スラム街編.16.焦り


「――クソっ! なんで戻って来ねぇ!」


 何故余所者を叩き潰す為に送り出した実力部隊が戻って来ねぇんだ?!

 他の組からも荒事に慣れた連中が件の下水道に向かったのは確認済み……つまりこのスラムに存在するほぼ全ての勢力が半ば協力し合ってる様なもんだ。早々に返り討ちにされる筈もない。

 仮に返り討ちにされたとしても全滅はあり得ねぇ……何かしらの連絡は来なきゃおかしいだろうがよ。

 もしや現場でかち合った他の組の者と抗争にでも発展したのか? いや、それだけ大事になってりゃ目撃情報が上がってくる。


「頭! 大変でさぁ!」


「なんだ騒々しい! 今度は何が起きた?!」


「そ、それが! 送り出した部隊が敵に寝返りました! 物乞いや娼婦に上納金の支払い先を変更するように求めてます!」


「はぁ?!」


 コイツは何を馬鹿な事を言ってやがる? あの部隊のリーダーは組織の立ち上げの時から一緒に居る俺の兄弟だぞ!


「お頭! 頼まれていた勇者召喚の真偽確認が出来ました! というより領主経由で聖王国がこの街でも大体的に発表してるみたいです!」


「あぁ、もう! 次から次へと!」


 頭を掻き毟りたい気持ちを無理やり抑えつけ、乱暴に椅子に座り込みながら深呼吸をする。

 今ここでトップの俺が動揺しても仕方がねぇ、ここは冷静になって状況を整理するべきだ。


「いつもの偽勇者を擁立しての他国へ戦争……って訳ではねぇのか?」


 だとしたら勇者召喚はマジのマジで行われたって事になる。そうなると必然的に大掃除から逃れて来た余所者が来たという推測も信憑性が増してくる。

 ……聖王国から裏の大掃除の波がこの街にも来た可能性もあるが、同類ならまだしも捕まったら死罪一択の領主側にアイツが寝返る筈がない。

 そんでもって聖王国が各国に対して宣伝してるってんなら、表が勇者召喚の噂で持ち切りなのも頷ける。


「だとしたら本当に元々大きな組織に属していた奴らが流れて来たのか……?」


 この国境の都市に勇者召喚の噂が流れ始めてすぐのタイミングだ、可能性は高い……というかこれで正解だろう。

 この際だ、肝心の勇者が何日後に召喚されるのかどうかはもうどうでもいい。


「カシムゥ!」


「そんな大きな声を出さずとも居りますよ」


 俺が名前を叫ぶのとほぼ同時に背後から嗄れた男の声が返ってくる。

 急ぎ振り返れば誰も居なかった筈のそこに声の主がいやらしい笑みを浮かべて立っていた。


「お前いったい何時から……?!」


「それ、今聞かないといけない程に重要な質問ですかね?」


「……チッ」


 雇われ用心棒の癖に相変わらず無駄に態度のデカい男だ。


「お前に仕事だ。いつもタダ飯かっ食らって過ごしてんだ、たまには働きやがれ」


「それはいいんですがね、具体的には何をすれば宜しいので?」


「裏切り者の粛清と、敵対組織の壊滅だ!」


 何故裏切ったのかは分からないが、コチラの面子と資金源を潰すような真似を仕出かしてるなら庇えねぇ。

 それと同時に俺達に敵対した余所者をぶっ潰さねぇと、仮に生き残ったとしても組織の縮小は免れない。

 早々に奴らの軍門に降る手もあるが、コチラの力量を全く示せてない内から降伏しても良い扱いをされるとは思わん。


「はぁ、一人に投げる仕事量じゃありませんね」


「少しは騎士団長の兄弟子だという実力を見せてみろ!」


「わかってますわかってます。働けば良いのでしょう、働けば」


 終始舐め腐った態度を取りやがって……強いのは知っているが、本当にあの騎士団長の兄弟子なのかは疑わしい。


「ただボスにも着いて来て貰いますよ」


「ふんっ、最終的に交渉する役が必要だからな」


 アイツらにも何故裏切ったのかを聞かないといけないし、トップが直接現場に出向く事で内部の引き締めも図る。

 こういった寝返り行為は連鎖するからな、しっかりと釘を刺しておかねぇと。


「テメェこそ大口を叩いてるが大丈夫なんだろうな? 相手には魔眼持ちが居るらしいが」


「大丈夫です大丈夫です。これまで魔眼の相手は何度かして来ましたが、彼らと私の剣技の相性は最悪です」


「そうなのか?」


「えぇ、要は視線を向けさせなければ良いのです」


 魔眼と相性の良い剣技があるとか聞いた事がねぇが……まぁ、敵を倒せるなら何でも良い。


「では、まずは裏切り者の始末から行きましょうか――」






「――ん、倒されましたね」


 玉座に腰掛けたまま、ゆっくりと目を開ける……つい数日前に全滅させたギャング達の死体を使ったアンデッドに生前の縄張りを荒らす指示を出しましたが、どうやらきちんと対応した様ですね。

 ダンジョンの《把握》により一部始終を覗いていましたが、どうやら元仲間をアンデッドにされるのはここの住人にとっては酷く屈辱的なようで、何やら私に対して激しく憤っている様子でした。

 まぁ、相手が心情的にも後に引けなくなったのならそれで良いのですが……気になるのは複数のアンデッドを一人で全滅させた中年男性の方ですね。


【お? 割と早かったな?】


「どうやら相手にもまだ手札が残っていた様ですね」


【強いのか?】


「……どうでしょう、やはり正面から戦えば負けるのは確実ですけど」


 どうやら今度の相手はきちんと剣術を修めているらしい、熟達した戦士の様です。

 製作したばかりのアンデッド達ではその実力を全て暴いてはくれませんでしたし、出来る限りダンジョンの罠や構造で消耗させる必要がありますね。


「……リーチが足りませんね」


 ギチギチとカッターナイフを延ばしては戻してと弄びながら、かの剣士が振るっていた長剣を思い出す。

 例えダンジョン内で《剛力》のスキルが効果を発揮していたとしても、やはり持ち手も小さくリーチも短いこれでマトモに打ち合うのは無理がありますね。


「アナタ、鉱物や魔力といった物で自身を修復するのでしょう? 同じ要領で刃を伸ばせたりしませんか?」


『……』


 伝わって来る感情は――困惑、ですか……使えませんね。


【ん? 改造すれば良いんじゃねぇか?】


「……出来るんですか?」


【そのナイフも、モンスターもダンジョンの資産だからな】


「……ふむ」


 少しばかり考えて――物は試しと、玉座から立ち上がりカッターナイフを振るう。

 軽い風切り音が静かな玉座の間によく響き、それから間を置いて今度は自らの手に持つ物を《改造》しながら振るう。


 ――ビュンッ!


 振るう前とは変わり、そこには地面に刃先が触れそうな程に伸長された刃が仄かに暗い光を反射していました。

 試しに再度改造を施しながら手元に引き戻せば、そこには以前と変わらぬ取り回しの簡単な……元の長さに戻ったカッターナイフに戻っています。


「……これは、良いですね」


【リーチの問題は解決したか?】


「えぇ、お陰様で」


 面白い、これは面白いですね……相手の目測を誤らせるどころではありません。コチラは自由に間合いを設定できるのですから、相手に読まれない攻撃が出来ます。

 もちろん、私の技術的な問題からマトモに振り回せる上限と下限はありますが、そんな事は些細な問題ですね。


「さて、もう少しおもてなしの準備をしなければ――」


 手に入れた10万DPで更なる罠を、改造を……私が勝てなくとも、ダンジョンが勝てれば良いのですから。

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