分は無いように思うのですが。


「それらが厄介なのは何か理由が?」


【おう、そいつらが一定以上の成長レベルに達すると生前の権能が解放されるんだよ】


「ふむ」


 つまり、完全復活する前に生前の権能の一部を振るえてしまうのですね。それは確かに厄介そうです。


「つまりアークにもその権能があるんですよね? どんなモノなんですか?」


 脳髄やら隻眼やらの権能も気になりますが、まず先に自分達がどんな力を持てるのかというのは大事だと思うのです。

 心臓という最重要パーツかつ、生前の人格まで受け継いでいるのですから期待したいところですね。


【俺の権能かァ、そうだなァ……】


「……なんですか? その様に勿体ぶって」


 何故そこで言い淀むのか理由が分からないのですけど、あれですか、権能が解放されるレベルに達しないと思い出せないとかそういう感じですか。

 だとしたら面倒な事この上ないんですけど、そういうの間に合ってますのでさっさと言って貰いたいですね。


【この街を完食したら一つ解放される――とだけ言っておこう】


「ほう、ではその時に教えて貰えると……約束ですからね?」


【ハッハッハッ! って事で都市攻略を頑張ってくれや!】


 この悪魔、絶対に私の反応を面白がって楽しんでますね。


「ここ抜ければ大通りに出られる筈です……はぁ、さらに人が多い場所ですか」


【おいおい、そもそも人が集まる場所に行かねぇと情報収集なんて出来ねぇだろ】


 こんなにもウジャウジャと居るのに、誰一人として食べる事が出来ないなんて酷いです。


「おい聞いたか? スラムの方でアンデッドが溢れたってよ」

「本当か? だからさっさと潰せって俺は言ったんだ」

「勇者って何処に居るの?」

「さぁ? もしかしてこの街に居たりしてな」

「おい新人! 早く持って来い!」

「酒が飲みてぇ」

「お母さーん!」

「通して下さーい!」

「おい! 今ぶつかっただろ!」

「あん? そっちが前見てなかったんだろうが!」

「なんか兵士さん多くない?」

「最近は聖王国との取り引きが増えたな」

「待ちやがれ!」

「東の地に吸血鬼が現れり〜♪」

「ちょっとそこの人ー!」


 たった一歩……路地裏から大通りへと足を踏み入れただけで世界が変わる。

 まるで空気自体が言葉を発しているかの様な音圧に、人々の熱気、すぐ横の人に会話を聞かれるかも知れない事など気にせず、さりとてそこに誰かが居る事は認識している。

 そんな、少しばかり懐かしい都会特有の熱く冷めた空気感に思わず立ち尽くしてしまう。


【……大丈夫か】


「……行きましょう、立ち止まっていると怪しまれます」


 都会の人々は他人には興味ありませんが、周囲と違うモノには敏感です。

 路地裏から出て来たフードを目深に被った見慣れない怪しい人物が立ち尽くしていたら、直ぐに好奇の視線を浴びてしまうでしょう。


【で、何処に向かうんだ?】


「迷宮組合ですかね」


【なんだそりゃ】


「教会の下請け組織みたいなものですね」


 主な目的は私達ダンジョンの攻略であり、親許の教会と違うのは戦えるのであればどんな人物だろうと在籍できること。

 結果さえ残せるならばそれらを刑期の代わりとできる為、犯罪者達が最後に縋り付く場所でもあり、死刑囚だって出世できる組織らしいのです。

 まぁ要するに反社会的だったり身元不明の人間を、聖職者達が大手を振って集められない戦力を束ねてダンジョンにぶつけるという合理的な考えのもと生み出されたのでしょう。


「えっーと、確か……いや、この方の記憶ではなく……」


【……おい、誰か向かって来てんぞ】


 組合への道を思い出そうと頭を捻っていたところに掛けらたアークの声に反射的に振り替える――


「――失礼、勇者様ではありませんか?」


「――はい?」


 突然腕を引かれた勢いにフードを捲られ、白日のもとに私の顔と髪が晒される。

 それを見て驚いた様に目を見開いた男性が、続けて何かを確信した様子で私の手を取り跪く。


「突然の無礼をお許しください……どうか、一緒に来て頂けませんか?」


 急ぎ周囲を確認してみれば、遠目から彼と同じ様な制服を着用した方々が近付いて来るのが見える。


「えっ、と……」


【……なんだコイツ】


 なぜ私の事を勇者だと思ったのか、なぜ聖王国に居るはずの勇者がこの街に居ると思ったのか……様々な疑問が脳裏に浮かんでは消えていきますが、一先ずは――


「……早急に気配察知を覚えなければ」


「? なにか仰いましたか?」


「いえ、別に」


 カシムとやらから技能を奪った筈ですが、持っていても使いこなせなければ話になりませんね。


【おいマスター、何やらピンチか?】


 まぁ、とりあえずは――事態を把握し、途端に私を揶揄うような声色で話し掛けてくるアークをぶん殴りたいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る