スラム街編.17.霊と病


「これはこれは……ははっ、なるほど」


 雇い主と敵対する者達がなぜ下水道なんかを根城としているのかさっぱり分かりませんでしたが、なるほど――ダンジョンだったとは。


「? おい、どうした?」


「いえいえ、何でもありませんよ」


 今までこのダンジョンが取った行動から規模は小さく、または目覚めたばかりの飢餓状態、もしくはその両方だと推察できますね。これだと私でも攻略できそうです。

 しかしダンジョン内では不思議な力でコチラを常に監視しているという……いえ、自らの懐に入って来た獲物を観察するのに特別な力は必要ありませんね、ダンジョンにとってただ視線を向けているだけなのでしょう。

 それ故に、ここで雇い主の問い掛けに安易に答えてコチラが何に気付いているのか馬鹿正直に教える利点はありません

 しかしながら報告では魔眼を持っているという話でした……で、あるならばこのダンジョンは目覚めたばかりの『隻眼』である可能性がありますね。

 スラム街とはいえ、こんな都市の内部にダンジョンが目覚めるなど……勇者召喚が行われたというのも真実でしょうね。


「何かあった時の肉壁は着いて来ておりますか?」


「一応居るが?」


「彼らの背に隠れて魔眼から身を守って下さいね」


「俺に部下の背後にコソコソ隠れてろと?」


「違います違います。優先順位を間違えないで下さい、というだけです」


 あぁ、面倒ですね……貴族もアウトローも面子というものを気にするばかりに合理的な判断が出来ない。

 だから仲間がアンデッドにされた程度で怒り狂い、マトモな判断が出来ずに弔い合戦なんていう茶番に自らの命をベットするのです。

 まぁ、仮にここが本当に『隻眼のダンジョン』であるならば、何処に隠れようと魔眼の視線を向けられているのと同じですがね。


「……」


 目覚めたばかりの小規模とはいえダンジョンを攻略したとなれば誰もが私の実力を認めるでしょう、あの無知蒙昧な領主も、領主に上手く取り入って私が着くはずだった騎士団長の位を得た弟弟子も全員が文句を言えない。

 むしろこれはチャンスです。私が私の居るべき地位へと返り咲く為の……いや、自らの庭にダンジョンが発生した事にすら気付かなかった無能と、事前にその脅威を排除した私とでは差があり過ぎますね。

 ただの強欲はかの大悪魔ですら身を滅ぼした原因ですからね、ここは領主の娘婿になる程度で妥協しましょう。


「では行きますよ」


 内心の期待と野心を悟られぬよう、冷静な一声で背後の有象無象に語り掛けダンジョン内へと足を踏み入れる。


「暗いし、臭いな」


「足場も悪いっすよ」


「こんな所に住むなんて、やっぱり頭がおかしい奴らなんですかね?」


 昼間という事もあってか入り口付近はまだ全く見えない訳ではないが視界不良、そして嗅覚も下水の悪臭で機能せず、足場も埃や下水が混ざって出来た汚泥で滑り易い……実にダンジョンらしい、姑息でイヤらしい罠ですね。

 これからドンドン下へと潜っていく事を考えると、松明による明かりは良くなさそうだ。


「――光球ライト


 気休め程度ではありますし、あまり多いとは言えない魔力をこんな所で消費するのは癪に障りますが、変なところでケチって命を落とすよりはマシでしょうね。


「さぁ、アナタ達も火に頼らない光源を出しなさい」


「……」


「聞いていましたか?」


 何故何も言わずに突っ立っているのでしょう?


「言う通りにするんだ」


「はいボス」


 ……なるほど、分かりました。雇われ用心棒の指示なんか聞きたくないというのであればそれで良いです。私に彼らの命の責任はありません。


「……では、進みます」


 ダンジョン攻略が確実になるまで雇い主の命だけ気にかけていれば良いでしょう。むしろ戦いやすくなったとも言えます。

 何が起きたとしても即座に対応できる様に必ず片手は空けておき、周囲の状況に気を張り巡らせる。

 そうして入り口の階段を降り切ったところで空気の湿度が増し、水の流れる音が聞こえてくる。

 光源を移動させ、足場のすぐ横へと目をやれば糞尿で濁り最早刺激さえある悪臭を放つ下水が流れていた。


「……病気にだけは成りたくないですな」


 時折下水の流れが早まる事があるが、その際に生じる飛沫が目や傷口に入らないように気を付けるしかありませんねぇ。

 さて、このダンジョンの環境にばかり気を取られている場合ではありません――早速我々を歓迎してくれるようですよ。


「す、スケルトン?!」


「や、やっぱりここには死霊術師が居るんだ!」


 数はたったの五体……規模が小さなダンジョンといえど、流石に様子見でしょうな。


「あれぐらいなら私が出るまでもないでしょう? アナタ達で倒しなさい」


 さて、雇い主の近くで警戒しつつ、このダンジョンがどの様な罠を用意しているのか観察させて貰いましょうか。

 最終的に全滅しようが、その分だけ私は消耗を抑えながら最深部へと近付ける。


「チッ、やってやんよ!」


「外様が舐めやがって」


 ふむ、やはりたった五体のスケルトンでは大した苦戦はしないようですねぇ……しかしながらここはダンジョンですから――


「うおっ?!」


「なんだ?!」


 ――獲物を仕留める罠があるのが当たり前ですよね。


「……背後の壁がせり出し、退路の遮断」


 その時に運の悪い者が一名下水に叩き落とされ、全く上がって来る様子のない事から底にも何かあると見て良いでしょう。

 そして壁が動く音に驚いて隙を晒した者達に降り掛かる下水の噴水による目くらましと、それに付随して一気に動くスケルトン達……この一連の流れで三名が死にましたね。


「クソっ、目が痛てぇ……」


「早く洗い流せ!」


 こんな序盤から二十一人の内三人の脱落者とは、前途多難ですな……

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