第18話エピソード18

◇◇◇◇◇


蓮が戻ってきて中断していた、話し合いは再開された。

「てか、蓮。もし聖鈴に被害者が出ていなかったとしても、遅かれ早かれshadowは潰すつもりだったんだよね?」

再開されてすぐに放たれた樹のこの一言にマサトは度肝を抜かれた。

マサトは絶句してしまったというのに

「ん?」

蓮は涼やかな表情で樹の言葉を受け止めた。

そんな蓮に

「だって蓮はすでに動き出してるみたいだし」

樹は追加でそんな発言をした。

樹が人前でいう時点でこのことに関してはなんらかの確証を得ているはずで、その信憑制は100パーセントと言っても過言ではない。

その証拠に

「やっぱり気付いたか」

蓮は驚く素振りすら見せなかった。

まるで樹がそう言い出すことを分かっていたかのように……。

「そりゃあ、気付くよ。だって、俺でも調べられる程度だったんだから。逆にバラしたいのかなって思ったぐらいだし」

樹と蓮のやり取りはまるで世間話をしているように聞こえるけど

「ちょっと待て。動き出してるってどういうことだ?」

マサトにしてみればその内容はとても衝撃的なものだった。


思わず口を挟んだマサトに

「蓮はちょっと前からshadowに内偵を送り込んでるんだ」

サラリと衝撃の事実を教えてくれた。

「……はっ?」

マサトは驚いた。

でも今回は、マサトだけが驚かされたわけではなかった。


「マジかよ」

ソウタも

「手回しが良すぎるんじゃね?」

琥珀も

「だよね。俺もそれが分かった時はかなりびっくりしたし」

そして樹も蓮からそれを聞かされてはいなかったらしい。


ただ――

「あ、悪い。俺は知ってたわ」

約一名、ケンだけはこの話を知っていたらしい。

そのせいで

「はぁ⁉」

マサトと蓮を除く3人から一斉に湧き上がった不満そうな声があがった。


向けられる不穏な反応に

「てっきりみんなも知ってると思ったから言わなかったんだけど……知らなかったのか?」

ケンはおそるおそる尋ねる。

それに対して

「知らねぇし」

返ってきた答えは、やはり穏便とは言い難いものだった。


「そ……そうか」

若干焦った様子のケンは、助けを求めるように蓮に視線を投げかける。

それに気付いた蓮は、ケンに助け舟を出すかと思いきや

「別に俺は隠すつもりはなかったぞ。ただ、内偵を送り込んでいるんだから潜入している奴らの身の安全のために言いふらすようなことはできねぇけど、タイミングを見計らって言うつもりだった」

サラリと自衛に走った。


「タイミングってなんのタイミングだよ?」

ソウタが蓮に尋ねる。


それに答えたのは

「それってマサトが自分からこの件を話すタイミングじゃないのか?」

蓮じゃなくてケンだった。

「あぁ、そうだ」

蓮は肯首したことで

「なんだよ。ケンはそこまで聞いてたのかよ?」

琥珀が不満そうに言い放つ。


ケンは焦ったように手の平をヒラヒラと振って否定した。

「いや、それは聞いてない」

「本当に?」

樹が確認するように蓮に視線を向ける。

すると蓮は答えた。

「あぁ、俺はケンにそれは言っていない。内偵のケンはチームのメンバーを動かすから一応No.2のこいつにだけは報告しておいた方がいいと思っただけだし。てか、こいつその話をした時、自分のファンがどうたらこうたら言ってて俺の話なんか真剣に聞いてなかったからな」

蓮からサラリと密告されたケンは

「……お前、ファンのことばかり考えてんじゃねぇぞ」

ソウタに一喝されていた。


「じゃあ、なんでケンはタイミングがそれだって分かったんだ?」

「なんでって……ただの勘だけど……」

ソウタに一喝されたばかりだというのに、ケンはそれで落ち込む様子も見せずキョトンとした表情で、質問をぶつけてきた琥珀の顔を見つめる。

その顔を見る限り、『なんでそんなことを聞くんだ?』そう思っていることが手に取るように分かる。

「なんだよ? 当たったのは偶然かよ」

興が冷めたように樹が言って、この話題一段落ついたのだった。


……ケンって抜けてんのか、しっかりしてんのかいまいち分かんねぇな。

ずっと黙って創設メンバーのやり取りを見ていたマサトは密かにそんなことを考えていた。


「それで内偵に行ってんのは誰なんだ?」

ソウタが蓮に疑問をぶつける。

「ウチの内偵部隊の奴らだよ。人数は少ないけど精鋭ばかりが選抜されている」

それに答えたのは蓮じゃなくて樹だった。

どうやら樹はこの辺りの情報をきっちり調べ上げているらしい。

「そうか。じゃあ、順調に進んでるんだな」

琥珀が安心したように呟く。

「あぁ。さっき新たな報告が入った。マサト」

琥珀の言葉に頷いた蓮がマサトに視線を向けた。

「うん?」

すっかりメンバーの観察に夢中になっていたマサトは、不意に名前を呼ばれたことで現実に引き戻された。

「お前に残念な報告がある」

蓮の言葉に、マサトの表情に鋭さが滲む。

マサトは、どちらかといえば厳つめの顔立ちをしている。

元々が厳ついのに、そこに鋭さが加わると、迫力が増す。

「残念な報告?」

そう尋ねるマサトの声は、いつもに比べると若干低い。

「お前の友達が有無を探っているデータだけど」

「……」

マサトは無言で蓮の言葉を待っていた。

その表情には焦りと絶望がわずかに入り混じっている。

「shadowに写真が数枚あるらしい」

「……やっぱりか……」

蓮が『残念な報告がある』といった時点で、なんとなくそれは予想できていた。

「あぁ」

それにもかかわらず

「……そうか……」

やはり落胆は隠せなかった。

「あの日、お前の友達が取り逃がしたヤツが持っていたらしい」

蓮から聞いた情報に、マサトは悔しそうに唇を噛んだ。


絶望の淵に立たされていたマサトに

「でも幸いにも今のところは外に出ていないらしい」

蓮のその一言は、希望の光となった。

「……良かった」

外に出ていないのであれば、まだ打つ手はある。

そう思うと少しだけ気持ちが軽くなった。

……とはいえ、時間の猶予はない。

いつそのデータが出回ってもおかしくはないのだから。

ネットで拡散されたり、売買される可能性だって決して否定はできない。

一刻も早くそのデータを回収して、処分するまでは安心することはできない。

「内偵に入っている奴に上手く処分するように言ってある」

蓮の言葉に

「そんなことができるのか?」

マサトは素早く食いついた。

「あぁ、あいつらは問題なくやってくれるはずだ」

「そうか、ありがとう。助かるわ」

マサトがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間

「でも、残念な知らせっていうのはそれじゃない」

蓮は言いにくそうに言葉を紡ぐ。

マサトはスッと目を細めた。

「あ?」

「お前の友達の彼女。星莉って女だよな?」

「あぁ」

「shadowに狙われてるらしい」

蓮の言葉に

「なんだと?」

マサトは瞬時に殺気を纏った。

それでも蓮は淡々と言葉を続ける。

この情報はマサトに伝えなければいけないと判断したからだった。

「チーム内で、懸賞金が掛けられてるらしい」

「懸賞金?」

「その女の動画や写真を撮ってくるか、本人を攫ってくれば上の人間から金一封を出すって伝達が出ているらしい」

「なんだそれ?」

マサトはもちろん他のメンバーたちも嫌悪感に顔を歪めた。

動画や写真というのは他の被害者が取られているような、他人に見られたくないと思うようなもので間違いないし、攫われたりしたらその後どういう扱いを受けるかは、容易に想像ができる。

どちらにしろ星莉の心に深く大きな傷を残すことは間違いない。

でも懸賞金がかかっているということは、金欲しさにそれをやろうと思う人間が必ず出てくるということ。

普段から卑劣なことを平気でやっているshadowのメンバーなら尚更、その下劣なゲームに参加する輩は多いはずだ。


マサトはハッとなにかを思いついたように表情を変えた。

「マサト?」

ケンがマサトの異変にいち早く気付き声を掛ける。

「星莉が危ねぇ」

マサトは呟くように言って、立ち上がった。

いまにも駆け出しそうなマサトを制したのは

「今のところは大丈夫だ」

蓮の一言だった。


「でも、四季はshadowを潰すために動き回っていて星莉の傍にはいないはずだ」

「確かにそうだが、お前の友達は自分が一緒にいられない時は絶対に何人かの護衛を女につけている」

「そうなのか?」

「それも日中だけじゃねぇ。夜もその女の自宅の周囲に必ず何人かいる」

「……そうか」

マサトは脱力したように、再び腰を降ろした。

そしてマサトはホッとしたように息を吐いた。


「俺が見る限りでは、お前の友達はshadowの情報を探っているだけあって、その卑劣さを正確に理解し、彼女を的確に守ってるようだ」

「それならいいけど……」

マサトはそう言いつつも、まだ完全に安心することはできずにいた。

そんなマサトの不安を汲み取った樹が

「マサト、蓮も彼女の身を心配してウチのメンバーを交代で護衛に着けてるからそんなに心配しなくても大丈夫だよ」

それを教えてくれた。

「本当か?」

「うん」

樹が頷くと

「ありがとう、蓮」

マサトは蓮に頭を下げて、感謝の気持ちを伝えた。

「別に礼を言われるようなことはなにもしていない。これ以上shadowの被害者が出るのは気分が悪いからな。それより……」

「……?」

「明日からヒナにも護衛を付けるぞ」

「ヒナに?」

マサトは蓮の提案にわずかな動揺を見せた。


Precious Memories エピソード18 【完結】

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