スラム街編.9.拡張


「――んっ」


 意識が浮上すると同時に思いっ切り腕を上げて伸びをする。

 やはり玉座と言えども椅子で眠ったせいなのか、それなりに身体が凝っているようですね。


【自分がどんな格好してんのか忘れてねぇか?】


「……ん」


 寝ぼけ眼を擦りながらも、何処か投げやりなアークの指摘に自分の身体を見下ろしてみる……そこには一切の日焼けもしていない、いっそ病的と言える程に真っ白な肌をキャンパスに様々な傷跡が残る私の肉体がありました。

 黒と深い青色の下着に包まれただけの、栄養が足りずに貧相とも言うべきそれを指摘されたところでこの場に居るのは人外ばかりです。


『(ふるふる)』


「……」


 私の太ももの上で震えるスライムさんを何となく撫でつつも、どう答えたものかと少しばかり考えます。


「……そうですね、ここは自分自身でもあるので実家よりも安心できるんですよ」


【あ?】


 地球に居た頃の私は、壁なんてあってもない様なボロアパートに母とその彼氏と暮らしていました。

 玄関に入ってすぐに右手側にユニットバス、左手側にキッチンと洗面台があり、そのまま進めば六畳一間の和室があるだけです。

 学校から帰っても男性の目があるため着替える事も出来ず、彼が悪い付き合いで留守にしている間に短時間でシャワーを浴びてまた制服を着込む事を繰り返していました。


「いつ襲われるか分からず、常に気を張って眠る事すらできない生活の中で楽な格好なんて出来る筈もなく……まぁ、そうですね、今はとても開放的ですよ」


 ここなら、このダンジョンなら例え侵入者が来たとしても直ぐに分かりますし、なんならアークが起こしてくれますからね。

 私に欲情する様な人間も一人も居ませんので、好きなだけ気が抜けて楽です。


【……そうかい、好きなだけ楽な格好で寛ぎな】


「そうします」


 アークの了解も得られた様なので、これからも玉座の間くらいでは楽な格好で過ごしますか……まぁ、気を抜き過ぎてもダメですが、そこは気を付けるとしましょう。


「――反映シュピーゲルン


 とりあえず今の自分の状況が知りたいのですが……あ、出ましたね。


====================


名前:神田かんだ 悠里ゆうり

性別:女性

年齢:15歳

種族:ダンジョンマスターLv.1 《亜神》

属性:光

状態:飢餓

カルマ: 《悪性》


ダンジョン機能

《不完全創造》《不完全知識》《把握》《拡張》《配置》《回収》《吸収》《合成》《改造》《同化》


――※その他ロックされている機能があります。


基本技能

《日本語》《英語》《不完全アウソニア言語》

《数学》《暗算》《高度計算》《義務教育》《不完全科学知識》《不完全化学知識》《不完全倫理》

《ストレス耐性》《苦痛耐性》《空腹耐性》《睡眠耐性》《不眠耐性》《火傷耐性》《電流耐性》《疾病耐性》《痛覚鈍化》《悪臭耐性》

《息止め》《料理》《窃盗》《性技》《恫喝》《恐喝》《脅迫》《採取》《詐術》

《敵意感知》《悪意感知》《視線感知》《危機感知》

《剣術》《短剣術》《投擲》

《剛力》《俊足》《免疫》《性豪》


特有技能

《魂魄眼》


権能

《ダンジョンマスターLv.1》《■■■■■》


称号

《異世界人》《転移者》《迷宮の主》《人殺し》《親殺し》《狂人》《被虐待児》《契約者》《魂喰い》


加護

《地球神の加護》《■■との契約》


====================


 何度見ても『他人の経験や知識を得る』というこの能力は不思議ですね……努力するから技能を得るのであって、その努力もなしに技能を最初から使えるというのは反則じみています。

 まぁ、他人から命や魂というリソースを奪って拡張していくダンジョンの性質と、私のよく分からない《魂魄眼》という特有技能とやらが影響し合った結果らしいのですけれど。


「まぁ、不利益はないので甘受しておきますか」


 ……たまに《性豪》や《性技》の様な余計な物までついて来ますが。

 後はそうですね、文字の読み書きが出来ないのは不便なのでアウソニア言語を完全なモノとするべく知識人を殺す必要がありそうです。


「さて、ある程度はDPが貯まりましたのでもう少し拡張しますよ」


【お? いいのか?】


「威力偵察……ではありませんが、昨日の追い掛けっこで色々分かるものはありました」


 現状で居るかどうかも分からない上澄みの脅威に対する出来もしない対策を練るよりも、ある程度の基準が判明している直近の仮想敵に対する対策をするしかありません。

 それに昨日のそれで見落としていた不備や不安な部分を、できる限り埋めていく予定です。


【で、どんな感じに整備するんだ?】


「……そうですね、できる限りエコを心掛けます」


【エコ?】


「えぇ、倒したらその分のDPがロスになる半端な強さの魔物は不採用で、基本的にはそのまま残る罠による足止めと、私とアークが戦いやすい戦場というのを意識したいと思います」


 簡単には倒されない強そうな魔物はそれ相応に高いDPを要求されますし、弱い魔物をスキルオーブ等で地道に育てようと思っても時間が掛かります。

 なので基本的には罠や地形を利用した、私とアークが常に戦える戦場というコンセプトでダンジョンの整備をしたいと思います。


【他のダンジョンを攻略する時はどうすんだよ?】


「他のダンジョンを攻略する時はこのトリノ市を掌握した時ですから、都市人口を丸ごとDPに変えて都市そのものを防衛都市ダンジョンへと改造し直します」


 最終的にはそれを目指すとして、現状はそれを行う前段階としてスラムを掌握する必要がありますから……ダンジョンに人を誘い込むお宝なんて物もありませんので、それも考えなければなりません。

 そういった事を考えると、現状このダンジョンの最大戦力である私とアークを主力として何とか経営を回さなければならないのです。


【……へっ、ワクワクしてくるな】


「ま、とりあえず改装を進めていきますか」


 何処か遠足前の小学生のような、楽しみで仕方ないといった様子のアークを見ながらも作業を開始します。


「あぁ、そうそう……素材となる死体がある場合に限り安上がりなスケルトンは随時作成していきます」


【いいのか?】


「食料という名の維持費は掛かりませんし、いずれ人手が必要になりますから……実験も行いたいですからね」


 私は必要ありませんが、昨日の男達から《農業》というスキルオーブを手に入れていますので、これを活用して不眠不休で農作物を作れないかなと思うのです。

 今のところ人間としての私はソウルオーブを食べる事で空腹は感じておりませんが、必ずしも毎日の様にダンジョン内で人を殺せるとも限りません。

 それに魂はなんといいますか、エネルギーの塊の様なものでとても補給効率が良いのです……これから先で他のダンジョンを攻略する上での携帯食料として備蓄したいという思惑があります。


「指で摘める程度の大きさですから、持ち運ぶ上で場所も取らないので」


【なるほどな、益々お前をマスターに選んで正解だった様だ】


「私のよく分からない特有技能は偶然だと思いますけれどね」


 さて、そんな事を説明する間にもダンジョンの整備は進んでいます。

 先ずは昨日の三人の死体からスケルトンを三体ほど作成し、最初に作って以来私の訓練相手になっていた1号をリーダーとして指揮系統を作っておきます。

 そして玉座の間の横に新しい部屋を作り、そこに綺麗な土と野菜の種、それから『水石(小)』という水を生み出すダンジョン産の魔石を設置してごく小さな農場の土台を作成します。


「さて、農業のスキルオーブを与えた二人が中心となって作業、1号は全体の監督、残りの一体は雑用です」


『――!』


 元気よく了承の意を示すべく変わった敬礼をした1号を見送りつつ、次は戦場となる部分の整備です。


「……ポイントが余ったらベッドでも創りますかね」


 さすがに毎日玉座で寝るのは勘弁したいところです……

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