スラム街編.19.霊と病その3


「――ッ!!」


 見えない、何も見えない……それどころか目が開けていられない。

 元々暗い地下にあるダンジョンだった事もあるが、そもそも私の身を運んでいるのは下水の濁流!

 狭い通路を流れる大量の汚水の勢いに上下の感覚すら覚束ない。

 先ほどまで周囲に居たはずの味方の所在など分かるはずもなく、それどころか体勢不利なこの状況下で唯一水流の影響を受けないレイス共が集って来る始末!


「(舐めるなッ!!)」


 即座に抜刀、後に一拍で六連の斬撃を放つ事で周囲のレイスを駆除しつつ水流を一時的に断つ――


「――スゥっ!」


 再度濁流が迫るまでの一秒にも満たない刹那の滞空時間で素早く息継ぎを行い、その身に掛かる重力から上下の位置を知る。


 ――ドドドドッ


 またもや下水の濁流に呑み込まれてしまうが、上下の感覚を取り戻したのであれば問題はない。

 レイスの霊障に注意しつつ、むしろこの流れに乗って最深部まで一気に近付き――


「――っ?!」


 自らの身体に組み付き、歯を立てる存在に驚愕する――いったい何時現れたのだ?!

 そもそも何故この濁流の中で私を認識し、そして口を開けていられる?!


「ッ!!」


 組み付かれた時の感覚からして恐らく敵は人型であるはずで、であるならば尚更不可解だ。

 この様な流れの激しい濁流に揉まれれば水流を掴む肉を持たないスケルトンでは満足に泳げず、レイスであれば物理的な攻撃などして来ないはず。

 この場には私と、この罠に犠牲になった貧民達が……


「(……なるほど、グールか)」


 恐らくこの濁流に揉まれ、幾人かが死亡したのだろう。そしてその死亡した者の死体を使ってこのダンジョンはアンデッドを作成したのだ。

 グールであれば生前の運動神経や知性をある程度は備えているし、海とほど近いこの街で泳げる者は多い。

 つまり私は役立たずの無能に死後も噛みつかれたという事だ。


「(腹立たしいッ……!!)」


 幸いにして多少泳げるとは言ってもやはりこの急な流れでは上手く体勢を維持する事は出来ず、グール共も私へと一気に殺到する事は無いらしい。

 海中で海棲モンスターを相手にするよりかはマシだが、ここはここで環境が不衛生すぎて目も開けていられないという問題がある。

 視界が効かず、絶えず下水に流され続けるこの状況下で何とか気配を頼りにグールとレイスを斬っていかねば勝機は――不味い! 急に流れが変わった!?


「――ガッ、ポボッ?!」


 思いっ切り壁に激突し、そのままその壁を迂回する様に流された事で事態を把握する。

 恐らくあのせり出す壁の罠だ、その罠で無理やり下水の流れを変えたのだ!

 クソが! 思わず空気を吐き出し、下水を口に含んでしまったッ!!


「(本当に畳み掛けて来ますねッ……!!)」


 一つ一つは大した事のない罠を組み合わせてこれ程までに……もしやこのダンジョン、既にマスターを見付けているのか?

 ぐっ、少しでも隙を晒せばレイス達が急速に近付いて来る――


「――ッ!?」


 今度はなん――落ちる?!


「ふざけやがってぇぇえ!!!!」


 待ち望んでいた濁流からの解放とは素直に喜べる筈もない。

 まるで滝から突き落とされる様に、唐突に排出されて勢いそのままに自由落下していく。


「ふんっ!」


 私に続いて排出されていく、生前の面影を残すグール共を落下しながら斬り捨て――今度は吊り天井かッ!!

 クソっ!! 目に下水が沁みて視力が低下している!!


「シッ!」


 刀身を魔力で伸ばし、振るう事で無理やり落ちてくる天井を切断する……が、それら一連の対応に追われた事で上手く受け身が取れずにそのまま地面へと激突してしまう。


「ガッ!?」


 肺の中に溜まった空気と口に入り込んでいた下水を一緒に吐き出す。

 衝撃と汚物を口に含んだ事による吐き気で上手く呼吸が整わない。

 少し遅れて身体中のあちこちから主張される痛みに、どうやら気付かぬ内に色んな場所をぶつけていたのだろうと悟る。

 そして頭から滴り落ちる生暖かい液体の感触……下水の流れが急に変わった時に頭をぶつけて出血したのだろう。


「――どうでしたか? 私の用意したアトラクションは」


 頭上から降り掛かる美しい少女の声の方角に、怒りに肩を震わせながらゆっくりと視線を向けていく。


「小娘ぇぇえ!!!!!! 貴様の仕業カァッ!!!!!!」


 ここまで他人からいいようにされた経験などある筈もなく、それが自分よりも一回りも二回りも歳下の小娘とあっては私のプライドはズタズタだッ!!


「どうです? 汚物と一緒に流された気分は――と、この国って水洗なんですかね?」


「何を意味の分からない事をッ!!」


 気分なんか最悪に決まっているだろうに!! コイツは私の事を馬鹿しているのか?!


「目が充血していますね……怒りからでしょうか? それとも下水が沁みて?」


「黙れッ!!」


 黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れッ!! 黙れぇぇえ!!


「貴様はこの私を侮辱した! 万死に値する!」


「ふふっ、こんな事を言ってますよ」


「笑うなッ!!」


 この女は、私が、絶対に、この手で殺すッ――!!

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