スラム街編.3.侵入者
ダンジョンとして目覚めた私がまず最初にした事は、至極単純――呼吸をする事です。
どうやらこの玉座の間と外界が通じている、ないし到達可能でないと堪え様のない息苦しさを覚える様で、出来る事の殆どが機能不全に陥る様なのです。
これはおそらく『相互不干渉』の逆で、お互いにリスクを負って釣り合いが取れてないとダメなのでしょう。
ですので先ず壁の一部を崩落させ、玉座の間から外へと通じる一本の通路を作りました。
「……なるほど、こうやって拡張していく訳ですね」
ですがこの作業でDPは元々残っていた分の余りと併せても、もう一つ小部屋を創れるくらいしかありません。
「どうしましょう、ポイントが足りません」
【ダンジョン内ならなんでもポイントに変換できるが……外から野生動物でも連れて来て殺すか?】
それも一つの手ではありますが、あまりにも効率が悪すぎます。
それにアークだって、ただの野生動物よりも鍛え上げられた強き魂を持つ存在からの方がDPが多く取れる事を知っている筈です。
とんでもない強さを持った野良犬でも居れば違うのでしょうが、魔物でもないそれに期待するのは少しばかり非現実的ですね。
やはり最初は地道に人間を誘導して、ダンジョン内で殺す必要がありますか……このダンジョンが何処にあるのかすら分かりませんけれど。
「――おや?」
と、そんな事をうんうんと悩んでいると
すぐさま覚えたばかりのダンジョン機能――《把握》を使用し、まだ慣れない視点感覚に多少の苦労と違和感を覚えながらも、侵入者を確認してみますが……これは女性、ですかね?
キョロキョロと辺りを見回しながら、そのままおっかなびっくりといった様子で踏み込んで来ました。
【お、行くのか?】
それを確認するや否や落ちていた血塗れのカッターナイフを拾い上げ、ギチギチと弄びながら行動に移します。
もしかしたらこの女性を探しに更なる人が来るかも知れないとか、この時の私は全く考えませんでした。
ダンジョンらしい施設も罠も何もない状態で複数人に襲われれば死んでしまうかも知れないとか、最早そんな危惧は二の次です。
だって、仕方がないでしょう――
「ダメですね、人間が美味しそうな料理にしか見えません」
――今はただ、お腹が空いて堪らなかったのですから。
私が行った事は至極単純――通路からこの玉座の間へと繋がる唯一の出入り口、そのすぐ横に陣取っただけです。
入口から玉座の間までの通路の直線距離はおおよそ十メートル程度。
もう既に向こう側からコチラに何かが在る事は見えているでしょう
それが玉座であるという事は分からなくとも、近場の開けた空間に目立つ物があればそこに視線が吸い寄せられるというものです。
少し移動をしただけで後は侵入者が来るのを待つだけ……警戒しているのか歩みの遅い彼女が来るまでに、ダンジョンのもう一つの機能――《改造》を試してみましょう。
これは
これによって私は少量のDPを消費して、万が一にも刃が折れてしまわない様にカッターナイフを強化します。
……制服もDPに余裕が出来たら改造して丈夫な物に作り直すべきですね。
『ここ、どこ……?』
と、そんな事をしている内に侵入者の声が聞こえて来ました……案の定とも言うべきか、ダンジョンなんていう不思議生物が存在するここは別世界の様です。
侵入者の話している言語が全く分からず、何と言っているのか意味がさっぱり分かりません。
まぁ例え地球にある言語だとして、英語ならまだしもドイツ語などで話されても同じく分かりませんか。
『うわぁ、豪華な椅子……』
侵入者が部屋へと入り込んで来ます。
そのまま彼女はすぐ後ろに居る私に一切気付かず、ダンジョンの玉座に目が釘付けになっている様ですので――
『……っ?!』
――さっさと殺しましょう。
『だ、誰っ――』
背後から左腕を回し、肘裏で顎を持ち上げる様にしながら両足で彼女の両腕を胴体ごと挟み込む。
当然ながら後ろに思いっ切り倒れ、背中を強打してしまいますがそんな事はどうでもよろしい。
拘束を振りほどこうと藻掻く彼女の、その剥き出しとなった首へと右手に持ったカッターナイフを振り下ろす。
『かひゅっ――』
そのまま動脈を抉る様に、肉を削ぎ落とす様に掻き切ります。
『……っ、……っ!』
そのまま暫く侵入者は自身の喉を掻き毟る様に悶えていましたが、拘束を解いて横に待機する頃には全く動かなくなりました。
そんな私を最後の最後まで混乱と憎悪に塗れた目で見ていた侵入者の瞳から光が失われます。
「く、くふっ――」
あぁなるほど、人を殺してDPを得るとはこういう事でしたか……侵入者を殺した瞬間に身の内に流れ込む雑多なエネルギー。
そしてそれを私の中で喰い破り、自らの力へと転換させるダンジョンの機能。
そしてステータスに記載されていた『状態:飢餓』の意味もやっと理解しました。
「あはっ――」
下腹部に溜まる熱がどうしようもなく私に快楽を与え、まだ欲しいと訴える。
激しい快楽を堪える為に下腹部へと手を当て、背中を丸めて肩を震わせながら何度も何度も遺体へとカッターナイフを突き刺す。
一度知ってしまったらもう辞められそうもありません……「食べる」という「原初の快楽」をここまで濃縮するなんて毒ですよ。
「あぁっ――おいしっ」
私の心臓は今この時、生まれてきて以来初めて快楽と歓喜の感情によって激しく鼓動を打っています。
人ひとり分の魂を捕食する事のなんと心地好く、甘美な事でしょうか……私の中に流れ込んでくるそれらが私に悦びを教えてくれる。
頬は林檎の様に真っ赤に色付き、湿度を上げる呼気と熱くなる耳が私の興奮度合いを如実に物語っています。
「ふぅ、……ふふっ……」
身体を駆け巡るゾクゾクとした悦びが一段落したところで、遺体にカッターナイフを突き刺すのを辞める。
そのままギチギチ、ギチギチと……血を滴らせながら弄ぶ。
「……他人の不幸は蜜の味、とはよく言ったものですね」
ここまで中毒性のある物だとは思いませんでしたね、お陰で下着が汚れてしまいました。
まぁ今回は餓死しかけの様なものでしたから仕方がないですね。
私やこのダンジョンにとっても特に久しぶりの食事でしたので、尚さら歓喜の感情が目立ったのでしょう。
「……回収」
少し落ち着いた所でそのまま汚れたままの制服や下着を合成機能で新品同様の物へと作り替えます。
この程度ならDPはほぼ使いません。元々素材が丸々残っていますし、構造を作り替える事も特にしない。
むしろ血液などの汚れを吸収している様なものです。
そんな雑事が終わって直ぐに今回行った初戦闘の戦果確認です。
侵入者のから得られたDPは――1021ポイント、ですか……結構具体的な数字が頭に浮かんだ事に驚きながらも、これは便利だと素直に受け入れる事にします。
同時に『何となく出来そう』というあやふやな感覚だった創造も、数字として『XポイントでYが創れる』とハッキリと頭に思い浮かべる事ができる。
これは……何と言いますか、本当にこのダンジョンは寝起き+餓死し掛けという危うい状態だったんだなと、この時になってようやく理解しました。
もっと多くの人を食べる事で、維持できずにロックされていた機能を復活させる事に対するモチベーションも高まるというものです。
「さて、これはなんでしょうね?」
周囲を覆う加護や魔力などを剥ぎ取った、云わば抜け殻となった魂が宝玉の様な見た目となって私の前に転がっています。
直感的に、ダンジョンの本能とも言うべき部分で『あぁ、これは
「――なるほど、これは便利な物ですね」
抜け殻となっても魂は魂だったと言う事ですね。
私が殺した方の一部の記憶や経験が一気に私へと齎されます。
そのお陰で今の私は『アウソニア言語』という私のダンジョンが存在する地域の言葉を操れ、『窃盗』や『性技』といった事に関する知識や技術まで手に入れました。
まぁ、どれもレベルが低いものですがね……言語は読み書きが出来ませんし、窃盗や性技だってプロには及ばない程度のものです。
無いよりはマシですが、これはもっと強かったり育ちの良い方をダンジョン内で殺す必要がありますね。
そして何よりも魂はとても栄養価が高い様で、欠食気味だった私の身体に活力が満ちるのが体感として理解できます。
魂喰いなんてますます人間を辞めたという感覚が強まりますが、それこそ今さらですね。
むしろ食料の安定供給の目処が立っていない現状では非常に助かります。
ダンジョンとしての私はDPさえ尽きなければ、飢餓感はあっても死ぬ事はありません。
ですが人間としての私はやはり何かを口にしなければ運動効率が落ちてしまい、ダンジョンからDPを取り出して活動しなくてはならなくなってしまいます。
……まぁ、それを今考えても仕方がありませんね、今するべき事はダンジョンの強化です。
【終わったか?】
「えぇ、お見苦しいところをお見せしました」
【俺も久しぶりの食事に歓喜したくらいだ、仕方ねぇよ】
ちなみに俺は数万年ぶりだ、などとドヤ顔で言っているアークを無視してスマホを取り出してDPの使い道を考えます。
「さて、この女性は何処から来たのやら……」
小汚い貫頭衣だけの衣服に、お世辞にも栄養が足りているとは思えない痩せ細った身体……彼女から得られた窃盗や性技という技術から、もしかしたらスラムの格安娼婦か何かでしょうか。
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