スラム街編.11.魂魄眼


【――目に集中して、意識を切り替えろ】


 玉座に座ったままの私の目を、後ろから覆い隠すアークの声がすぐ耳元から聞こえてくる……少しばかりのくすぐったさを感じ、肩を震わせながらも言われた通りに目へと意識を集中させていく。


【感覚はダンジョンの把握機能を使うのと大差ねぇ……地球風に言うならチャンネルを切り替えろ】


「……なるほど」


 足を揃え、太ももの上に両手を置いて背筋を伸ばしながらダンジョンの把握機能と同じ様に、他に別の視界があるのだと言い聞かせながら見えない物を見ようとする。

 そうすれば、ぼんやりと……アークの蒼く揺らめく炎の様な手に覆い隠された筈の私の目が熱を持ち、瞼の裏に曖昧な光を感じ取ります。


「何かが、切り替わった様な気がします」


【おっし、じゃあスケルトン1号を見てみろ】


 背後から伸ばされていた手がなくなり、原因不明の寂しさを何処かに感じながらも瞼を開いて1号を視界に収めます。


「……おぉ」


 思わず声が漏れてしまうのも仕方がないというもので、つい先ほどまでは全身骸骨としか言いようがなかった1号の全身に沿うようにして、グズグズに溶かされた人肉の様なモヤが絶えず流動しているのが見えます。

 私の指示に従う1号の動きに合わせて、そのモヤの様なオーラの様な……形容しがたいそれらも一緒に移動していますね。


【見えたか? あれが魂だ】


「ソウルオーブとは全然違いますね」


【あれはダンジョンに喰われた残りカスを纏めたようなもんだしな……それにアンデッドの魂ってのは、だいたいあんなグロテスクな見た目だ】


「へぇ、そうなのですか」


 試しにと、1号以外の農業担当スケルトンの方を見てみますが、そちらも多少の違いはあれどもおどろおどろしい見た目をした魂でした。


「アークは――おや、アークは魂がないのですか?」


 振り返ってアークの魂を見てみようとしても、彼にはそれらしきものが見当たりません。


【はんっ! 俺様を誰だと思ってやがる? 魂の質も総量もデカすぎて視界に収まってねぇだけだよ】


「……なるほど」


【だいたい魂の見た目からその存在の強さや位階、性質なんかが知れるから便利だぜ? キラキラしてんのはだいたいクソ女神の関係者だ】


 アークの様な大悪魔は別格としても、基本的に人間の魂は視界に収まる範囲らしいので心配する必要はないですか。

 また、魂の大きさはその存在の強さの最大値を、外見の輝きからその存在の今世での積み重ねた努力を知る事ができると。

 そして魂を見て直感的に感じ取るイメージ……女神の関係者ならキラキラとした物が、その存在の性質を表しているのですね。


「なるほど、大体は分かりましたが……魂魄眼の能力はこれだけですか?」


【んな訳ねぇだろ……だが、今はここまでだ】


「何故ですか?」


 他にも便利な機能があるのなら使いたいのですけれど。


【この眼を扱い切るにはまだお前の器が育ち切ってない】


 ……つまり、私がもう少し成長すれば問題ないという事ですかね……具体的にはステータス画面に映っているダンジョンマスターとやらのレベルを上げるなどですか。


【事前にある程度の相手の力量が分かるって事で今は満足しとけ】


「……そうですね、アークがそう言うならそうしましょう」


 仕方がないですが、アークが無理だと言うのであれば無理なのでしょうね。

 まぁ、現状でも相手の魂の外見を見る事である程度の力量が把握できるだけでも便利とはいえば便利です。

 戦う前から大まかな戦力差を確認できるというのは、それだけで余計な危険を避ける事が出来ますからね。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず、というやつです。


「自分の魂も見れたりしませんか、ね……?」


【どうした?】


「私の目の色が変わってますね」


 私の魂はどんな外見をしているのかと、玉座の真横にある鏡に振り向いたのですが……私の目の色が黒から真紅へと変化しています。

 鏡に魂は写らないだろうな、というのは予想通りでしたが、これは流石に驚きですね。


【ま、人の身で神や大悪魔の権能の一端に触れたんだ、そのくらいの変化はあって然るべきだろう】


「……そういえば魂をどうこうするのは神か大悪魔だけ、とか最初に言ってましたね」


 ステータス画面という魂の最奥は神の許可を得たものか、大悪魔の覗き見でしか確認できないというものでしたか。

 確かその時に似たような事を言ってましたね……まぁ、魂なんてモノが実在するのでしたら神や大悪魔の管轄だろうなというのは何となく予想はできます。


「ではアークは私の魂を見ることが出来ますか?」


【……できるが?】


「どんな見た目をしていますか?」


 やはり自分の魂がどんな見た目をしているのか、ここまで来たら気になって仕方がありません。


【……………………凄く、綺麗だぞ】


「……本当ですか?」


 何か凄く大きな間があったんですけれど? アークさん?


【ホントホント】


「そんな適当な返事では信用できませんね」


 なんですか、私の魂はいったいどんな見た目をしていると言うのですか。


「本当のところを教えて下さいよ」


【綺麗なのは本当だっての……もうこの話は辞めようぜ? ほら、いい加減に服を着ろ】


「……むぅ」


 話を誤魔化すアークに制服を投げ渡され、頭に被ったそれを手に取りながら釈然としないものを感じてしまいます。


「……いつか教えて下さいね」


【ハイハイ】


 仕方ないので今回は諦めてあげましょう……そっぽを向くアークを睨み付けながら、渡された制服を着込んでいく。


「さて、1号には私の八つ当たりに付き合って貰いますよ」


『――』


 驚き固まった様なリアクションを取る骸骨にシュールさを感じてしまいますね……まぁ、とりあえず今日はこのまま訓練して過ごしましょう。


「ほら、来ないならコチラから行きますよ」


『――ッ』


 さぁ、頑張ってこの世界の人達よりも強くなりましょう……こういった地道な努力が大事なのですから。

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