領地簒奪編.23.躍る夢


 ――夢を見ている。


 何故そんな事が分かるかって? ……そりゃあ、目の前のユーリが小さくなってるからだよ。


『もっと足を上げて!』


 ここが何処かは分からねぇが、壁と一体化した鏡に向かって特定の姿勢を維持してんな。

 金切り声のキツいババァから叱咤されながら言う通りにするコイツは……落ち込んでいる訳でもなければ怯えている訳でもなく、何を考えてるのかさっぱり分からねぇ。


『顎を下げない顎を下げない!』


 無理やり顎を力強く掴み上げられながら髪を引っ張られ、背中を思いっ切り拳で叩かれていやがる。

 周囲を見渡せば他の奴ら、ユーリよりも多少は上の年齢の奴らが優雅に舞っているのを見るにダンスの教養か……へぇ、バレエって言うのか。


『熱心に指導して貰えて良かったわね』


 そんな事を宣うのはユーリの母親らしき人物で、自分の娘が殴られ叩かれ髪を引っ張られているというのに呑気な感想しか抱かないらしい。

 というか、コイツってユーリを召喚した時に一緒に付いてきた遺体じゃねぇか……って、そういやアイツのステータスに《親殺し》とかあったな。


【お?】


 一瞬、ほんの一瞬だけ全てを諦めた様な目で中空を見詰める幼いユーリと目が合った気がしたが、すぐに逸らされてしまった……気のせいか?


『……』


【……】


 にしてもコイツ、本当に――






【――楽しくなさそうだな】


「はい?」


 俺様の呟きに返ってきた聴き心地がいい声に視界を有効にすれば、玉座からコチラを胡乱気な目で見詰めているユーリと目が合った。

 スマホとやらを手にしているところを見るに、どうやらダンジョンの情報を見てまた悪巧みしていたらしい。


「寝惚けているんですか? というよりもアークは睡眠が不要ではありませんでしたか?」


【不要ってだけで寝れない訳じゃねぇ……それに今回はダンジョンの成長に伴ってお前との繋がりが深くなったからな、休眠状態の方が色々と都合が良かったってだけだ】


 領域といえば下水道の一角のみで、何をするにも必要なDPすら雀の涙程度しかなかった最初の時と比べればここ短期間で大きく変わった。

 相性最高のダンジョンマスターを得て、ダンジョンの領域は下水道どころかスラム全域という数十倍へと拡張され、DPもスラム在住だった2000人分の魂から一気に獲得できた。

 一部ロックされていた機能も復活の兆しを見せているし、その結果としてマスターとの繋がりが深くなった。


【そのせいで変な夢を見ちまったぜ】


「悪魔も夢とか見るのですね」


【たまにな……そういやお前バレエとか習ってたのか?】


「……それも繋がりとやらが深くなった影響ですか?」


【あぁ、情報なんかを整理する過程でお互いの過去を覗いてしまう】


 ユーリの反応を見るに、やはりあの夢はユーリ自身の過去だったと思って良さそうだ。


【今も踊れんのか?】


「さぁ? 家が没落してからは習い事の一切を解約しましたからね」


【ふーん】


 そういうもんか? やっぱり金とか掛かるのか?

 人間の、ましてや異世界の事情なんてよく分からねぇと首を捻っていると徐ろにユーリが玉座から離れる――つま先で立ち、両腕を持ち上げた。


【――】


 ――シン、と空気が切り替わる。


『……』


 生者だった時の感覚が残っているのか怪しいくらい、感情の希薄なスケルトン達も思わず魅入る程に……薄目で、集中した顔を斜め下に向けるユーリは何処かあでやかだった。


「……」


 クルクルと回り、続いて上体のみを倒した体勢を片足のつま先のみで支える。

 スラリと延ばされた右手の、そのたおやかな指先の動き。

 そこから身体全体を使って一本道となる様に上げられた右脚の美しさ。

 サラサラと耳に掛けられた濡れ羽色の黒髪が重力に引かれて彼女の顔の横を、滑る様に落ちていく。


「〜♪」


 興が乗ったのか、人間の耳では聞き取りづらい程度の音量で鼻唄を歌いながらユーリは軽やかにステップを踏む。

 その場で回り、また跳ぶを繰り返す――遠心力に引かれて軌跡を描きながら色香を撒き散らす長く美しい黒髪に、ブワリと浮かぶ制服のスカート……さらけ出される真っ白な脚がなまめかしい。

 太ももに残る痛々しい火傷や裂傷の痕すら彼女を彩る華となる。

 悪魔すら魅了するとは、中々やるじゃねぇか。


【回転にも色々あるんだな】


 そんな、ちょっと負け惜しみが混じった声を漏らす俺にユーリは流し目で一瞥をくれる。


「――こんな事も出来ますよ?」


 そう言って、ユーリはクルリと縦に回転した・・・・・・……まるで奴の脚が時計の針になったが如く、重心を支えるつま先立ちの軸足は全くブレずにあまりにも自然に。

 下着が見える事すらお構いなしに、あまりにも優雅に奴の身体が流れる。

 気が付けば俺は拍手をしていた。そんな俺に釣られる様にスケルトン共もだ。

 幽体の俺と骨……そんな奴らの拍手なもんでちょっと寂しい気もするがな。


【良いものを見させて貰った】


「それはどういたしまして……所詮は数年前に中途半端に辞めた身の上で、プロが見れば鼻で笑う程度の練度ですがね」


【いいや? 俺は良い芸だと思うぜ?】


「そうですか」


 別に特定の演目をした訳でもなく、適当に覚えている限りのバレエの動きを繰り返しただけですけれどね――そんな事を言うユーリに俺は肩を竦める。


「芸事と言えば元々は神に捧げる物と聞いた事がありますが、それは悪魔にも適用されるんですかね?」


【良い事を教えてやろう――悪魔の大半は貶められ、または堕天した神や天使だぜ?】


「……なるほど」


 俺の答えに納得したのか一人で勝手に頷くユーリに苦笑する。

 まぁ、俺自身がいったい何者であったのかどうかはよく分からねぇんだけどな……こればっかりは失われた俺の一部を吸収して思い出すしかねぇ。


「それよりもアーク」


【あ? なんだ?】


 自分の過去に思いを馳せていると、本題を思い出したと言うかの様にユーリが口を開く――


「――ダンジョンが拡張できないんですけど?」


 そういえば直前までスマホを睨み付けてたなと思い出しつつも、不機嫌そうなユーリの顔を見て思わず笑みが溢れる。

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