スラム街編.12.ギャングside


「――おい」


 今月の収支報告書を手に、傍に控える側近の一人へと声を掛ける。


「はい、なんでしょう」


「なんでしょうじゃねぇ、今月の物乞い組の成果がえらく少なくないか? 花売り組も物乞い組ほどじゃねぇが、売上が落ちてる」


 身寄りのない孤児や浮浪者を捕まえて、腕を切り落としたり目を潰して同情を買いやすくする事で金品や食料を人々から乞うところからの収入がガクンと落ちてやがる。

 それに花売り組という格安娼婦のところでも物乞い組ほどじゃねぇが、やはり売上は目に見えて落ちてしまっているのが不可解だ。

 最近なにか情勢の変化でもあったか? ここら辺で何かあったとは聞いてないが。


「それが、どうやら責任者によると行方不明者が相次いでいるそうで」


「あん?」


「いつも通りに上前をハネようと向かったところ、ある特定の区画で集団失踪が発生してまして」


 詳しく聞くと、どうやらウチの組の庇護下にある者共がある日突然最初から何もなかったかの様に消えていくらしい。

 それに下っ端の下っ端のみならず、見せしめの為に逆らった奴らを痛め付けるための、ウチの組にきちんと所属している構成員にも失踪した奴らは居ると。


「他の組からの攻撃か?」


「と、思って探りを入れてるんですが……そういった気配は全くなく、むしろ向こうにも被害が出ていた様で逆に探られてます」


 んだと? ……クソっ、他の組から抗争を仕掛けて来たってだけなら話は簡単なのによ。


「領主、は違うか」


「領主が我々を潰そうと動いたならコソコソする必要はないかと……ましてや居なくなっているのは本当に末端の末端ですし」


 まぁ、それはその通りだろうな……領主が本腰を入れて俺らを潰そうとしたならコソコソと末端を消す必要なんかなく、ただ強権と大義名分を持って軍隊を送り込めば良いだけだ。


「敵が居るとして、末端を狙う意図が読めねぇんだよなぁ」


 確かに収入源が減るのは痛いが、別にそこまで重要なものでもない。

 浮浪者や孤児だって別に居なくなっても構わないし、また後からいくらでも補充ができる存在だ。


「……外から余所者が流れて来たか?」


 だとしたら、まぁ分からなくもねぇ……末端を削ってそこを占領する。陣取って実効支配する事で縄張りをいくらか奪い取る。

 他に心当たりなんてものはねぇし、もうこれしか考えられねぇな。


「……そうですね、何やら西の聖王国では女神様の神託が下ったらしく、数千年ぶりに勇者召喚が行われるらしいです」


「は?」


「そのため西では大規模な裏の大掃除が行われたんじゃないかって噂です」


 なんだそりゃ、勇者召喚とかもはや神話の時代の話だろ? 現実味がねぇよ。

 しかしそれがマジな話だとすると、ちと面倒な事になるな。

 このアウソニア連邦の盟主であるロムルス王国には教皇領が存在する……勇者召喚という一大事に反応しない訳がなく、下手したら連邦全体で裏の大掃除が流行るかも知れねぇ。


「とにかく、その影響で国境から流れて来たって訳か……」


「トリノ市は聖王国との国境に一番近い都市ですから」


 なんだって急に女神様とやらは神託を下しやがったんだ? しかも数千年ぶりの勇者召喚だぁ?

 一体全体この世界にどんな脅威があるってんだよ……古の魔王でも復活しますってか? はっ! 馬鹿馬鹿しい。


「馬鹿馬鹿しいが、現に影響が出てるんだから何もしないのはもっと馬鹿だな」


「ですね」


「実行部隊に縄張りの見廻りをさせろ、怪しい奴、普段見掛けない様な人物を見つけ次第に捕らえろ」


「了解です、ボス」


 とりあえずはこれで良いか……まだ敵の正体が余所者と決まった訳でもねぇが、暴力を主体とするウチの組の主力部隊が出張るんだ。

 そう簡単に逃げられると思わないでくれよ? 必ずしっぽを掴んでやるからな。


「……勇者召喚についても調べておけ」


「……了解です」


 勇者、勇者かぁ……実際どんな奴なのかはさっぱり分からねぇが、伝承によると古の魔王との大戦において女神の尖兵として激しい戦いを繰り広げ、その影響で天地が割れたと言われるが……ま、そこまでは行かなくとも化け物みてぇに強いんだろうな。

 そんな奴が変な正義感に目覚めてて、俺らの事を敵視するかも知れねぇなら……少し地下に潜る必要がある。

 まだ勇者召喚が確定情報って訳でもねぇが、考える事が山積みだな。


「あぁ、クソが……」


 せめて俺らのシマを荒らしてる奴で憂さ晴らしするか――

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