領地簒奪編.24.シャバの空気


「はぁ、面倒ですね」


【まだ言ってんのか?】


 思わず漏れた私の呟きに対して、アークの呆れた様な声が返ってきます。

 ですが私が思わず愚痴を溢してしまうのも仕方がないというもので、なんとダンジョンの領域を街へと拡げるには制約があると言うのですから。

 スラムの土地は領主が半ば統治を放棄していたと世界から看做されていた為に手にする事が出来ましたが、街そのものはしっかりと治めているため『他人の支配下にある土地』という判定を受ける様なのです。

 これを覆すには領主から土地の権利を譲り受けるか、もしくは奪い取るしかありません。


「仕方ないではありませんか……他人と接するのが苦手で大嫌いなのですから、出来ればダンジョンの奥に篭って静かに支配したかったところです」


【そりゃ無理だ】


 まぁ、私もそこまで上手くいくとは思っていませんでしたが、それでも領主から土地の支配権を奪取する事が必須だなんて面倒という他ありませんよ。

 スラムからアンデッドを溢れさせて、ダンジョンに領主の兵を引き込んで終わりなら話は早かったんですがね。

 街の外に領域を拡げようにも、スラム街を囲む街壁は領主の所有物なので干渉できませんし、地下水脈から通路を街の外まで伸ばして地上への出口を作ろうにもそもそも街の外も領主の土地なので一定の深度から上は領域化できませんでした。

 本当にスラムが特殊だったと言いますか、アークが言うには『人間の認識と世界の認識は別』らしいので、探せば他人の土地でもダンジョン化できる部分があるかも知れませんが。

 まぁ、これから覚えておきましょう。既に誰かの物になっている土地を奪いたければ支配者を確保、もしくは屈服させる必要があると。


【ま、どうせ悪巧みしてんだろ?】


「……えぇ、まぁ」


【どんな感じに領地を簒奪するんだ?】


「そうですね、先ずは騒ぎを起こして街に潜伏したいです」


 街壁をダンジョン化できればこっそり出入口を作る事が出来たのですが、それはできませんのでダンジョンからスケルトンを送り出して街の兵士の注目を集めた隙に潜入します。

 先ずは領主側から大々的に発表されているらしいという、勇者召喚について軽く調べつつこの街が持つ戦力や周辺諸国との関係を知りたいですね。


「ほら、ギャングの彼らが言っていたでしょう? 隣国で勇者召喚が行われるのに合わせて裏社会の掃除がされたんじゃないかって」


【……あぁ、あれか。あの女神ならしてんだろうな】


 ガリア聖王国とやらに行った事もなければ、最低限の知識すら保有していませんのでどんな国なのかよく分からないのですけれどね。

 まぁ、彼らの口振りから察するにかなりの大国らしいのですが……マトモな地図もないので大凡の大きさも分からなければ、今居るアウソニア連邦との比較すらできません。


「何はともあれ、先ずは敵の規模を知らないと話になりません……街の中を見て回るだけでも違うでしょう」


 スラム街だけで約二千人の人口があった事を考えると、私達のダンジョンがあるこの都市もそれなりの規模がありそうですけれど。


【上手く行くのかぁ?】


「消去法でそれしか出来ないとも言えますね、そもそもこの世界の一般常識や風俗すらも知りませんから……一回それで失敗したでしょう? 世間知らずのお嬢様を装うにしても流石にこの国境の街を知らないのはおかしいと」


【あー】


 初めてスラムの探索範囲を広げ、ダンジョンまで人を誘き寄せた時に情報収集をしようとして『流石に何でそんな事も知らねぇんだ』と怪しまれましたからね。

 領主一族に近付くにしても、この街の中でダンジョンに出来る特異な地域を探し回るにしても、社会的地位も信用も無い現状では大きな動きは出来ません。

 どうにかしてこの周囲を敵の土地で囲まれた状況を打破しなければ。


「私を召喚したのが千年単位の引きこもりですからね〜、聖王国とやらに召喚された方達はきちんと一般常識とかも教えて貰えるのだろうと思うと羨ましいですね〜」


【……悪かったな】


 私の揶揄いに対して露骨にいじけて見せるアークですが……この悪魔、割と人間っぽい反応を返しますね。


「……話している内に街とスラムを隔てる門が見えて来ましたね」


【あれがそうか】


 私達の前方……静かで不衛生な、生活排水などで汚泥と化したスラムの道の先に市壁と門番が見えて来ました。

 恐らくあれはスラムの住人達が間違っても市内に入り込まない為の隔たりなのでしょう。

 汚い物に蓋をする、隔離とも排斥とも言える処置ですね……こういった事がスラム地域を治めていないと世界から看做された原因でしょうか。


【門番が居るが……どうする?】


「他に方法も無いので強行突破ですね――《配置》」


 ダンジョン機能の配置により、私の周囲に多数のアンデッド達を出現させる。

 これは同じダンジョン領域内であればどれだけ離れていようとダンジョンの資産を移動できる機能であり、このスラム全域を支配下に置いているからこそ出来る事です。

 そのまま元はスラムの住民であった彼らに対して門へと突撃する様に命令を下しながら悠々と歩いて行く。


「なっ?! スケルトンだと?!」


「何故スラムからアンデッドが!?」


 ダンジョン機能の『把握』を使用し、様々な角度や位置から市壁を観察してみますが……なるほど、普段からなのかは分かりませんがここに配置されているのは門番二人だけの様ですね。

 壁の上を巡回する役割の兵士もどうやら今は居ない様です。


「一旦ここは放棄するぞ! 上に知らせなければ!」


 脅すため、また予想外に兵力があった場合を想定して五十体ほど呼び寄せましたが……ちょっと多すぎたみたいですね。


「あっ、一人は捕らえて下さいね」


 とりあえず《俊足》の技能を持っていたスケルトンに命令を下し、門番の片方を捕まえてもらいます。


【何するんだ?】


「街や領主に関する情報を持っていないか後で拷問します」


【ほーん】


 もう一人は逃がして、このスラムに異変がある事を……少なくともアンデッドが溢れている事を上に伝えて貰う役割を全うして貰いましょう。

 異変の原因を突き止めようとスラムに侵入するという事はダンジョンに突入するのと同義であり、そうなればスラムを丸ごと飲み込んで改装した罠などで領主側の兵力をチマチマと削る事が出来ます。

 コチラの準備が整うまで、もしくはアチラがダンジョンの存在に完全に気付く前に出来るだけ少しでも戦力を減らしておきたい。

 あぁ、そうですね、ついでに領主側が必ず解決に動かねければならない様にしますか。


「――“能無し”はそのまま街に雪崩込み散開、程々に被害を出しなさい」


 捕らえた門番の片割れをダンジョン奥地に連れ帰る者達とは別に、特に大した技能などを有していなかった人間が素材となったスケルトン達に街への侵攻を命ずる。

 特に失っても痛くない彼らは領主という鯛を釣るため海老の役割を与えましょう。


「……さて、私達も市内へと足を踏み入れましょうかね」


 多数のスケルトン達に踏み荒らされた道を進み、破壊された市壁の門を潜る――


【――どうだ? 久しぶりのシャバの空気はよ】


 と、同時に投げ掛けられたその質問に対して緩く小首を傾げつつ、少しばかり間を置いてからニヤニヤとした顔のアークへと答えを返す。


「埃っぽいです」


【……そうかい】

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