スラム街編.15.踊るように


「――絶対に逃がすな!」


 下水に叩き落とし、濁って見えない水底で藻掻く二人をダンジョンの罠で静かに押し潰したところでリーダー格の男性がそう叫ぶ。

 その声に呼応する様に駆け寄ってくる者たちを後ろ目に、私はさらにダンジョンの奥へと誘い出す様に走り出します。


「距離を詰めろ! 絶対に全員が視界に入らない様にしろ!」


 焦ったようなその声によって彼らが非常に魔眼を恐れている事がよく分かります。

 残念ながら私の魂魄眼は視界に収めた者の魂の外見を識る事が出来るという、現状ではただそれだけの能力しかないんですけれどね。

 ですがまぁ、必要以上に恐れてくれるお陰で彼らをドンドン奥へと引き込めているので私としては都合がいいです。

 そうですね、少しハッタリをかましてみますか――


「――落ちろ」


 魂魄眼を発動させ、彼らにも分かりやすい様に周囲の『光石(小)』を有効にしながら罠を発動させます。

 それによって周囲が薄ぼんやりと明るくなり、同時に私に見詰められた一人がせり出す壁によって下水に叩き落とされました。

 ここが未だにダンジョンだと確信を持っていないらしい彼らは、その一連の現象に面白いくらい動揺してくれてますね。


「やはり空間に作用する空絶眼?! ……いや、違う?!」


 空絶眼が何かは分かりませんが、まぁその大層な名前に負けないくらい反則級の代物なのでしょうね。

 空間に作用するとか言ってしましたし、後でアークにでも聞いてみますか……どうせ知っているでしょう。


「……しつこいですね」


 まるで距離を詰められたくないかの様に振る舞いながらも、下水の一部にせり出した狭い足場を跳躍しながら渡って行きます。

 私と距離を離されると思ったのか、リーダーの命令と同時に彼らが私の後を追って跳躍して来るのと合わせて魔眼と罠を発動していく。


「ッ?!」


「クソっ!」


 飛び乗った足場の一部が沈み、または上昇する事で彼らを溺死、あるいは天井と挟んで圧死させていきます。


「仕方ねぇ! 魔術だ! 魔術を放つ事で視界を塞ぎつつ攻撃しろ!」


「……ほう、魔術ですか」


 その存在はアークから伝えられて知ってはいましたが、本当に実在するのですね。

 私には魔力はなく、今は使えない・・・・・・との事なので使い方は教えて貰ってはいませんが。


「――火炎弾フレイム・ボム


 とりあえず直撃すれば火傷は必須でしょうし、打ち消しますか。


「――効きませんよ」


 噴水の罠を発動し、私に向かって飛翔してくる炎の塊にタイミングよく当てる……それによって激しい爆発と水しぶきが周囲を襲いますが、それすら目眩しにしながらドンドン罠を発動させていきます。

 彼らの背後の壁を動かし、下水を泳がないとダンジョンの外へと出られない様にして、その音に驚き背後を振り返った間抜けの頭上に吊り天井を落として殺していく。

 彼らが焦れば焦るほどに、私が直接手を下さなくともダンジョンは私の敵を殺してくれる。


「クソが――っ?!」


 仲間の死体を踏み越え、私の元へと辿り着いた方の足を下水に潜んでいたスケルトンが掴み引きずり込む。

 意識外からの奇襲に驚く間もなく汚水に落ちていく彼を見送りながら、未だに後方に残るリーダーを発動した落とし穴に嵌める。


「ボス?!」


「いいから女を殺せ! 魔眼持ちさえ居なくなれば地力の差で俺らが勝つ!」


 なんとも肝が据わった方ですね……コチラが他所から流れて来た新参だと勘違いしているらしい事は誘拐した幹部から聞きましたが、なるほど。

 構成員が数十人程度の規模では大国の首都に根を張っていたであろう者たちに各個吸収されてしまうかも知れないとの被害妄想は本当の様ですね。

 ……まぁ、アナタ方を吸収するのは本当にあるかも分からないそんなモノではなく、我々ダンジョンなのですけれど。


「クソがァ!!」


「……破れかぶれですね」


 他の者達よりも先行し、私へと肉薄してきた男の上段からの振り下ろしを片手に持ったカッターナイフで受け止める。

 驚愕に染まる目の前の彼の顔を見ながらも、なるほど《剛力》というスキルは本当に作用しているのだと確信を得ます。

 まともに鍛え始めたのがつい最近の、私の様な小娘の細腕一本で荒事に慣れた成人男性の攻撃を受け止められるなど、本当に凄まじい物ですね……まぁ、ここがダンジョン領域内という事もあるのでしょうが。


「へっ! だがこれでお前の視界には俺だけだ! 後は追い付いた仲間が――」


【――仲間っていうのはコイツらか?】


 この場に新たに響く聞き慣れない声に男が驚き振り向いた隙を見逃さずに剣を受け止めていた腕を引き、急に抵抗を失った男の体勢が崩れてコチラへと倒れ込むに合わせてカッターナイフを振るう。

 喉から鮮血を噴き出しながら倒れる男性を一瞥だけして、正面に浮くアークへと声を掛けます。


「出て来るのが遅いんじゃないですか?」


【別に俺も要らねぇくらいだったろ】


 両手に持っていた人間の頭を握り潰しながらのアークの返事に指を頬に当てながら少しだけ考え、確かにそうかも知れないとの結論が出ます。

 そもそも罠を全て使い切れてないくらいですからね、個人的には玉座の間の前の通路で水責めするところを見たかったのですが。


「……ま、上手くいったので良いです」


 細かい事は放っておきましょう……それよりも今はリザルトの確認です。

 今までチマチマと浮浪者や孤児を狙うばかりでしたが、今回は違いますからね。


「さてさて、この世界で荒事に慣れた方々十数人分のDPは如何程でしょう」


 少しばかりワクワクしながらスマホを取り出し、管理画面へと移動すると――


「――じ、10万8000、ですか……」


 た、単純計算で浮浪者や孤児のほぼ10倍の収益ですよ……いえ、確かにまともな栄養状態ですら無かった彼らと比べて、きちんと食事も摂れて鍛えあげられているであろう反社達と比べるのはおかしいというのは分かります。

 むしろ一人あたり1万ポイントいくかいかないか、というのは戦士としては低い方なのかも知れません。

 ですが、ですがですよ……今まで私達は不潔なスラムを巡っては攫って来れた浮浪者達の数の合計は13人で、途中で誘い殺した荒くれ者3人と併せて得られたDPは2万4000が精々です。


【急に小金持ちになった気分だな】


「……えぇ、私の今までの苦労はなんだったのかと思うくらいです……いえ、この10万8000ポイントを得る為の2万4000ポイントだったんですけどね」


【人間をポイントで数えてるの笑えるな】


 何がツボにハマったのかは知りませんが、私がチマチマと貯めた2万4000ポイントによって10万8000ポイントを仕留める罠などを準備出来たのですから、あれらは無駄ではなかった筈です。


「……いけませんね、貧乏人が急に大金を持つと狼狽えると言いますが、まんまそれじゃないですか」


【お前さぁ……人間を虐殺しておいて狼狽えるポイント違くねぇか?】


「別に今さらじゃないですか」


 人生初めての殺人が肉親で、その際に得られた感傷がちょっとした開放感でしかなかったのですから、本当に今さらな話です。


「それよりもこれを元手にもっと派手にやりますよ」


【お? 何すんだ何すんだ?】


 悪戯の相談をするかの様なノリで顔を寄せてくるアークへと微笑み、落とし穴にハマったまま事切れているリーダー格の男性の頭を軽く蹴りながら返事をする――


「――彼らのメンツと資金源を潰しましょう」


 実力部隊が帰って来なかったからといってイモ引かれては困りますからね、絶対に逃しませんよ。

 と、そんな事を話していたら急に来ましたね――


「――んっ、くふっ……」


 唐突に、または大量に流れ込んで来た栄養分に思わず腰が砕けて立って居られなくなる。

 息が荒れ、まるで熱に浮かされたかのように焦点が合わない。

 自らを抱き締めるように肩と腰に腕を回し、細かく震える事で快楽を逃がそうとしても間に合わない。


「きゅっ、に……来るっな、んて……聞いてませ、んよ……」


【戦闘中に一々酔いしれてたら話になんねぇだろ】


「なっ、んで……アー、くは無事なんですか……」


 内腿を擦り合わせ、握り締めた拳で胸を抑えても腹の底から湧き上がる歓喜を抑えられない。


【……慣れ?】


「きっしょ、い……」


【口が悪くなってんぞ】


 あぁ、ダメですね、これは……本当に病みつきになってしまいます。いけません。


「ふふっ――」


【今度はどうした】


 濡れた股間を抑え、指を噛み締めて最後の波を耐え忍んで……まるで夢を見ているような心地で今の本音が吐露される――


「――あぁ、もっと食べたい♥」

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