スラム街編.20.悪霊の女主人


「絶対に殺すッ!!」


 広場の端で怨嗟の声を上げ、殺意を滾らせながら怒りに濁った目で睨み付けて来る男性を魂魄眼を発動しながら観察する。


「魔眼っ!? ……そうか、貴様が」


 魂の大きさは身体からはみ出る程に大きく、その輝きは濁った光を放っていますね。

 見た目としては常に俯き、下からナニカを睨めあげる様に見詰めながら手だけは上に伸ばし続けているという、何とも感想に困るのです。

 あれでしょうか、やはり魂の見た目にはその人物の性格や人生経験が反映されるのでしょうかね。


「一つ聞こう、貴様は『隻眼のダンジョン』か? それともそのマスターか?」


 ……隻眼のダンジョンとは初めて聞きましたが、恐らくはいずれ私が攻略しなければならないアークの一部なのでしょうね。

 眼球だとか、視界などではなくて隻眼というところに引っ掛かりを覚えますが……まぁ、そこは後でアークに尋ねましょう。


「それを聞いてどうするのです?」


「貴様がダンジョンであるならば私の手を取れ、マスターであるならば奪い取る」


「ふむ、なるほど……」


 この世界の常識は持ち得ていませんが、ダンジョンにマスターが居る事は一般に知られている事なのでしょうか。

 下水道の入り口付近で既にこの場がダンジョンだという事に気付いていた様子ですし、それでもなお奥に進んだ理由が分かりませんでしたが彼がこのダンジョンの支配者に成りたいが為ならば納得です。

 この世界でのダンジョンの立ち位置を早急に知る必要がある事を再認識しましたが、それはそれとして間抜けな中年男性に一つだけ答えてあげましょう――


「――無様な姿しか見せていない内から思い上がりも甚だしい」


 胸の下で腕を組み、逸らした顎に指を添えて細めた目で汚物に塗れた男性を見下して言い放つ。

 確かにこの方は強いのかも知れません……あれだけダンジョンの罠を畳み掛けておいて仕留め切れなかったのは素直に悔しく思います。

 ですが、ダンジョンの事に気付いておきながら後方で一人ニヤニヤと勝手な妄想に耽り、せっかくの集団を活かすでもなく持て余し、死にこそしませんでしたが一連の罠でいいように弄ばれ、汚物に塗れて悪臭を放つ小男の手を誰が取ると言うのでしょうか?

 そんな無様成人男性に手を差し伸べられる事も、なんなら力づくで屈服させられると思われている事が心外です。


「醜男、身の程を弁えなさい」


「小娘、身の程を知れ」


 男の腕がブレる刹那――二人の間にある突き出す床の罠を発動しつつ姿勢を低くする。


 ――ザンッ


 瞬時に細切れにされる床の柱を横目に周囲に複数のレイスを召喚し、ほぼ同時に霊障を命ずる。

 即座に排除行動へと移ろうとする男へと、周囲の壁に潜んでいたスケルトン達が投石を繰り出す。


「……チッ」


 石を剣で弾く男へとそのまま駆け出し、首を狙ってカッターナイフを突き出すも……これは防がれる。

 私から意識は外していなかったのもあるとは思いますが、刃を出す時のギチギチという音に既に反応していましたね。

 下水が耳に入り込んでいる事を期待していたのですが、流石に聴覚はそこまで奪えてはいない様です。


「――シッ!」


 つい最近までペンか箸くらいしか握った事のなかった身の上で、あからさまな剣士と剣術勝負をする気はありません。

 魂魄眼の副次効果で多少良くなった動体視力と勘を頼りに振り下ろしを右に回転する様に避けながら距離を取り、そのまま振り返る動作と同時に間合いの外から無造作にカッターナイフを薙ぐ。


「――……」


 ほんの一瞬だけ怪訝な顔をした男が慌てたように仰け反り、その間抜けな面が存在していた空間をカッターナイフの伸びた刃が軽い音を立てて通り過ぎていく。

 これで相手はコチラの武器が見た目通りの間合いではないと気付いたはずで、つまりは予想外の位置から攻撃される可能性がある限り無視は出来ません。

 今ここでの私の役割は自らが囮になり続ける事……敵に私への対応を強いる事で、フリーになったレイスが彼に病魔を振り撒いてくれる。

 そうでなくとも下水には『毒石(小)』を仕込んでいましたので、彼が激しい運動をすればする程にそれは身体中に回っていく。


「……やりなさい」


 苛立ったように私へと向かって来る彼の気勢を制するように投石が降り掛かり、落とし穴に潜んでいたグールが足首を掴む。


「鬱陶しい――小癪なッ!!」


 足首を掴んだグールに剣を振るう瞬間に合わせてソレに自爆を命じ、至近距離から腐肉の散弾を受けた彼へとカッターナイフを振るいますが……浅かったですね、踏み込みが甘かった様です。

 私がこの世界で獲得した戦闘経験など、始めたばかりの一号との特訓とスキルオーブから得たチンピラ達の雑な技術のみ。

 その様な体たらくではきちんと剣術を習った相手に対して、例え上手く隙を作れてもそれを活かす事すらままならない。

 ですが、数多の死霊とダンジョンの罠を駆使する事で戦いにはなっている。


「そのグール、下水に漬け込んでいたものです――貴方とお揃いですね」


「――ッ!!」


 自らの足下にある罠を発動し、押し出されるように空中へと跳躍する。

 一瞬だけ遅れて断ち切られる床の柱を尻目に、《改造》によって伸ばした刃の一部を切り離して眼下の敵へと飛ばす。

 カッターナイフを依り代にしている二号が悲鳴を上げるもそれを黙殺し、肩に刃が突き刺さりながらも私の着地を狙って振るわれる剣閃をレイスの微弱な念動によってコンマ数秒ほど滞空時間を延ばす事で避ける。


「チッ……だが、戦闘は不慣れなようだな?」


 着地と同時に後ろへ跳び、距離を取る私へと今までと違い落ち着いた声が掛けられる。


「今まで散々チャンスはあったのにそれを不意にして、同レベルの剣士が相手であれば私はとっくに死んでいた」


 焦りから一転して見る見るうちに私を見下す目付きへと変わる男に『冷静になってしまいましたか』と考える。

 あれほど小馬鹿にしてはおちょくり、挑発したというのにこの戦闘でのたった数度のやり取りで私の底を知り安堵した様です。

 見た目や言動は小物っぽくても、この世界に来て初めて出会う強者である事に変わりはないという事でしょう。


「底は見切りました――アナタはただの人間」


 間合いの外から伸ばした刃を振るうも、その軌道自体を見切られほんの少し身体を傾けるだけで回避される。


「つまりは、偶然未発見のダンジョンを支配できただけの小娘」


 急ぎ刃を短くし、無造作に振るわれる逆袈裟の一撃を受け止め――切れずにそのまま吹き飛ばされる。


「罠の発想は素晴らしいと認めましょう……えぇ、悔しいですがそれは事実です」


 四方八方から投擲される石を弾き、落下する吊り天井を両断して、抵抗力の強い彼自身ではなく纏う服を狙った念動による枷も持ち前の筋力に意味を成さない。


「ですがそれだけ! あの水流トラップで私を仕留め切れなかったのがアナタの敗因です!」


 落とし穴を飛び越え、急加速で接近してくる彼に罠の発動も間に合わず、他モンスターの妨害も当たらない。

 咄嗟に横へ跳躍するも、それを読んでいたかのように顔を蹴り飛ばされる。


「こんな素人がマスターになってしまうなど、このダンジョンもあまりに運が悪い――ぶっ?!」


 ゆらゆらと起き上がり、無造作に口に溜まった血を吐き捨てながら立ち上がる私の、その垂れ下がる前髪の隙間から予定よりも早く・・・・・・・出て来た青い炎・・・・・・・が男を殴り飛ばしたのが視界に入ってくる――


【――言われてんぞ、マスター】

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