スラム街編.14.入れ食い


「アークアーク」


【なんだよ、何度も名前を呼びやがって】


 スマホで現状確認していると妙な事に気付き、不確定知識でも判然としなかったので近くを暇そうに浮いていたアークの手を引っ張りながら呼び掛けます。

 そうすれば面倒くさそうにしつつも、ちゃんと私の方を見て話を聞いてくれるらしいアークが振り向いてくれました。


「改装してからまだ一度も人を殺していませんのに、何故か極僅かにDPが増えているのですが?」


【あー、それか……生きたままの人間を長時間ダンジョンに幽閉しているとな、その人物の魔力や魂の老廃物を吸収してくれんだ】


「ほほう」


 つまりこの、あの後人質として色んなギャングファミリーから拉致して来た方々から魔力を奪っているという事ですか。

 本当に微々たるもので、高々数人程度ではなんの足しにもなりませんが……覚えておくと良さそうですね。


【要求DPが高いが、その僅かな魔力なんかで魔物を作ってくれるメーカーがあるぞ】


「……見当たらないのですが」


【まだロックされてんだろうな】


「むむむ」


 あれですか、この《不完全創造》とやらのせいですか……これが完全なモノでないばかりに作れないと。


「――と、来たようですね」


 そのようにアークと戯れていると、ダンジョン領域内へと侵入してくる者達を知覚しました。

 その事に思わず笑みを漏らしながらも、カッターナイフを手でギチギチと弄びながら玉座から立ち上がります――






「……ここ、か?」


 ファミリーの実力部隊を引き連れ、幹部が連れて行かれたという下水道の入口へと辿り着いたが……なんだこれは?

 一見して普通の下水道に見えるが、溢れ出る異質な魔力がここを人の領域ではない事を告げている。

 つい最近までは無かった薄ぼんやりとした明かりが視認できるのもおかしい。


「本当に相手はガリア方面から流れて来た余所者なのか?」


「……わかりやせん」


 独り言に部下の一人が答えてくれるが、まぁ分かるはずもないか……大抵は冒険者として大成するか、権力者に重宝される魔眼持ちが裏社会に流れ着く事自体が稀だし、その魔眼持ちが所属する裏社会の者共が他国に流れ着くなんて前例がない。

 そもそも仮にその予想が当たっていたとして、どうやって俺たちに気付かれずに下水道の一部を改造したってんだ?

 俺らのシマに余所者が資材を運び出したりすりゃあすぐに報告が上がるし、ましてや勝手に工事なんてしてたらバレない訳がねぇ。


「魔眼を持ってたらこんな事もできんのかね……」


「空絶眼ってやつですかい?」


「あぁ、それだ」


 視界内の空間を文字通り切り取ってしまう魔眼がある。

 その魔眼は視界に入った物体を固有の異空間に収納したり、敵の一部のみを視認する事で強制的に欠損させる事もできると言う。

 確かにそれなら誰にも気付かれずに物資を運び放題だし、周囲の人間を音もなく消し去る事だって出来るかもしれねぇ。

 ただ、妙だ……空絶眼ほどの有名で強力な魔眼なら例え持ち主がどんなに凶悪な性格をしていようと国が高待遇で迎え入れるし、在野にそんな魔眼持ちが居るなら噂になってないとおかしい。

 新たな空絶眼持ちの情報も、ソイツがガリア軍に敗れたなんて一大スクープも聞いた事がねぇ。


「まぁ、何にせよ魔眼持ちは確定なんだ……どんな能力であれ油断はすんじゃねぇぞ」


「はい」


 魔眼持ちは総じてイカれた奴らが多く、またその能力も未知なモノが多い。

 戦闘となった場合は何かをされる前に、複数人で即座に袋叩きにするのが定石だ……魔眼は視界に入れる事が発動条件のモノが多いからな、数で押して視界に入らない奴らを作るのが攻略法の一つだ。


「……」


 ジリジリと、何処にどんな罠があるか分からない下水道を部下と共に突き進む……一応は交渉に赴いたという体を取るつもりだが、まぁ十中八九戦闘になるだろう。

 だっていうのに下水の臭いで嗅覚は効かねぇわ、汚物や下水を含んで泥になった砂や埃がぬかるんで足場も不安定と来た。

 長時間この場に留まると病気にもなりかねんし、本当に嫌な仕事だよ……こりゃ貧乏くじを引いたな。


「……っ! 止まれ!」


 クソ、この場の妙な魔力や当てにならない視覚や嗅覚のせいで気付くのが遅れた。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……大体十五人くらいですかね?」


 報告にあった通りの、何処ぞの貴顕の血筋かと見紛うような美しい少女……こんなスラムの下水道には似合わない、間違ってもこんな場所に迷い込む訳がない人物が目の前に現れた。

 この辺じゃ見慣れねぇ、長い黒髪を自然に流したまま素材不明の仕立ての良い衣服を着こなしている。

 立ち振る舞いも何かしらの武術を習った様な気配は見受けられず、武器も携帯している様子もない素人同然にしか見えないが……だからといって油断する様な奴は部下には居ない。

 魔眼さえあれば多少の武術の腕など、余裕で埋められてしまうからだ。


「では――」


「ま、待て! まずは話し合いがしたい!」


「……そうなんですか?」


 今は不味い、この全員を視界に収められた状態で戦闘は開始したくない。


「こ、交渉がしたい……話せる場に案内してくれないか?」


「そういう事でしたら、こちらへどうぞ」


 そう言ってそのまま後ろへと振り返って先に進む女に拍子抜けしてしまう。

 報告では急に刃物で人質を取るイカれた奴だと聞いてたんだがな。

 だが、これは都合がいい……奴は俺らを視界に収めていない。

 視界に収めていないなら魔眼も効力を発揮しないだろう。


「この先に話し合える場所があるのか?」


「えぇ、話し合える殺し合える場を整えてますよ」


「……そうか……にしても、何も下水道に作らなくても良くないか? 趣味が悪いぞ」


「……私が場所を選んだ訳ではないので」


 後ろ手にハンドサインで部下達に指示を送りつつ、雑談で相手の油断を誘いながら情報を得ていく。

 本当かどうか知らねぇが、どうやらきちんと話し合いの場は設けているらしい……俺たちと交渉で何を得たい?

 そもそもコイツがこの場を選んだ訳ではないと言うが、やはりさらに上が居るのか? コイツは雇われか?

 ……まぁ、どうでもいいか。ここで魔眼持ちを殺れれば後は消化試合だ。


「もうすぐです」


 そう言って女が会話を切ったのを合図として、周囲の部下達に向けて指示を出す。


「――やれ」


 長年汚れ仕事をこなしてきた部下達の動きに淀みはなく、確実に女を殺すべく四方八方から同時に襲い掛かる。

 左右斜め後方から二人が同時に首を狙う事でどちらから振り向かれても片方が魔眼の死角に入り込め、また首を狙う者達が壁となって背中から心臓を狙う者を、さらに姿勢を低くして突き上げる様に腰を狙う者を隠す。

 俺達の気配や足音に気付いて振り向き、対応出来たとしても必ず一太刀は浴びせられるはず――


「――え?」


 まるで、最初から全てが見えていたかの様に女は動く――その場で腕立て伏せをする様に倒れ込み、背後から腰へと向けて突き出された剣を踵で蹴り上げた。

 かち上げられた剣が心臓を狙った部下の伸びた脇を貫き、突然視界から女が消えた事で左右の部下達は攻撃を急遽辞め、バランスの崩れた身体が前のめる。

 そんな些細な隙を見逃さず、跳ねる様に起き上がった女は袖に隠し持っていた見慣れぬ小刀で左右の晒された喉を搔き切り、丁度いい位置にあると言わんばかりに仲間を貫いて動揺した者の顎を蹴り上げ、脇の痛みに絶叫を上げる奴ら共々下水に叩き落とした。


「――これで十一」


 淡々と、そして冷静に俺達の残りを数える女に背筋が凍る――

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