スラム街編.8.逃走殺害


「――シッ!」


 来た道を全力で駆け戻り、要所要所で拾っておいた小石を背後の男性達に向けて投げ付けます。

 まぁ、簡単に弾かれてしまいますが、多少は足を止めたり走る姿勢を崩してスピードが落ちたりといった効果はあるので良しとしましょう。


【めっちゃ怒ってんな】


「まぁ、怒らせてますからね」


 変に冷静になられて仲間を呼ばれたり、二手に別れるなどして土地勘のない私を先回りするといった行動を取られても困ります。

 それでゲームオーバーになる訳ではありませんが、少しばかり手間ですので先ほどの様に石を投げたり、後ろに視線を向けては小馬鹿にする様な態度を取っています。


「待てやゴラァ!」


 壁に立て掛けてあった角材や吊るされたボロ布などを引き倒し、騒ぎを見てそそくさと立ち去ろうとする他の住民に対してこれ見よがしに数枚の硬貨を地面にばら撒いておく。

 そうする事で端金を拾おうと集まった者達によって、通行の邪魔をされた男達が苛立ち混じりに彼らを蹴り退かすのが見えます。


【お金がもったいねぇ〜】


「はぁ、はぁ……良いんです、よ……はぁ、現状では使い道、が……ないんですから……」


 段々と息切れがして来ましたし、これくらいしないと男達との距離感を調整するどころか直ぐに追い付かれてしまいます。

 体力にはそこそこ自信があったのですが、所詮は現代日本の女子高生の中ではそこそこといった程度でしたか。

 舗装もされていない剥き出しの、汚物に塗れて滑りやすい地面という慣れない足場などもあって少しばかり体力の消耗が激しい様です。


【地球人って軟弱なんだなぁ……昔殺し合った召喚勇者は普通に強かった覚えがあるんだが】


「……」


【いや違うな、召喚した側の俺様が力を失ってたからか? あの勇者も召喚直後って訳でもなかっただろうし、ユーリはこれからだよな】


 少し返事を返す余裕がないのですけれど、今サラっと重要な事を言いませんでしたかこの悪魔は……私以外にも私の様な存在が居るという事は早めに言って欲しかったですね。

 しかも封印前の、ダンジョンなんて物を創る全盛期のアークと殺し合える程の存在ってとても危険ではないですか。

 ちょっと想定しなければならない仮想敵、それもかなり脅威的なのが増えましたね。


「後で、ゆっくりと聞かせて貰いますからね……!!」


【お? おう、分かった】


 まるで分かってなさそうなアークに頭痛を覚えながらも、前方に見える曲がり角を減速せずに突破する為に立て掛けてられた材木を手に取り、それを棒高跳びの様に思いっ切り剥き出しの地面に突き刺しながら慣性を利用してグルリと回り込む。

 背後で使用済みの角材が倒れる音と、猛スピードで曲がり角を超えようとしてぬかるんだ地面に滑る男達の悲鳴を無視してさらに駆け出す。


【逃げ上手だな……お、ダンジョンの入り口が見えて来たぜ】


「はっ……はっ……」


 アークの声に顔を上げると、ダンジョンの入り口……正確にはダンジョン領域との接続域である下水道への入り口が見えました。

 ここまで来たならもう安心だと、さらに走るスピードを上げて突っ切って行く。


「馬鹿が!」


「袋小路に逃げ込みやがって!」


「もう逃げられねぇぞ!」


 別に、ここまで来たら逃げる必要なんて無いんですけれどね。


「――ッ」


 下水道へと、ダンジョンの領域へと足を踏み入れると同時に自分自身と再接・・・・・・・続される感覚・・・・・・を覚え――同時にあれだけ上がっていた息もなりを潜め、疲労感すら消え去っていく。

 ある種の万能感の様なものに陶酔しかけながらも、その様な雑念に浸っている余裕はないと気合いを入れ直して《把握》を発動していきます。


「クソっ! 相変わらずここは暗ぇ!」


 やはりこれはとても便利ですね……人の目ではほとんど先を見通す事ができない暗闇だというのに、曲がり角の先や後方から迫ってくる男達の細かい表情まで認識する事が出来ます。


「アーク、手順は分かっていますね?」


【勿論だ。心配すんな】


 脇目も振らずに下水道を走り抜け、左への曲がり角を通り抜けると同時に足を止めて壁際に控える。


「この先は通行止めだッ――?!」


 そして一番脚が早く、先頭を走っていて先に顔を出した男性の首へと下から抉り上げる様にして改造強化されたカッターナイフを突き込む。


「は?」


「あ?」


 そのまま頸動脈を掻き切り、勢いよく血が噴き出すのを確認しながら玉座の間へと一直線に走り去ります。


「てめっ――うおっ?!」


「待ちやがれ!」


 急な事態に混乱し、とりあえず目の前を逃げる私を追うという単純な選択しか出来なかった彼らの内の一人を、任意発動による落とし穴へと嵌める。

 腰まで埋まってしまった仲間に驚きながらも、私という女一人程度なら問題ないと判断した最後の一人が鬼の様な形相で追い縋る。


「こっちですよ」


「待てって言ってんだろうが!」


 挑発しながら玉座の間へと逃げ込み、そのまま右へと方向転換します。


「もう逃げらんねぇ――ガっ?!」


【おっと、すまんねぇ】


 私を捕まえようと、そのまま自身も右へと曲がった彼を背後からアークが羽交い締めにする。

 最初の侵入者である娼婦もどきを殺した時の私と同じ状況を作り出そうと、出入り口のすぐ横で実体化をして貰ったのですが……上手く決まりましたね。


「それでは失礼します」


「や、やめっ――」


 そのままアークに拘束されて身動きが取れない彼の首へとカッターナイフを刺し込み、丁寧に動脈を抉りとる――前にアークが男性の首をへし折って殺してしまいましたね。

 何とも器用な事ですね……それに骨をへし折る程度には膂力がある様です。

 これはとてもコストパフォーマンスの良い選択だったかも知れません。


「んぁっ……こほん! さて、残りのトドメを刺しに行きましょう」


【飢餓状態ってのは難儀だなぁ】


 時間差で二人分のDPを得る快楽に意識を飛ばしそうになりながら、アークを伴って一つ前の下水道内へと戻ります。

 そこには落とし穴に嵌ったまま天井に待機させておいたスライムに顔を覆われてもがき苦しむ男性が居ました。

 スライム越しに絶望の表情を見せてくれる彼の前へと、膝裏で制服のスカートを挟み込む様にして座り込んでから丁度いい位置にある首へとカッターナイフを突き込ます。


「……あら、さすがに折れてしまいましたね」


 頸動脈を掻き切る途中で刃が折れてしまい、そのまま彼の首の中へと残ってしまいました。

 どうしようか悩んでいると、スライムによる窒息と重なって男性が死んだらしく、またまたDPが私の中ダンジョンへと流れ込んで来ます。


「んっ、くふっ……本当に癖になってしまいそうですね」


 彼らを嵌め殺す為にエリア拡張や罠などにDPを使用していたとはいえ、人を殺す度に悶えていてはマトモに戦えません。

 早くこの危険な中毒性のある快楽に慣れないといけませんね。


「はっ、ふぅ……とりあえずお疲れ様ですね」


【おう、見事に撃退できたな】


 満足そうにカラカラと笑うアークに支えて貰いながら玉座の間へと移動する。

 そのまま火照った身体を冷まそうと、制服を脱ぎ捨てて下着姿になりながら玉座へと座り込みます。


「さて、今回のリザルト確認です」


【おいおい、せめて畳めよ】


 呆れた声を出しながらも、律儀に私の脱ぎ散らかした制服を畳むアークに私の方も呆れながらスマホを取り出して戦果確認です。

 今回で得たDPは合計で11858ポイント、残りのポイントと合わせてもかなりの量で何やら一気に小金持ちになった気分ですね。

 やはり強い人ほど得られるDPは多いようです……と言ってもそれぞれが浮浪者や孤児の約四倍程度の戦力と考えると、別にそうでもない様な気がしてしまいますが。


 これらを得る為に少ないDPを消費してまで創った落とし穴やスライムは丸々残っていますし、汚れた衣服や改造によるカッターナイフの強化はそこまでポイントを使いません。

 拡張したエリアと合わせてこれらの殆どがそのまま次も使える固定資産と考えると、損失はほぼゼロと言っても良いでしょう……我ながら本当に上手くやったものです。


「そしてお次がこれです……今度は何が覚えられるのやら」


 殺した三人分から得た魂の宝玉――ソウルオーブとも呼ぶべきそれを口に含み、丸呑みします。

 そしてここで新発見……なんと魂は人によって味や喉越しに違いがあるようです。

 どういった基準で味が変わるのかは分かりませんが、飽きが来ないというのは素晴らしいです。


「これは楽しみが増えましたね」


 そして三人分の魂から得られた技能は『不完全アウソニア言語×3』、『剣術×1』、『投擲×2』、『農業×2』、『手工芸×1』、『剛力×2』『俊足×1』、『免疫×1』等など……なるほど、最初に一番足の速い方を殺せたのは幸運だった様ですね。

 もしも二人目を落とし穴に嵌めて後に私を追い掛けるのがこの『俊足』持ちの方でしたら、そこまで距離も離れていなかった事もあって失敗に終わっていたかも知れませんね。


「自分の特技が目に見えるというのも不思議なものですね……そしてダンジョンの改造機能を使えば取り出せると」


 殺した人物の魂や私自身から任意に技能をダンジョンの改造機能によって『スキルオーブ』として取り出せる様ですね。

 これで創造した配下のモンスターを強化しろって事なのでしょうか?

 ダンジョンについての知識はあっても、その前提知識となるこの世界についてあまり知らないのは問題ですね。


 要らない技能はスキルオーブとして取り出す事が出来るというダンジョン知識があっても、地球出身の私からしたら『スキルオーブとは?』というところで躓いてしまいます。

 まるで専門用語が分からないままに、業界マニュアルや参考書を読んでいる気分になりますね。


【一応言っておくが、そんな事ができるのは《魂魄眼》を持ってるお前だけだからな】


「……あぁ、あのよく分からない」


 そういえばそんな技能もありましたね……アークが私に提供した力ではないみたいですが。


「とりあえずスライムさんには『不完全アウソニア言語』と『投擲』、それから『免疫』もあげますね」


『(ふるふる)』


 まぁ、今はそれは一旦置いておいて、複数あるスキルを何となくではありますが、スライムさんに一つずつ押し付けてしまいましょう。


『……(ジッ』


「……骸骨さんにもあげますよ」


 今回なにもする事がなく、最初から最後までずっと玉座の間の隅で膝を抱えて座り込んでいた骸骨さんからの視線を感じ取ります。

 まぁ、記念すべき私が最初に創造した魔物という事で『不完全アウソニア言語』、『剛力』、『投擲』、『手工芸』などを与えておきますか。

 最後の技能なんて、こういう暇な時に何か作っておいてくれるかも知れませんし。


「ふわぁ…………何だか眠く、なってきましたね」


【何かあったら起こしてやるから、少しだけ眠ったらどうだ? 人間はそこら辺面倒なんだろ?】


「そうですか? それではよろしくお願いしますね」


 アークが何かあったら起こしてくれると言うので、その言葉に甘える形でスライムさんを抱き込み、玉座にもたれかかって瞼を閉じます。

 この後の予定を思い浮かべながら……そのまま私の意識は落ちていく――

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