スラム街編.4.周辺調査


「――下水道?」


 最低限の準備だけを整え、とりあえずはダンジョンがある周辺地理を調べようと意を決して最初に穴を開けただけの通路を進みダンジョン領域外へと足を踏み出すと、そうとしか形容できない空間が広がっていました。

 設備の老朽化も著しく、あまり人の手が入っていない様な感想を抱くそこは臭いがキツく、とてもではありませんがあまり人が寄り付く様な場所ではありません。


【とりあえず足跡を辿ってみようぜ】


「……そうですね」


 壁沿いに敷かれた通路には、先ほどの女性のモノと思わしき足跡が続いていました……長年放置され、埃や汚泥が溜まっていた結果でしょうね。

 それにしても何故こんな下水道にダンジョンがあったのか――いえ、違いますね、ダンジョンがあると気付かずに街を築いてしまったのでしょう。


「暗くてよく見えないので指示をお願いします」


【ここら辺もダンジョン領域にすりゃあ、把握で一発なんだがなぁ】


「ポイントが無いので今は無理ですね」


 出入り口の周辺程度なら出来ますが、それでも未だに収入の目処が立っていない中での無駄遣いは避けたいです。

 あんまり保有ポイントが少ないとダンジョンの機能もロックされますし、全て無くなると強制的な休眠状態へと移行しますからね。


【はいそこ真っ直ぐ進んで次は右だ】


「……思った以上に優秀なナビですね」


 アークによる指示が的確で、今のところ視界の自由がない場所でも問題なく歩けています。

 そもそも、半分は冗談のつもりでお願いしたのですが、アークにはしっかりこの暗闇が見通せている様ですね。

 ダンジョン領域外では私に憑依するしかないというのに、いったい何処から覗いているのやら。


【お、明かりが見えて来たな】


 そんなアークの言葉通り、私が進む先に外からと思われる光が漏れているのが見えます。

 下水道内がとても暗く、慎重に歩を進めていた事もあってかとても長い時間を暗闇の中で過ごした様な気がしますね。


「ようやく外ですか――」


 開いたままの瞳孔に入り込む大量の光に顔を顰め、手のひらで笠を作りながら外へと歩を進める――


【――伏せろ!】


 と、同時に切羽詰まった様なアークの声に従って姿勢を低くする。


「……ちっ!」


 頭上から聞こえてくる風切り音と、男性のものと思わしき舌打ちを聞きながらそのまま前転をする事でその音の主の背後へと回り込む。


「……いきなり物騒な方ですね」


「あ? ……誰だおめぇ」


「それはコチラのセリフです」


 スキンヘッドに顔の半分を覆う刺青……どう見てもカタギの人物とは思えない方ですね。

 そんな男性がなぜ下水道の入口付近で出待ちの様な真似をして、人を襲っているのかが分かりません。


「ジェーンを知らねぇか?」


「ジェーン?」


「あぁ、ウチの組にショバ代も払わず身売りしてた馬鹿なんだがよ」


「ご存知ないですね」


 この世界に来たばっかりの私に、ジェーンなんていう聞き慣れない名前の知り合いが居るわけもありません。


「見せしめに殺るところだったんだが、どうやら下水道に逃げ込まれてな」


 なるほど、下水道に逃げ込まれたからここで出待ちを――


「……あっ」


「お?」


「もしやとは思いますが、そのジェーンという方は小汚い貫頭衣一枚だけ着た茶髪の女性ですか?」


「おぉ、そうだよ、ソイツだよ! なんだよ知ってんじゃねぇか」


 なるほど、最初の侵入者で合っていましたか。


「えぇ、まぁ……」


「それで? ソイツは今どこに居る?」


 どこに居ると問わましても、彼女の死体はもうダンジョンが吸収してしまいましたからね。


「殺しました」


「は?」


「殺して、バラして下水に流しました」


 遺体も残ってないですし、馬鹿正直にダンジョンの存在を明かす必要もない……となればこう言うしかありません。

 まぁ、別に大して間違っている訳でもないので良いでしょう。


「ほーん、まぁそれはそれでいいや」


「ではもう行っても?」


「いや待て」


「……なんですか?」


 こんなところで時間を浪費している場合ではないのですが……まだ何か用があるというのでしょうか?


「あれだ、スラムの下水道からお前みたいな小綺麗な女が出て来るとか意味わからねぇだろ?」


「……そう、かもしれませんね?」


「周囲に他の仲間も居なさそうだしちょっくらこんな所に居る理由を吐け、そんでもって高く売れそうだから大人しく捕まってくれ」


「なるほど、倫理観終わってますね」


「名前すら知らない女をバラして下水に流す奴に言われたくはねぇな」


「それもそうですね」


 あー、もうこの展開は仕方ないですか……そうですね、このダンジョンに通じる道を、そこから私の様な存在が出て来たという事を知っているこの男性を口封じ出来ると考えれば丁度いいですかね。

 この男性をさっさと処理して、それから改めて此処がどのような場所なのかを調査するとしましょう。


 ――ギチギチ


 制服の袖から出したカッターナイフの刃を、静かに延ばしていく――

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