スラム街編.18.霊と病その2


「クソっ、まただ! いったいどんな改造してやがんだ?!」


 向こう岸に渡る為の橋が崩れ、下水に落ちた仲間を引き上げようと駆け寄った者が落下して来た吊り天井に押し潰されたのが先程の出来事。

 唐突に矢が飛んで来たりしないだけマシではありますが、罠のどれもが殺意が高くて参りますねぇ。

 頭の悪い貧民がどれだけ死のうが関係ありませんが、あまりにも消耗が早い……というより、彼らの動きに違和感があります。

 私の雇い主にしたってそう、こんな街中にダンジョンがあるとは思えなくても流れ着いたばかりの余所者がこうも自分達に気付かずに下水道を改造したと素直に信じてしまっているのもおかしい。

 まるで頭が上手く働いていない様な、心做しかフラフラしている様にも――


「――してやられましたね」


 違和感の正体に気付くと同時、怒りに任せて魔力を纏わせた剣を振るう。

 空気を割る破裂音に一拍遅れて、まるで耳の中で直接鼓膜を掻き毟るような不快な金切り声が辺りに響き渡り、隠れ潜んでいた存在が消失していく。


「な、なんだ今のは……」


悪霊レイスですよ」


「まさか」


「えぇ、近くに居るだけで生者の生気や思考力を奪っていく害悪です」


 読めました。殺意があれども存在さえ分かれば対処が容易な……少なくとも私レベルの剣士であれば避ける事が容易な派手な罠ばかりなのは本当にそれだけで殺すつもりなどはないから。

 本来の目的は下水を撒き散らして我々に接触させる事でしょう。そして派手な罠で意識も引かれますから、レイスの様な存在感の薄いモンスターが何処かに潜んでいても特別勘が鋭い者でなければ気付きにくい。

 そうしてまんまと下水という名の病原菌を目や口から摂取した我々を、レイスが生気を吸い取る事で急速に体調が悪化している。


「――アナタ達は強制的に風邪を引かされたようです」


「そんな、まさか……」


 まぁ、驚くのも無理はないですがね……かくいう私もこのような悪辣な罠は初めて経験しますよ。

 彼らの動きに精細さが無いのも、あまりにも警戒心が疎かなのも、全ては風邪による体調不良と思考能力の低下によるもの。

 私自身は下水を被ってはいないものの、これだけ不衛生な環境で空気を吸っていれば遅かれ早かれ彼らと同じく風邪を引いてしまっていたでしょう。早く気付けて良かった。


「チッ、これでは肉壁が本当に肉壁にしかならないではありませんか……」


 下水の噴水などただの嫌がらせにしかならない、下品で意味不明な罠だと侮っていましたね――最低最悪で悪魔の様な罠でした。


「引き返すなら今ですが……」


 退路は文字通り壁で塞がれており、無理に撤退しようと思えば途中で下水を泳いで渡らねばならない。

 しかしながら下水の威力を理解した今となっては選択しづらくなってしまいました……しかしながら下水の底に何やら落ちた者を引きずり込むナニカが潜んでいるのは確実で、だとすれば撤退するなら囮の多い今しかない。

 ですが――下水をぶっ掛けられて撤退しましたなどと、そんな理由で敵から逃げ帰るのは私のプライドが許さない。


「絶対にここの主を殺して差し上げねば」


 下水道のダンジョンに相応しい末路を用意してあげましょう。


「ほら、さっさと先に進みなさい」


「待てよ、俺たちは敵に病を振り撒かれたんだろ? だったら一旦戻って――」


 口答えした無能の首を無造作に刎ね飛ばす。


「はっ?!」


「お前何を?!」


「聞いていましたか? 私は先に進めと言ったのです」


 驚いたようにコチラに視線を向ける有象無象共に呆れながら、淡々と告げていく。


「元々戦力として見なしていませんでしたが、ここに来ていよいよ無能に成り果てた君達に出来る事はその身を以て罠を発見する事です」


「テメェ! 黙って聞いてりゃ――」


「――このように今すぐ私に斬られて死ぬのと、罠を発見して回避するという可能性に賭けるのと……どちらが良いですか?」


 そう言って脅してやれば残りの面子は恐怖に青ざめた顔で黙って歩き出しました。

 どうせ引き返したところで我々の弱体化を知った別組織に攻め込まれるのですから、ここいらで余所者に勝ったという事実が必要だと気付きそうなものですがね。やはり思考能力を奪われた弊害ですか。


「レイスは私が対処してあげますので、体調が悪化して病死する前に急ぎなさい」


 私の雇い主は……あぁ、これはもうダメですね、最早ギャングのボスとしての威厳も風格もなく、何処に居るのか分からない悪霊に怯えて下水からもなるべく遠ざかろうとしています。

 スラムの貧民にとって病死が一番身近で恐ろしいとは聞きましたが、彼は成り上がって暫く無縁でいたせいなのか、また病魔と隣合った事が酷く恐怖心を駆り立てられる様ですね。

 これはもう見切りを付けて、ダンジョン攻略に失敗した時は彼の首で別の組織に取り入るのが良さそうです。


「な、なぁ、流石におかしくねぇか? 何で余所者が俺達の縄張りでこんな改装が出来てんだよ……」


「確かに」


「ほ、本当に俺達が相手してんのは人間なのか?」


 レイスを排除し、一度冷静になった影響かこの場の不自然さに気付いて来たようですね。

 その調子で頑張って罠を発見して――


 ――ガコン


「? 何の音です?」


 はて、背後から聞こえた様でしたがいったいどんな罠が――


「――洪水?!」


 我々が来た方角から地鳴りを響かせながら大量の汚水が急速に流れ込んで来る。


「馬鹿なっ?! まさか本当に侵入者を撃退する気がない!?」


 壁で退路を断つのはまだ分かる……それによって敵を下水に漬け込む事が出来るからだ。

 だが、奥から出入り口ではなく、出入り口から奥へと敵を流し込もうとする意図が分からない!

 まるで奥へと引きずり込んでコチラを逃がさない様にするかの様な――


「ま、不味い! 逃げ切れな――」


 最後まで言い切る暇もなく、強い衝撃に全身を打ち付けれながら身体が激しい流れに翻弄されていく。

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